第二十五話
次の日の朝、教室の扉ががらりと開けられた。この雑な感じはリーベだろう。
入り口を見ると、メイドがいた。制服に見慣れていた俺は、一瞬誰かと思ってしまったのだが……リーベだ。
リーベは楽しそうな笑顔とともにメイド服を見せつけてきた。
「どうですの、似合いますでしょう」
「いや、おまえ本気でそれ着てきたのか……?」
「ええ。寮からここまでこの格好ですわよ」
……まさか本気だったとは。
「それで、似合いますの?」
リーベが少し照れたような顔でこちらを覗きこんでくる。
「まあ、似合ってるな」
「えへへ、そうですの。ありがとうございますわ」
なんだろうか、高貴なメイドさん? っていう感じだ。黙っていれば。
シーアも驚いたような目を向けていた。その次の瞬間には、シーアは不機嫌そうにリーベを睨んでいる。
「きちんと約束を守るとは思っていなかったわ」
「決闘で負けましたもの。当然ですわ」
そこまで真面目だったとは……ならもう少しまともな罰を考えてやるべきだったな。
「それよりもアーク!」
リーベが目をきらきらと輝かせながら顔を近づけてくる。
「なんだ……?」
「わたくしとチームを組んでくれませんこと!? あれほど強いのであれば、わたくしに合わせることもできるでしょう!?」
「あなた、何を言っているのかしら? 彼はあたしの騎士なのだけど」
「それでは使わないときは貸してくださいまし。シーアは別に他世界にはいかないですわよね?」
「行くわよ。これからアークと一緒にね」
「へぇ、でも戦えないですわよね?」
ニヤニヤ、とシーアがバカにするように笑う。シーアが苛立ったように腕を組んでいる。
「調べてみましたら、アークは魔法を持ってないから誰とでもチームを組めますのよね? ね、いいですわよね?」
リーベが両手を合わせる。……いやまあ、たまに一緒に手伝うくらいならいいと思うが――。
シーアがたいそう不服そうに頬を膨らませている。
「そう。アーク。よかったわね、一緒に行動したいのなら、一緒にすればいいんじゃないかしら?」
「お、おい……シーア! 待て、どこ行くつもりだ!」
「授業よ」
「あっ、確かに……」
シーアが先に廊下へと出ていき、俺も急いで教科書を準備する。
シーアは教科書は必要ないそうだ。天才だからな。
リーベも何も持たない。教科書があっても理解できないからな。
廊下に出るが、シーアは全力ダッシュで逃げてしまっている。
……まったく。時々みせる独占欲がよくわからんな。
「許可が下りましたわね。アーク、これから一緒にいられますね」
嬉しそうにはにかむリーベに、俺は頬をかいた。
……ちょっと迷ったが、リーベには話しておこうか。馬鹿だけど、信頼は出来る奴だ。
「リーベ、大事な話がある。誰にも話さないっていうのを約束してくれるか?」
「へ? い、いきなりなんですの?」
恥ずかしそうにリーベが頬を染める。
……こいつでもこういう反応ができるんだな。顔が整っているため、一瞬ドキリとさせられる。けどこいつはバカのリーベ。あっ、ドキドキが一瞬で消えたわ。
「いいから。大事な話なんだ。他言無用を頼めるか?」
「……ええ、いいですわよ」
彼女は決意を固めたように頷く。
「おまえに頼まれれば、まあ協力するかもしれないが……俺はあくまでシーアを優先させてもらうからな」
「……それはあれですの? 騎士として、ですの?」
探るような目である。
「いや……ここからが他言無用の部分だ。俺はシーアのことが……まあ、その異性として好きでな。だから、あんまり誤解されないように頼むな」
さっきからリーベの距離が近いのだ。万に一つもシーアとの関係が発展するという可能性はないのだが、それでも俺はシーアに嫌われたくはなかった。
リーベは驚いたように目を見開いていた。歩くのをやめ、彼女は固まってしまっていた。
「どうした……?」
そんな驚かれるような反応か? ああ、シーアが誰かに好かれるとは思っていなかったとかだろうか。
「それ、本当ですの?」
「ああ」
恥ずかしいから聞きなおすのはやめてほしかった。
リーベは考えるように顎に手をやり、それから不満そうに頬を膨らませた。
「わたくし、あなたのことが気に入りましたの。ですから、これからも仲良くしたいと思いましたのよ」
「……俺のことが気に入った? 気に入られるようなことしたか?」
おざなりな扱いしかした覚えがないんだが。それが快感になってしまったとかか?
「わたくしとあそこまで張りあえた男性というのは初めてですので」
「……そうなのか?」
「そうなんですの。それに何より、シーアから奪いたいというのもありますわね」
じりじりと距離を詰めてくる彼女に、頬がひきつってしまう。
「そっちが大半の理由だろう」
「ふっふっふっ……」
にやり、とリーベが笑みを浮かべる。
……こいつめ、なかなかの策士だな。
「どりゃあ!」
とてもお嬢様とは思えない掛け声とともに飛びついてきた。
教科書を持っていたこともあったし、何より身体強化を発動していなかったために回避が間にあわず腕を掴まれる。むにっと柔らかい感触。シーアにはないものだ。
リーベの顔は、ちょっと恥ずかしそうだった。恥ずかしいならやめろっ。
「離れやがれ!」
「嫌ですわよーっ」
俺が彼女を引きはがそうとするが、彼女も抵抗してくる。
どんだけシーアにライバル心を燃やしているんだこいつは!
