第二十四話
周囲が静けさに包まれ、そして……ギャラリーのくしゃみに合わせ、同時に動き出す。
まずはお互い手のひらをぶつけあうような突撃。
力は互角だ。リーベが驚いたように目を見開いている。そりゃあ、こっちもだ。
けれど、グルドにたっぷりと鍛えられた体がすぐに次の動作へと移る。彼女が振りぬいてきた拳をしゃがんでかわし、その場で回るように蹴りを放つ。
リーベの体が崩れ、そこに俺が拳を振りぬこうとしたが、すでにリーベは片手を地面につけ、逆立ちのようにして足を振り落としてきた。
パンツが見えるのも構わないってか――っ! 俺はその一撃を腕を交差させて受け止める。お互い一度距離をとり、顔を見合わせる。
「……驚きましたわ。あなた、魔法外装を使っていませんのね?」
「ああ、身体強化だけだ」
「へぇ――それで、あれだけ動けますのね。これなら、本気でやっても問題なさそうですわね」
本気、か。やはりまだ彼女も全力を出していなかったようだ。
俺はネクタイをゆるめ、上着を脱いでシーアに投げ渡す。ワイシャツのほうがいくらか動きやすい。
何度かその場で跳ねてから、腰を落とす。
「お、おい……今の動き見えたか?」
「い、いや……あの二人一瞬で何かやりあって……それで」
「だ、誰だよ。アークが無能者って言ったやつは……っ! リーベ様と張り合っているじゃねぇか!」
周囲のどよめきはまるで俺が通用するなんてみんな思っていなかったんだろう。
……まだだ。この程度で評価が覆ったとは思っていない。
リーベと張り合った、ではインパクトに欠ける。リーベに勝利したという事実が欲しい。
「それじゃあ、こっちも本気で行かせてもらうぜ」
「ええ、楽しみにしていますわ」
お互い再び構える。次は80%だっ!
引き上げた強化によって、肉体が悲鳴を上げ始める。100%まで引き上げられるといっても、それは体の限界で戦い続けるわけだからな。
俺が大地を蹴り、リーベに肉薄する。彼女は目を見開き、驚いたように横に体を動かす。
俺の拳をかわしたが、隙が生まれた。
「逃がすか!」
リーベの腕をつかみ、思いきり放り投げる。
しかし、彼女は空中で火を放ち体勢を直しながら、火の矢を打ち出す。
それはまさに火の雨だ。かわしきれないので、俺は両腕を思いきり下げ、それから振り上げる。
風が巻き起こり、火の雨が掻き消える。今の一撃の瞬間、120%まで力を引き上げたが、やはり、120%はそう簡単には使いたくない。
全身を襲う痛みを気合でおさえこみ、すぐにリーベへとつかみかかる。
リーベは右上に火をまとい、それをこちらに向けて放ってきた。火の柱が襲い掛かり、俺はそれを横にとんでかわす。すぐに体を起こし、リーベに接近して、殴る。
殴った感触がおかしかった。リーベの腹を殴ったのだが、とてつもない熱に襲われた。みれば、彼女は火を使って体を守っていた。
……だが、ダメージがなかったわけではないようだ。リーベは腹を押さえ、顔をしかめている。
「……いまの一撃、なかなか効きましたわね」
「こっちもまさかカウンターにこんなもんをもらうとは思ってなかったぜ」
手をたたくように火を払う。
魔法ってのはずるだな。攻撃、防御、おまけに俺には絶対できない中、遠距離までカバーしやがる。
リーベが片手をあげると、火の矢が彼女の頭上にいくつも浮かび上がった。
「あまり、時間をかけて戦うのは好きではありませんの……。次の一撃を入れたほうの勝ち、というのはいかがですの?」
「ちゃっかり、そっちに有利な条件提示してんじゃねぇぞ。お互い、拳をぶち込んだほうの勝ちってのはどうだ?」
「当たり前ですわ。わたくしだって、こんな小さな火の矢がかすったくらいで勝ち誇るようなプライドは持っていませんわ」
