第二十三話
午前の授業が終わり、俺たちは食堂へと来ていた。
やはり、注目される。シーアもリーベも隣にいるんだからな。
俺としては、ロウたちと昼を食べたかったが、彼女らを連れていくのもな。あいつらの気が休まらないだろう。
「それにしても、あなた。弟からたいそう嫌われているようね」
「向こうが一方的にな」
「聞いていてむかついたのだけれど、あなたは何も感じないの?」
「あいつらが悪いわけじゃないからな」
「……どういうことかしら?」
「いや、まあ……多少なりともあいつらも悪いんだろうが、それよりも……子は親を見て育つと思っていてな」
「……親。ああ、そういえば。あなたの家の両親はあなたのことを嫌っていたわね」
「そういうわけだ。そんな環境で暮らして来たら、歪まず真っすぐ育っていくほうが難しいって話だ」
俺の性格が捻くれたのだって、小さい頃から家族からいじめられていたからだろうしな。いや、これは生まれながらのものという可能性もあるが。
「人の性格ってのは環境が育てるもんじゃないかって俺は思っているんだ」
「あたしは生まれながらに決まっていると思っているわね。だって、あたしは昔からこうだし」
「……なるほどねぇ」
「わたくしは――」
「別に聞いてないからいいわよ」
「話をさせろーっ!」
リーベが腕をぶんぶんと振り回し、会話に割り込んでくる。
シーアがたいそう面倒臭そうな顔で対応する。
俺たちがテーブルにつくと、給仕がやってきた。……そういえば、使用人たちを教育するクラスもあるとかなんとか。
そこの生徒たちが、食堂の給仕を交代で務めているそうだ。
まだ本職の人ほどではないが、彼らの動きはかなり丁寧だ。
俺たちは料理を注文して、しばらく待つ。
「あなた、わたくしにどうやって勝つつもりですの?」
「殴ってぶっとばすくらいしかねぇな。ところで、お前の魔法ってのはどんなのなんだ?」
「なんで教える必要がありますの?」
「なるほど……教えたら負けるから教えられないと。了解だ」
「そ、そんなわけないですわよ! わたくしが使えるのは火の魔法と、魔法外装ですわよ! 火の扱いに関して、わたくしの右に出るものはいませんわ」
どーんと胸を張るリーベ。火か。あまりやりあいたい相手じゃないな。
「ふふん、精々対策でも考えているといいですわよ」
対策といってもな。どうせ身体強化しかないわけだしな。
昼を食べたところで、俺たちは決闘場こと、学園の校庭へとやってきた。
「すげぇ人だな」
「そうね。こんなに盛り上がるとは思っていなかったわ」
決闘場には、たくさんの人であふれていた。
シーアが目を見開いている。リーベは途中で別れたが、彼女も驚いているのではないだろうか。
「こんなに注目されるとか、緊張で本来の力が出せないかもな」
そういった瞬間、横を生徒が話しながらすぎていく。
「久しぶりにリーベ様が戦うんですって!」
「楽しみですね! あの人の戦いは派手だから見ていて楽しいんだよね!」
「対戦相手のアークって知ってる?」
「知らないけど、リーベ様が本気出す程度には頑張ってほしいよね」
彼女らの背中を見届けたシーアが首を傾げた。
「力出せそう?」
「泣きそうだ」
決闘場となる校庭へと入ったところで、ロウとケイスと目が合った。
「……おまえ、本当にあれだぞ? やばくなったら降参しろよ?」
「わかってる」
「怪我、しないようにね」
「……おう」
彼らはシーアに軽く会釈をしている。シーアは慣れない様子で、そちらに視線だけを向けた。
人ごみをかきわけていく。
「アークってやつ、シーア様の騎士なんだって?」
「けど、魔法も持ってない無能だって新入生の子が騒いでいたわね」
イケか。あいつ、俺のこと大好きかよ。
「魔法を持ってないってやばくねぇか!? 何もできねぇじゃんか!」
「どうやって学園の試験を突破したんだよ? ここ最難関の旅人学園だぜ?」
「どうせ、リシェール家の力でも使ったんでしょ?」
「うわ、いいねぇ。権力持っている奴ってのは」
誰も俺がアークとは気づいていないようで、みんな好き勝手なことを言っているな。
シーアに気づいて、慌てた様子で口を閉ざす人はいるんだけどな。
「アーク。こんだけ好き勝手言われて、このまま負けるなんてことがあったらどうなると思う?」
「どうなるんだ?」
「あとでお仕置きね。嫌だったら、死んでも勝ちなさい」
そのお仕置きに少し興味がでて、負けたい気持ちが沸き上がってしまったんだが?
へいへい、といつもの調子で返事をして、俺は戦場へと足を踏み入れる。
「来ましたわね」
さっきまで一緒だったリーベが腕を組んで待ち構えていた。
教員がちらと俺のほうを見てきた。懐疑的な目である。本当にやんの? という感じだ。
教員なんて、俺が魔法を持っていないことはすでに知っているだろう。俺の試験を担当してくれた教師が言いふらしてなければ、情報はそこで止まっているしな。
俺たちは向かいあい、リーベが口を開いた。
「罰ゲームの話がありましたわね」
「おう、そういえばそうだったな。俺が勝ったらおまえの制服は一日メイド服な」
「ほ、本気ですの……!? まあ、べつに負けませんからそれでいいですわよ」
「それでおまえは?」
「……わたくしが勝ちましたら、そうですわねぇ」
「負けたら友達になってやろうか?」
「と、友達!? そ、それではあなたの罰ゲームになりませんわよ! わたくしと友達になれるというのは、とても――」
「いや、十分罰ゲームだ。こんなわがままでうるさいやつと四六時中一緒にいたくねぇ」
「シーアとはいますわよね!?」
「ぶっ飛ばされたいのかしらアーク?」
遠くから声がした。なんで俺? そこはリーベだろう。
リーベはしばらく考えるように顎に手をやり、それから不敵に笑って見せた。
「まあ、それでいいですわよ。一日、わたくしの使用人にしてやりますわ。散々こき使ってあげますわよ」
「了解だ。そんじゃ、始めるとするか」
身体強化は、60%でいかせてもらおう。彼女がどれだけの力を持っているかはわからないからな。
やれるのならば全力でいきたいが、それで怪我させたくはない。状況を見て、徐々に強化はあげていこう。
シーアは俺たちから離れ、こちらを見守っている。
……いいところみせないとな。
シーアだけではない。この学園で俺を馬鹿にしている連中はたくさんいる。リーベに勝ち、全員に分からせてやるんだ。
シーアの隣に並べるような立場の旅人になるための、第一歩だ。
「それでは、決闘を開始します!」
教員が声を上げた瞬間、リーベが地面を踏みつける。
同時、火柱が彼女を包み、その全身を焼き尽くした。
その火が収まった瞬間、彼女の体には火がまとわりついていた。まるで火の鎧だ。
「魔法外装を見るのは始めてですの?」
「ああ、熱くないのか?」
「ええ、まったく。ただ、あなたにとっては熱いですわよ」
リーベが微笑を浮かべ、腰を落とす。
……彼女の構えはまるで、近接戦闘を行うようなものだ。
魔法使いの戦いの基本は、魔法を近接で相手に叩きこむこと。そして、魔法発動中、準備中、すべての間において普通の身体強化以上の肉体強化が施される。
身体強化程度、と馬鹿にされる最大の理由である、魔法外装。
魔法外装による強化は、補助程度の身体強化を優に超える。
……実力を知るための相手としては、申し分ないな。強い相手と戦うってのは、ワクワクしてくるな。




