第二十九話
馬車に乗りこんだ俺たちは、そのまま北門から北の森へ向けて出発していく。
馬車内は向かい合うように座るための席があり、俺とシーアが並んで座っていた。
……すこし、距離が近い気もする。
席自体は幅が随分とあるため、もっと距離をあけても問題はなさそうなのだが、シーアと俺は揺れるたび肩が当たる程度の距離。
……意識していると思われたくないので、それを指摘することはやめる。
実際問題、俺の心以外に問題はない。触れ合うたびにドキリとするこの心臓さえ持ってくれればな。
向かいではリーベがお菓子を口にしていた。
「シーアも食べますわよね?」
「ええ、いただくわ」
「アークは甘いのは好きですの?」
「それなりにな」
「では、二人ともにあげますわ!」
太っ腹だな。
こんなことばかりだから、周りに集まる人が彼女の物狙いになるのではないだろうか。
リーベからクッキーをいただき、口にする。
「……いや、これあんまりたべてると貴重な水分が失われていくんだが」
「そうね。他世界に行くときは持っていくのは難しいかもしれないわね。まあ、水はある程度ろ過するための道具も持ってきているから問題にはなりにくいわ」
シーアが口元にクッキーを持っていき、舌で指をなめた。
甘いものが好きなのは知っていたが、嬉しそうに目を細めている姿は可愛らしかった。
……妙に視線を引き付けられてしまう。その後彼女は取り出したハンカチで手を拭いている。
いかん、見とれている場合ではない。
俺は小さく息を吐いてから、依頼書を取り出す。
「ウッドバードリーダー……ってことは、ウッドバードの群れを相手にするんだよな? どんな魔物だ?」
「リーベ、説明してあげて」
シーアは取り出した水を口に運んでいた。
こういう振られ方をしても、ばしんっと大きな胸を揺らし、自信満々に答えるのがリーベの凄いところだろう。
「任せてくださいまし! ウッドバードとは――わかりませんわ!」
にかっ、と馬鹿丸出しの笑顔で放り出す。
視線をシーアに戻す。彼女は水を飲み終え、指を立てた。
「簡単に言うと、木でできた鳥みたいな存在よ。木に擬態しているから、見つけるのは少し難しい、かしらね」
「擬態、か。まあ、探知については任せろ」
「そういえば、できたわよね?」
「ああ。意識して呼吸して、魔力だけを取り出せば、な」
この移動中もできないことはなかったが、俺の探知は動きながら行うのにあまり向いていなかった。
というのも、周囲の物や人が生み出す魔力を、呼吸によって体内に回収するため、探知をしてから次までに時間の差がある。
相手が擬態して止まってくれているのなら、俺ともっとも相性がいい相手になるだろう。
「凄いですわねっアーク! さすがわたくしのライバルですわ!」
「なんだかんだ。選んだ依頼は最適だったかもしれないわね。ウッドバードは火が弱点だから、リーベの魔法も期待できるし。やりすぎて燃やすんじゃないわよ」
「安心してくださいまし!」
俺とシーアは顔を見合わせる。
こいつの言葉だけは安心できない。そう思わされた。
それからしばらく進んでいくと、御者台と中を繋ぐ幌が揺れた。
「みなさん、一度馬を休ませたいので、休憩をはさんでもいいですか?」
「ええ、構わないわ。外で魔物でも狩って、昼食にしましょう。アーク、周囲に魔物がいるか確認して」
「了解」
馬車の速度が緩やかなものとなり、俺は周囲の魔力を吸収して探知を行う。
……近くには、いたな。
「十時の方角に魔物が三体ほどいるみたいだ。そっちに向かってくれ」
「わかりました」
御者が馬を走らせ、そちらに向かう。
外を窺っていると、魔物の姿が見えた。
「戦闘になるが、リーベどうする?」
「ずいぶんと暇をしていましたので、わたくしがやりますわ!」
「了解。それじゃあ、任せる」
相手はウルフが三体だ。向こうもこちらに気づいたようだ。
大した魔物じゃない。リーベが馬車から降りると同時、お得意の火魔法を放つと、瞬く間の間に三体が倒れた。
「やりましたわよっ!」
