第三十一話
ウッドバード。
その体は木でできている。誰かが彫ったのではないかというような見た目だ。
森に入った俺は大きな呼吸を何度も繰り返し、魔物が生み出す魔力を体内に回収していく。
「リーベ、進行方向に敵がいる。魔法の準備はできてるか?」
「ええ、もちろんですわ」
金髪をかきあげたリーベの手の甲に、ぼわっと火が浮かびあがる。
リーベのその様子に満足し、俺は身体強化を目に向けて発動した。
魔力の集まった目なら、魔物の姿も完璧に捉えられた。
目視したところで、俺はリーベに指示を出す。
「あの木の部分に同化してるけど、わかるか」
「ああ、なるほど。わかりましたわ」
リーベも固有魔法による身体強化がされているんだろう。
納得したようにうなずき、片手を向ける。
組みあげられた魔法がその手の先からすっと放たれた。
真っすぐに伸びた魔法が風を切り分けながら進む。
ウッドバードがリーベの魔法に気づいたのは、それからすぐ――。
だが、気づいたときには遅い。リーベの火の矢が、ウッドバードを貫いた。
「ふふん、やりましたわっ!」
「ナイス」
「えへへー、凄いでしょう!」
「ああ、凄い凄い」
そんな感じにおだてておけば、リーベも満足そうにしてくれる。
単純な女だ。
「それにしても、アークもよく正確な探知ができるわね。探知魔法でもなかなかここまでうまくはいかないわよ?」
「そうか?」
「ええ、まあ。このくらいあたしの騎士なら当然ね」
「へいへい」
褒められているということでいいのだろうか? それで喜ぶ俺は単純な男なのかもしれない。
ウッドバードを倒したのはこれで三体目だ。
リーベの火魔法はウッドバードを打ち抜いたところで終わっていた。
その体内から高値で売れる魔石を取り出し、回収する。
取り出した魔石はくすんだ青色だ。それを眼前まで持ち上げて確認してから、用意していた腰下げ袋にしまった。
からんと、中で他の魔石とぶつかり、俺は少し汚れのついた手をズボンで拭う。
「アーク、ハンカチくらい持ってきていないの?」
「そんな大層なもの用意してねぇよ」
「手をふくときはどうするの?」
「ズボンでいつも拭くけど」
「まったく……」
シーアの言葉に反応したのはリーベだ。
エメラルドの瞳をきょとんと丸くしている。
「わたくしもそんな感じですわよ」
「……まあ、あんたはそうよね」
「なんでそんな残念なものを見るような目を向けてきますのよ!」
むかーっと彼女は両腕を振り回す。
二人の仲良しっぷりを横目に、俺は改めて呼吸を繰り返す。
この森の魔力は随分と濃い。
事前に聞いていたとおり、奥のほうにいけばいくほど、濃い魔力を生み出す魔物がいるのはわかる。
それらの魔物は、森の入り口にまで来る様子は今のところなかった。
ウッドバードを探知するのはもちろんだが、気を配るべきはそちらだろう。
何度かの呼吸を行うと、次の魔物が見つかった。
「二人とも、次のウッドバードを見つけたぞ。行けるか?」
「もちろんですわ!」
アタッカーである彼女がそういうのであれば問題ないだろう。
シーアをちらと見ると、彼女も頷いている。
草木の生い茂る森を歩いていく。
リーベが火で道を切り開いてくれている。
シーアも、持ってきた剣を時々、手持無沙汰な様子で振っている。
「シーアって剣を使えるのか?」
「剣以外も色々と学んではいるわ。けど、身体強化がないから、とてもじゃないけど、実戦レベルではないわ」
「そうなんだな」
まあ、別に無理に戦わなくても、と思ったが、思った以上にシーアの表情は真剣だった。
……けっこう悩んでいるのかもしれない。
無責任な言葉を口にするのはよくない、な。
しばらく迷ってから俺は、
「ゆっくりと強くなっていけばいいんじゃないか? いつか、身体強化だって使えるようになるかもしれないんだしな」