にやり、とリーベが口元を緩め、片手を下す。その動きにつられるように火の矢が襲い掛かってくる。
これを食らってもいいというのなら――っ。
俺は大地を蹴り、その火の雨を最小限に受けながら突破する。
これは誘導だ。リーベは自分の次の一撃を当てやすくするために、わざと俺に回避できる余裕をもたせて攻撃してきている。
だから、それに乗らせてもらう。
リーベが地面を蹴り、動き出す。俺も彼女にあわせ、拳を構え、身体強化を20%に落とす。
俺の動きが一瞬緩む。その異常な変化にリーベがタイミングをずらされたようだ。狙い通りだ。
そこから一気に100%に引き上げる。俺が加速したことで、リーベが急いだように拳を振りぬいてきた。
その一撃を俺はかわす。しかし、リーベも俺の速度についてきた。だが、なんとかいった感じだ。
リーベはすかさず体を反転し、俺に肘を入れてこようとした。
だが、俺はそこまで見えている。
彼女の右肘を左手で押さえ、とびかかりながら俺は右拳で彼女の顔を殴りつけた。
ぺちっという感じで。さすがに、思いきり殴るのは気が引けたので、そこは加減した。
軽い平手打ちがリーベの頬に入ると、彼女は悔しそうに唇をゆがめた後、ふっと力を抜いた。
彼女の体から火が消え、それからリーベは腰に手をやった。
悔しそうな顔だ。
「お、おい……今の……みえたか?」
「わ、わかんねぇ、ただ……アークがリーベの顔面を叩いたのだけは、わかったぞ」
「ってことは……アークの勝ち、なのか?」
「うぅぅぅぅ!」
リーベが頬を膨らませ、唸る。
勝ち、ねぇ……勝った気はしていない。
両手には火傷ができていた。正直いって、痛い。ただ、この程度の痛みには慣れていた。
グルドが俺に教えてくれたことの一つが、痛みになれることだった。医者なんてない森で暮らしていくには、ある程度自身の体調の限界を伸ばす必要があったからだ。
「しょ、勝者……アーク!」
教師の声が響くが、観客たちが声を荒げていく。
「り、リーベ様が……負けたのか?」
「ま、魔法のない無能者に、か……?」
「ま、まさか手を抜いていた……とか?」
「い、いや……アークってやつの動き見ただろ!? あんな動き、俺たちじゃまずついていけねぇよ……」
「な、なんなんだよあいつ……魔法を持ってないはずなのに、どうしてあんなに速く動けるんだよ!?」
「身体強化だけであれっておかしいだろ!? どうなってんだ!?」
声が爆発するようにあふれた。
そのほとんどが戸惑ったようなものだ。……ちょっとは、俺に対しての評価も変わってくれるだろうか。
「アーク、治療するわよ」
シーアがやってきて、もともと準備していたのだろう再生の魔法を放つ。
俺の焦げていた服もすべて元通りになり、俺は彼女から上着を受け取る。
「いい、試合だったわね」
シーアは俺とリーベを見てそういった。
「ま、また今度、やりますわよ! 次は負けませんわよ、アーク」
「いやもういいだろ」
「勝ち逃げは許しませんわよ!」
べーっとリーベが舌を出し、その場から逃げるように駆け出した。
……その目にはちょっとだけ涙が浮かんでいた。
だからこそ、シーアもいつものようにからかうのをやめたのだろう。
俺は体を起こしてから、拳を固める。
観客たちに目を向けると、イケがいた。驚いたようにこちらを見ていた彼は、悔しそうに顔をゆがめている。
――魔法のない無能者、か。
さんざん馬鹿にされてきたけど……今は魔法使いたちとも戦えるくらい強くなったんだな。
ようやく、実感できた。
俺は嬉しそうに笑っているシーアを見て、改めて思う。
もっと、もっと強くなろう。今のままじゃ、まだまだだ。
……彼女の騎士として、最強になるんだ。
これから先、どんな相手にも余裕で勝てるくらいにな。




