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第三話


 発表会が終わり、一か月が経過した。

 ……あれから、シーアとは一度も会っていない。

 現在俺は、自宅で待機中だった。


 魔法がないというのは、前代未聞だ。

 ありふれた魔法で残念に思うくらいはあるだろうと考えていたのだが……普通に悲しい。このまま、騎士の立場だって失いかねない。


 というか、シーアの父親はもうそのように進めているらしい。

 ……いや、今心配するのはそんなところじゃねぇな。


 目覚めた俺は朝食をとるため、食堂へ向かう。家族全員で食事をとるのが我が家の日課。いくら俺を嫌っていても、さすがに参加するなとまでは言われなかった。


 とはいえ……刺すような視線は相変わらずだ。フォークでも投げられている気分だぜ。

 沈黙したまま食事を進めていると、父が口を開いた。


「本当に使えない奴だ。シーア様と仲良くなれたくせに、その立場を失うとはな」

「……やはり、ゴミはゴミだね」


 弟のイケが舌打ちまじりにこちらを見る。……立場は3年前に戻ってしまったな。いや、前よりも酷い。

 魔法が使えない落ちこぼれ、そんな落ちこぼれを輩出した家と馬鹿にされているそうだ。


 使えないと馬鹿にされるのはいつものことだ。シーアが関わらないのなら、どうでもいい。


「ったく、くそな兄貴のせいで、才能あるオレまで馬鹿にされるんだぜ、どうにかしてくれってんだよ」


 イケが聞こえるように言ってくる。

 ……確かに、イケの魔力はかなりあるそうだ。

 けどおまえだって俺の弟だからな。魔法がない可能性だってあるんだぜ? 魔法や魔力は親の遺伝でもある。つまり俺も被害者なのだが……。


 そんなこと言ったらぶん殴られるので、反応しないように努めるしかなかった。


「あれから一か月が経ったな。相変わらず、魔法の方は発現していないようだが」


 直接、質問をぶつけられてしまう。 

 「申し訳ありません」とだけ伝える。


 だが、俺の謝罪が不満だったようだ。だん、っとテーブルが殴られた。食器が揺れる。

 見れば父が本気で怒った顔をしている。あれは俺の魔力が大してないことが分かったとき以来の表情だ。


「貴様は、一体どれだけ家に迷惑をかければ気が済むんだ! 魔力がなく、魔法もない! 貴様のようなゴミのせいで、全員がバカにされているんだぞ!?」

「申し訳ありません」

「あげく、騎士の立場までも失った! 今の貴様には何の価値もないっ。なぜ貴様を育てているのか、わかっているか?」


 ……一夜の過ち? とは口にできなかった。

 今日は本気で怒っている。火に油を注ぐのはまずい。


「わかりません」

「価値があるからだっ! 貴様に投資した結果、我が家の将来が潤う可能性があるからだ! 逆にいえば、価値ないものを育てる意味はない!」


 この国は実力主義だ。力のないものは、排除される。

 他の家でも、たくさんの子どもを作り、その中から優秀な子に家を引き継がせる、なんてこともある。では、その競争に負けた子はどうなる? ある程度の才能があれば、どこかの貴族に嫁げるかもな。