「……そうね。そのうち、アークにも教えてもらうことになるかもしれないわ」
「俺の仕事を奪わない程度に頼むぜ?」
「あら、それは約束できないわよ」
……まあ、俺がいなくてもシーアが自分の身を守れるようになってくれるのが、俺としても一番だ。
いつもずっとそばにいられるわけじゃない。
……これから先。シーアが結婚したとき――俺はまだそれでも騎士を続けられるのだろうか。
彼女の隣に見知らぬ男がいるのを想像して一人吐きそうになっていると、リーベがバシバシっと肩を叩いてきた。
現実に無理やり引き戻された俺は、ちらと彼女のほうを見る。
「アーク、どこにいますの!」
「ああ、そっち……あそこだ」
リーベに指示を出すと、彼女はこくりと頷いてそちらに魔法を放った。
寸分たがわない魔法が、ウッドバードの体を貫いた。
息絶えたウッドバードが、体勢を崩し、そのまま大地に沈む。
魔石を取り出し、いつものように袋へとしまう。
犬のように駆け寄ってきたリーベが、俺がしまった魔石へじっと視線を向けていた。
「どうでしたの? ウッドバードリーダーでしたの?」
「いや、やっぱり違う雑魚みたいだ」
「えぇー、そうなんですのね。いい加減疲れましたわ。変な虫が飛んでいますし」
ちょうど、リーベの周りを虫が飛んでいた。彼女はいらだった様子で、体から火を生み出して燃やした。
呆れた様子で腕を組んでいた彼女に、シーアがにやりと意地悪く口元を緩める。またこのお嬢様は、カワイイ顔でそんな風に笑うんだから。
「リーベが臭うんじゃないかしら? あなたのところばかり集まっていないかしら?」
「そ、そんなことありませんわよっ! アーク、臭いませんわよねっ、ってなんでちょっと離れますの!」
「いや、俺女性に近づかれると困っちゃうから……」
「今までそんなことまったく意識していませんですわよね! あっ、でももしかしてわたくしを女性と意識しちゃっていましたの?」
「いや、そんなことはまったくないが」
すっと一歩近づくと、ぶすっとリーベが頬を膨らませる。
俺はちらとシーアへ視線を向ける。
「けど、どうしてあの虫はリーベを好んでるんだ?」
美人、可愛い……そんな相手を狙うならシーアだって狙われるはずだ。
となると、リーベの胸に惹かれているのかもしれない。
「たぶんだけど、リーベの魔力が好みなんじゃないかしら? リーベの近くで生み出す魔力を回収したいのよ、きっと」
「なるほどな」
「納得しましたわ……ん? わかっているなら、最初からそういってくださいまし!」
気づいたリーベがぷんすか怒りをあげる。
俺たちが笑いあっていると、リーベが腕を組んでそっぽを向いてしまったので、一応なだめていた。
そのときだった。
「……結構、大きめの魔力がこっちに来てるな」
「ウッドバードリーダーかしら?」
「かもな。魔力の質が似てるし、たぶんそうだ」
リーベも戦いとわかった瞬間、好戦的な笑みを浮かべる。
「これまで通りでやればいいんですわよね?」
「まあ、それで問題なさそうだろうけどな」
「それなら、わたくしが全力で相手をしてあげますわ」
にやり、と口元を緩めたリーベ。
同時、バッバッと重量を持った羽ばたきが聞こえた。
そいつは、木々の隙間から現れた。
木の色をしたウッドバードがこちらを睨みつけて、一度鳴いた。
その体は、五歳児程度の子どもくらいはあるサイズだ。これまでの、片手に乗るようなものとはまるで違う。
「リーベ、手が必要なら手伝うから、いつでも言ってくれ」
「舐めないでくださいまし。このくらいの相手、余裕ですわよ」
リーベの体から火が噴き出す。近くにいてもまったく熱はない。
リーベが、俺たちには魔法が当たらないように調節している。魔法ってそんなこともできるのね、ほんと便利だよな。
リーベとウッドバードリーダーが向き合い、そして――動き出した。