まるで犬みたいだな。リーベが倒した三体のウルフをこちらに見せつけるように胸を張っている。
「よくやったな」
「ふふん、凄いでしょう!」
「ああ、凄い凄い」
これだけで嬉しそうにするんだ。犬の頭でもなでている気分。
周囲にもう魔物はいない。
そのままウルフの血抜きを行い、リーベの魔法で焼いていく。
「最低限の調味料は持ってきているわ」
塩コショウが入った容器をシーアが取り出す。
それを焼いた肉にかければ、完成だ。
御者も含め、四人で肉を食べていく。
じゅわりと肉汁が口の中で広がった。
塩コショウが肉本来の旨味を邪魔することもない。
いいやき加減だな。リーベはむしゃむしゃと肉にかぶりついていて、口元は肉汁でてかてかだ。
「おいしいわね」
「ですわねっ」
シーアとリーベは特に舌が肥えているだろうが、それでも満足できるようだ。
シーアは落ち着いた様子で肉を食べていき、リーベはがつがつと食事をする。
「あんまり食べ過ぎてお腹壊すんじゃないわよ」
「わかっていますわよー」
……本当にわかっているのやら。
三体のウルフのうち、二体くらいリーベが食べたのではないかという食べっぷりであった。
「シーア、今日はどこまで行くんだ」
「そうねぇ。たぶん、到着は森につくくらいまでになると思うわ。夜、森に入るのは危険だから。そこで野宿にしましょう」
「テントは……持ってきてたよな?」
「簡易的なものが一つだけね」
小さなテントが、馬車に一つ乗っていた。
俺は馬車で寝ればいいだろう。
しばらく肉を食べてから、俺たちは馬車へと戻った。
「北の森に生息しているのはウッドバードだけなのか?」
「他にも色々な魔物がいるわ。まあ、普段は奥のほうにいるから、襲われる心配はないでしょうけど」
「……そうか。北の森から先にいくと、確かサラマンダー国じゃないか、リーベ」
彼女の出身である国だ。
というのも、街自体が、四国からちょうど近い位置に作られている。
徒歩だけで、他国入りができるほどの距離だった。
そのまま一度帰郷したいと思っているのではないかと思い、リーベに聞いたのだが――。
彼女はおいしそうにお菓子を食べているだけだ。
「そうでしたっけ?」
「おまえ、とうとう自分の出身がわからないくらい頭が――」
「まだお若いのに、可哀そうね……」
「違いますわよ! ただ地理を把握してないだけですわ!」
その発言もどうなのだろうか?
馬鹿を露呈するだけではなかろうか。思ったが口には出さなかった。
それからしばらくして、馬車は目的の森前に到着した。
時刻は夕方。急いでテントを組み立てる必要がある。
三人でせっせとテントを作った。
「できたわね」
「ええ、そうですわね」
完成したテントを一度見てから、俺は背筋を伸ばした。
「疲れた……。夜の番はどうするんだ?」
別に何日かくらい徹夜してもいける程度に、俺はグルドに鍛えてもらっていた。
顎に手をやったシーアが難しい顔を作る。
「そうね。あたしははっきり言うなら、戦えないから夜の番くらいはしたいけれど……」
「別に気にしなくてもいいだろ。なあリーベ」
「ふふーん、情けないで――あいた!」
リーベが余計なことを言おうとしたので頭を叩いた。
何か言って来ようとしたリーベを無視して、シーアをじっと見る。
「気にするなよシーア。リーベだってほら、気にしてないってさ」
顔を押さえ込み、無理やりうなずかせる。
むきーっと暴れるリーベを見て、シーアがふっと口元を緩めた。
「あなた、今日は妙に優しいじゃない。野宿を雨で迎えたくないわよ?」
「別に優しくとかしたつもりはないんだが、そんじゃ。三人で夜の番の時間を決めるか」
「ええ、そうね」
とはいえ、一応男で体力あるんだし。俺が一番つらい時間の警戒を行ったほうがいいだろう。
特にシーアは、戦えないんだから一人で起きているときは不安もあるだろう。
御者も協力しようか、と声をかけてくれたが、一応これは俺たち三人の問題なので、御者にはゆっくり休んでもらうことにした。




