第二十七話
学園の校庭には、掲示板があり、たくさんの依頼書が張り出されていた。
掲示板には所狭しと紙が貼りつけられ、皆が依頼を受けるために、そちらを見ている。
「依頼ってどんな感じなんだ?」
まだ一度も受けたことがない。俺の問いに、シーアは腕を組む。
「試しに見てみたらどうかしら?」
それもそうだな。
掲示板の一つに近づき、依頼書を手に取る。
『Fランク ゴブリンの巣の破壊』。
ゴブリンの巣、か。
依頼書には何枚か紙がつながっており、裏には具体的な地図などが記されていた。
ほかの依頼を見てみると、薬草などの採取、鉱石などの採取などもあった。
……基本的には冒険者と変わらないのか?
そう思って別の掲示板を見ると、依頼内容ががらりと変わった。
貴族の護衛であったり、貴族の遊びに付き合ったり……などなど。
個人的な依頼がこの掲示板には多くあった。
「……なんだこれは?」
「この辺りの依頼は、個人から個人に向けての物ね。それまでは、この地域や国に影響のある問題の解決だけど――他世界で魔力を回収するときの相手は、多くの場合人間が相手だわ」
「なるほどな。ここで、そういう人対人の依頼をこなして、無理難題にも応えられるようにする訓練、ってところか?」
「ええそうよ。というわけで、人見知りや性格に難ありの人は難しいというわけよ」
「……だから、か」
俺がちらとシーアとリーベを見る。
リーベはきょとんとした様子で首を傾げ、シーアは眉間を寄せる。
「何かしらその不自然な視線は」
「いえ、なんでもないです」
シーアから慌てて視線を外すと、彼女はふーと嘆息をついた。
「それで、どれか受けたい依頼は決まったのかしら?」
「……そうだな。とりあえず無難に討伐系の依頼にしようと思う」
「……そう」
シーアがむすっとした顔になる。
……シーアは自分が戦えないから戦闘がある依頼はあまり好きではないのだろう。
「怪我するかもしれないから、シーアも協力してくれ」
「……。ええ、いいわよ」
シーアは俺のほうをちらと見てから、頷いた。
気を遣ったことも察したのだろう。けど、何も言わない。
とりあえず、シーアの表情も緩んだ。……俺としては、彼女がそうやって喜んでくれたほっとする。
あんまり悲しむようなことはさせたくないな。
「それじゃあ、三人で依頼を受けましょうか!」
「ああ。この依頼はどうするんだ?」
「依頼書を剥がして持っていってしまっていいのよ。依頼が無理そうなら、またここに戻しておくの。依頼達成したら、依頼書と一緒に報告へ向かえば問題ないわ」
「そうか。それじゃあ、ひとまずこれにするか」
俺が手にとったのは、Eランクの依頼だ。
ウッドバードリーダーという魔物の討伐が目的らしい。
紙は二枚つづりであり、両方に目を通していく。
シーアとリーベも紙を覗きこんでくる。
距離が近く、俺としては少しドキドキする。シーアがちらと俺の方を見て、視線が合った。
「何かしら?」
「いや、なんでもない」
適当な憎まれ口をたたきたかったのだが、何も思い浮かばないほどにドキドキしていた。
……あー、くそ。
本当、成長してからのシーアは魅力がかなり増したよな。
俺は何度か呼吸を行って、整えていると、シーアが首を傾げた。
「ウッドバード……なるほどね。この街を出て北の森にいるみたいね」
「森……距離はどのくらいだ?」
「往復で一日はかかりそうね。こういう場合は、学園に依頼のための申請をする必要があるわ」
「……そうなのか?」
「ええ。申請さえすれば、予定より一日二日程度の欠席は認められるわ」
ほんと、なんでも知っているなシーアは。
隣にいたリーベが目を見開いている。
「そうだったんですの!?」
「ええ、そうよ。無断欠席ばかりのリーベ」
「な、なんでそんな重要なことを教えてくれなかったんですのーっ!」
うーっ! とうなるように両手を振るリーベ。
「とりあえず、申請のために職員室に行きましょう」
シーアが俺の手から紙をとって、得意げに笑った。
……可愛い。
俺は一瞬見とれていたが、すぐに首を振って歩き出した。
「シーア、シーア。こうして依頼を受けるのは二回目ですわね」
「そうだったかしら?」
「そ、そうですわよ! 忘れましたの!?」
「忘れた」
首を傾げてすたすた歩いていくシーアに、リーベが泣きそうな顔を浮かべる。
「あ、あれは小学校で魔法の披露をする依頼のときでしたわよ!」
「……そうね。そんなこともあったわね」
シーアはあまり思い出したくないような顔である。
……まあ、シーアとリーベの魔法、どちらが子どもに受けるかと言われれば、リーベの魔法だろうと予想がつく。
職員室についたところで、教師の一人に事情を説明する。
すぐに、申請書類が用意された。
「アークかリーベが書いたほうがいいんじゃないかしら?」
「俺は見れば覚えられるし、見て覚えられない奴がやったほうがいいんじゃないか?」
「なるほど、誰ですの?」
すっとシーアがリーベに紙を向ける。
リーベはきょろきょろと周囲を見た後、むきーっと頬を膨らませ、必要事項を書きなぐっていった。
意外と可愛らしい文字だ。
リーベがばしっと教師に紙を突き付けると、満足げにうなずいた。
「それでは、三日間ですね。依頼達成が困難、あるいは危険と判断した場合には、こちらの通信用魔石を利用して、事前に連絡をください。こちら側で、詳しい今後の流れについ
て説明しますから」
教師が手渡してきた魔石を受け取る。
使い方は……正直わからない。
「アーク、まるで原始人みたいよ」
にやり、と笑ってくるシーアに、俺は唇を尖らせる。
「うるせぇ、初めてみるんだから仕方ないだろ。どう使うんだこれ?」
「魔力をこめるだけよ。ただし、魔石と魔石同じものでないと通信はできないわ」
「同じもの?」
「それ、いくつかに砕いた魔石なの。同じ魔石であれば、通話が可能よ」
シーアの丁寧な説明に、ほぇーと俺とリーベが声をあげる。
いや、待て。初めてです、みたいな反応するなよリーベ。
「了解だ。それじゃあ、あとは野宿の準備をしてから、依頼を受けに行くか」
「ええ。親父にいって、馬車を用意させるわ」
「……えぇ。それありなのか?」
一応学生を鍛えるための依頼だし、すべて学生がやったほうがいいのではないかと思ったのだ。
しかし、シーアは首を振った。
「ええ、問題ないわよ。実際、他世界に行く場合も学園ができる限りの補助を行うわ。これはそんなところなのよ」
「そうか。けど、スパイト納得するか? 俺とシーアで出かけるとかいったら、キレるんじゃないか?」
「あらどうしてかしら?」
「ほら、一応男女だろ?」
「けど何もないわ」
「何かあったら、って親としては心配するんじゃないのか?」
「何かする気かしら?」
「まったくそんな気ないっす」
……さすがに、同意の上で以外は絶対に手出しはしない。
そしてシーアは俺に興味ないので、そんなことは絶対ない。
考えたら涙が出てきそうだった。