 そもそも、競争の舞台にさえあがれない子は? そんなもの、追放されるだけだ。

 俺は黙っているしかない。だって、今以上に価値をあげることはできない。


「貴様の分の食事などないっ!」


 食堂内に風が吹き荒れた。父の魔法だ。

 その風は、悪意をもって俺を殴りつけた。

 みじめにはじかれた俺は、背中から床に叩きつけられる。いってぇ……何もできないのが悔しくて仕方ない。


「必要なものをまとめて、さっさと出ていけ」


 ぱさっと俺の隣に袋が落ちた。袋の口が緩み、そこから貨幣が見えた。

 確か、貴族が旅立ちを祝う場合に最低限持たせなければならない金額ってのが決まっているんだったか。

 恐らく、父だって変な言いがかりをつけられたくはないだろうから、金額を偽っていることもないんだろう。


「今まで、お世話になりました」


 ……何を言っても無駄なのは十年生きた俺が一番よくわかっている。ふん、っと父が鼻を鳴らす。

 それをもって俺は部屋に向かった。

 部屋で荷物をまとめていると、無作法に扉を開けてくる輩がいた。

 イケだ。


「何、見送りに来てくれたのか?」

「んなわけあるかよ、無能者。消えてくれて清々するぜ」


 だろうな。

 返事をするのも億劫で、俺がカバンに荷物をつめていくと、彼らはそれが気に食わなかったようだ。顔を近づけ、睨みつけてきた。


「おい、聞いてんのかよ無能者」

「聞いてるよ。何、おまえ俺のこと好きなの?」

「頭おかしくなったのか?」

「俺は嫌いな奴に声もかけたくないんでな。まさにさっき実演しただろ」

「いい度胸してやがるな」


 イケが拳をならす。まだ彼らは魔法に発現していないからこそ、俺も強気に言えるのだ。なんてチキン。悲しくなるぜ。


 ここで怪我なんてしたくなかったので、俺はたまっている鬱憤を多少は飲み込んで荷物を担ぎ上げた。

 ……もう、彼と会うこともないだろう。そう思うとなんというかちょっぴり寂し――くはねぇわ。

 それよりも……。もうシーアと会えないことのほうが寂しい。寂しいどころの話じゃない。吐きそう。おえ。


 特にアテがあるわけもない。家を追い出された多くの子がスラムとかで暮らしているなんて話を聞く。

 さすがに、そんな場所で生活できるほど俺はタフな人間じゃない。……金は一か月生活できる程度はある。


 ……あと一か月が俺の寿命ってところか。子どもが金を稼ぐ手段なんて、冒険者になるくらいだ。

 だが、魔法を持たない俺が冒険者になったところで稼げるはずがない。

 せめて一か月。最後くらい楽しもうか。



 〇



 金が尽きた俺は自分の墓場を探すようにさまよって、人里離れた森についた。

 ……どんな風にたどりついたのかよく覚えていない。とりあえず、金がなくなってもういつ死んでもいいやという気分で、魔物が徘徊する森をひたすら歩いたんだが……なかなか死なない。


 魔物たちも同情しているんだろうか。それとも不健康そうな俺の肉なんてうまそうには見えないってか? 同情だったら勘弁してくれ。もう何日もろくに食事をとっていないんで、腹ペコだ。


 このまま見逃されているほうが生き地獄を味わってしまう。……まさか奴らはそれを楽しんでいるのだろうか。


 森なら、何か食い物でもあるだろうか。

 そんな期待とともに歩いていくと、小屋を見つけた。木こりの休憩所とかだろうか。

 何か食い物でもあればいいんだが。そんな思いとともに扉をノックする。反応はない。まあ、いてもくれるとは限らない。


 開いてねぇかな。……って開いたよ。中は薄暗く、いびきが聞こえた。

 ベッドには不釣り合いに大きな男性が眠っていた。


「なあ、おじさん」


 俺が揺すって声をかけると、僅かに髭を生やしたその男は目を開けた。

 それから驚いたようにこちらを見てくる。


「ん? なんだぁ、ガキ。こんなところで一人何してやがるんだ?」

「……おじさん、腹減ったんですけど……何か食べ物をわけてもらえませんか?」

「だーれがおじさんだ。グルドっつー立派な名前があるんだぜ、オレにはよ。って腹減りか? つーか、誰だおまえ。村の子か?」

「いえ、違います。その、色々と事情がありまして」

「事情? なんだよそりゃあ。悪いが、素性も知らねぇ奴に食わせる飯なんてねぇぞ」


 仕方ないので、事情を話す。途中から敬語じゃなくていいと言われたので、そのとおりに話した。

 とたん、グルドが崩れ落ちた。滅茶苦茶泣いて、抱きしめられた。失礼だが、ちょっと臭い。


「お、おぉぉっ! 大変だったなぁ、アーク。いくらでも好きなだけ食っていけや!」


 大泣きして、俺の背中を叩いてくるグルド。見た目はかなり怖そうで、盗賊の頭とかやってるのかと思ったが……よかった、話のわかる人だ。

 彼が作ってくれた料理を頂くことになった。道中、食べられそうな野草は口にしていたが肉料理は久しぶりだ。


「おい、アーク、何泣いてんだ?」

「え? 別に、泣いてないけど?」

「泣いてんぞ」


 ……本当だ。知らぬ間に涙がこぼれてきてしまっていたらしい。

 俺を人のように扱ってくれた人は、シーア振りだったからだ。けど、彼の優しさがうれしくて泣いただなんて、恥ずかしかった。


「料理がうまかったからだ、久しぶりに食ったなぁ」

「そうかい……。そんで? おまえこれからどうするんだ」

「……どう、っていっても。行くあてもないし」

「そうかそうか。つっても、オレだってここにずっといるわけじゃねぇしな……まあ、戦いの基本くらいは教えてやるよ。それで、なんだ……確か冒険者だったか? そいつにでもなって稼げばいいんじゃないか?」

「……さっきも言っただろ。魔法がないんだからどうしようもねぇんだ」

「まあ、そりゃあそうかもだけど、頑張って鍛えればどうにか生活できる程度にはなれるんじゃねぇか? この世界の奴は、身体強化とかは誰でも使えるんだろ?」


 ……確かに、身体強化は基本中の基本。あくまで、動きを補助する程度だ。


「それを鍛えてりゃ、ちょっとはマシになるんじゃないか?」

「……かも、な」


 強く、なりたい……。

 別に誰かに見せるわけでもない。……ただ、才能のあるなしで、馬鹿にされるのは嫌だった。


「グルド……っ! 俺に戦いを教えてくれ!」

「おう、よく言ったな! しばらく面倒見てやるよ」

「……ほ、本当か?」

「おうよ。っていっても、オレもここを空けることはあるけど、そこは勘弁してくれよ」

「いや……本当に、助かる。ありがとう」


 グルドの顔は怖いが、良い人だ。

 彼のような人と出会えてよかった。


 せめて、人並みに戦えるくらいの力は身に着けてやるんだ。

 グルドが笑いながら背中を叩いてくる中で、俺は一つだけあった心残りを思い浮かべていた。

 

 ……シーアに別れの挨拶くらいはしておきたかったな。

 ……あいつはどうせ、気にもしていなんだろうが。

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