授業に遅刻するわけにもいかず、彼女を押し返しながら教室へと歩いていく。
教室に入ると、全員に注目された。ロウやルイスは挨拶しようとしてくれたのか、あげかけた手をすっと下げてそのまま他人のふりをするかのように去っていった。
おい、助けろ! シーアと目が合う。
「仲良さそうね」
冷たい声である。俺はリーベを思いきり突き飛ばし、すぐにシーアの隣に腰かける。
「ああ、いやあいつがなんかやけに絡んできてな」
「そうね。よかったじゃない」
「よくねぇよ、面倒くせぇ」
「鼻の下伸びていたわよ」
「い、いやそれはあれだ。男性としてまあその仕方ない反応でして……」
「別に伸びていなかったわよ。嬉しかったのね」
「……あー、いやその」
し、仕方ないだろ。リーベだって顔だけは可愛いんだしな。それに、結構話しやすい性格だし。いやシーアもそうなんだが。
いつの間にか、リーベは俺の隣に腰かけている。
「シーア、アークを借りてもいいんですのよね?」
「これを借りる価値があるのかしら?」
「わたくしにはとっても。というわけで、これからアークをわたくしの寮に寝泊まりしてもらっても構いませんわよね?」
「サラマンダー国の代表者が男を寮に連れ込むというのは問題じゃないかしら?」
「わたくしは国から、強い結婚相手を探してくるというのも一つの決め事としてありますのよ」
「こいつ、魔法持ってないわよ。子どもには期待できないわよ」
「子どもも身体強化を引き継ぎ、わたくしの魔法も引き継いだとすればそれはもう最強ではあrませんの?」
「……身体強化は後天的なものよ」
「アークが教えればみんな使えるようになるかもしれませんわよ? それに、サラマンダー国はノーム国よりも、魔法の遺伝に関しては口うるさくありませんのよ。結局は、その子のやる気次第ですのよ」
シーアとリーベが睨み合っている。シーアが眉間を寄せ、こちらを見てくる。リーベが俺のほうにうるうるとした目を向けてくる。
「さっきも言っただろ。俺はシーアの騎士なんだよ。こいつの傍を離れるつもりはねぇよ」
「だそうよ。残念だったわね、リーベ」
シーアがふふんと勝ち誇ったように笑う。
彼女らがそれからも言い争いをしていたのだが、そんな俺たちのほうに一人の男がやってきた。
イケだ。おお、俺を助けに来てくれたのか。お兄ちゃん思いのいい奴だ。
「り、リーベ様……っ! 昨日の決闘は、わざと負けてあげたんですよね!?」
「なんですのあなた?」
リーベが大変不機嫌そうにそっちを見ていた。
「き、昨日もお会いしましたよね?」
「……そうでしたの?」
「俺の元弟だ」
「……そうでしたっけ?」
バカかこいつは?
大変いらだった様子でイケが頬を引きつらせた。
「オレはイケ・キルニスと申します。今回の新入生でもっとも成績のよかった者でして……アークとの決闘、見ていました。昨日はわざと負けたんですよね!?」
イケが声を荒げると、周囲の人々がこそこそと話を始めた。
「あの人って、あれよね? アークのことをバカにしていた人よね?」
「そうそう。魔法がない無能者だって、散々あることないこと話してたんじゃなかった?」
「俺も聞いたな。アークはまったく戦いのセンスがないって。……全部嘘だったみたいだけどな」
そんな声がイケの耳にも届いているようで、彼の頬がひきつっている。
……なるほど。俺をダシに色々な人と話をしていたようだな。それで、昨日の決闘があれで、イケも周りから色々言われているのだろう。
それを払拭するために、ここに来たのだ。リーベがさすがに顔を顰めていた。
「……あなた、わたくしをバカにしていますの? わたくしは、全力で戦って、敗北しましたのよ」
「そ、そんな……っ! アークは魔法を持たない無能者です! そのアークが、あなたと戦って勝てるはずがありません!」
「アークのこと、散々馬鹿にしていますが……あなた、アークよりも弱い自覚はありますの?」
「なっ! そ、そんなことが……あるわけありませんっ! アークは家を追放された、無能者! オレは、アークの代わりに家を継ぐことになったんですよ!」
「なら、アークと戦えばいいんではありませんの? わたくしに聞くより手っ取り早いでしょう?」
「そ、それは……」
イケが怯んでいる。……彼も昨日の戦いを認めていないわけではないようだ。
「過去は過去よ、キルニス」
シーアがリーベとイケの間に割りこむ。
シーアの登場に、イケが明らかに狼狽した。
「なんならここで、リーベの言う通りやってみたらどうかしら? 今のあなたでは、アークに傷一つつけることもできないわよ」
「舐めないでください……っ!」
シーアの不敵な笑みとともに繰り出された挑発に、イケが激昂した。
あんまり煽るなって面倒だから。
イケが右手に風をまとい、同時殴りつけてきた。
俺は小さく息を吐き、身体強化を20%まで引き上げて彼の背後をとる。その手首を捻りあげ、怯んだところで背中をとんと押した。
彼は顔を床にぶつけた。鼻血が噴き出している。
「ぐぅぅ!?」
「……ほらね。イケ。昔と今は違うのよ。今はアークのほうが強いわ」
「くそ……! おい、アーク! どけよ! 平民のおまえが、貴族に手を出すんじゃねぇよ!」
俺が軽くあしらうと、イケが、悔しそうに顔を顰める。
教室に教師が入ってきて、イケもそれ以上暴れることはなくなった。




