第二十話
入学式の日。
校舎を眺めながら、俺は短く息を吐く。
なんとか、合格したな。……とはいえ、まだここはあくまで入り口だ。
これから、シーアのためにももっともっと力をつけないとだな。
隣を歩くシーアをちらと見つつ、俺は学園を歩いていく。
……さすがにシーアはみんなの注目を集めているな。その隣にいる俺も、「なんだあいつは?」とひそひそ噂をされている。
「それじゃあ、あたしは在校生側だから。またあとで会いましょう」
「おう、またな」
シーアとはここまで。新入学となる俺は、入学式に参加することになっている。
……この学園では、半年に一度入学式を行っている。年齢も特に気にせず、とにかく才能ある人を集めているというわけだ。
だから、新入生を珍しいと思う人は少ないはずなのだが、注目されていた。
周りを気にしてもいられないな。
俺は新入生が集まっている体育館へと向かう。
次第に新入生たちと思われる綺麗な制服に身を包んだ生徒たちを見つけられた。
俺に気づいた彼らは、ふっと口元をゆがめた。
……どうやら、馬鹿にされているようだ。
相手は貴族。彼らは俺の胸元に、家紋のバッジをつけていないのに気づいたからこそ、バカにしているのだ。
学園は貴族、平民関係ないと言っていたが、生徒たちはやはり意識しているようだ。
俺は、スパイトが認めてくれないため、家紋のバッジをもらえていない。
だから、一人でいればどこの馬の骨ともわからない平民にしか見えないんだ。
近くを歩いていた新入生が、別の人に声をかける。
「そういえば、おまえクラスはどこになったんだ?」
「クラス? ああ、そういや俺のクラスはAクラスだったな」
「マジかぁ。俺はBクラスだったぜ」
見れば、彼らも平民だった。俺はそちらに近づき、気さくな感じで片手をあげる。
「二人とも、平民……だよな?」
「おう、おまえも平民だよな? オレはロウだ」
「ああ、アークっていうんだ。もう、心細くてさぁ。ほら、学園貴族ばっかりだろ? もうちょっと平民にも気を使ってほしいもんだぜ」
「ははは、そうだよな」
適当に周りの人と話していく。
俺の唯一の取り柄とでも言おうか。昔から、誰かと話をするのは好きだし、得意なほうだった。
「へぇ、アークくんってZクラスなんだ……ってことは珍しい魔力を持ってるんだよね?」
「らしいな。あんまり詳しくないんだけど、Zクラスって他のクラスより忙しいんだよな?」
「うん、そうだよ」
学園のクラスはA、B、C、D、E、Zの六つのクラスに別れている。
他世界に行くには、魔力の適正が関わってくる。
例えば、Aクラスの人は、魔力波長Aというグループとなり、国で振り分けた魔力波長Aの他世界へ移動できる。
この適正がないと、本来の力が出せなくなってしまうのだ。
だから、魔力波長Aのものが、Bの世界に移動した場合は、最悪魔法の使用さえできない。
「Zクラスかぁ、つい最近見つかった新しい他世界だもんな。適正者が極端に少なくて、仕方なく学生でも他世界に行くことになるんだろ?」
「そうみたいだな」
それが、Zクラスだ。
俺が家を追放されてすぐくらいに、この新しい波長の他世界が発見されたそうだ。
このZ世界の特徴は、極端に適正者が少ないということ。……俺は別に適正があるわけではないが、これはあくまで魔法に関する適正である。
そう……魔法を持たない俺は、AとかBとかそういうの関係なく、どこでも行けてしまうのだ。
それゆえのZ適正の評価だ。
「けど、成績次第じゃ将来安泰だよね。アークくん、いいなぁ……」
「おう。平民から成りあがってやるぜ」
いつか、シーアの隣にいて問題ないくらいまで上り詰めてやる。そうすりゃ、スパイトだって文句は言えないはずだ。
そのためにも、旅人として活躍し続ける必要がある。がんばろう。
「そういえば、入学試験の結果どうだったよ? 確か、全体での順位みたいなのがあったよな?」
「おいおい、わざわざそういうってことは良かったのか?」
「おう。全体順位215人中、34位だぜ!」
……この全体順位はあくまで、試験を突破した人たちの順位で在校生は関係ない。
また、年四回に分けて行われる試験の合格者全員の順位である。
これに関して、俺はノーコメントとしていたかったのだが、全員自分の順位を言っていく。
「わ、私は……103位でした」
「まあ、これから頑張っていけばいいんじゃないか?」
「アークくん……そ、そうですね。がんばります!」
「よし、そろそろ入学式も始まるし、このあたりで――」
「おーいおまえまだ言ってないだろ? 何位だったんだよ?」
ぐりぐりと肘でつついてくる。
……マジで言わなくちゃいけないのか?
全員が注目しているので、俺はふざけた調子で言うことにした。
「俺はなんと215位中……215位だ!」
「って最下位かい!」
びしっと鋭いツッコミを入れてくる。俺は空気を悪くしないよう頭をかきながら、笑っている。
……俺が最低評価を受けたのは、別の日の受験となったから。
遅刻したんだから、という理由で別の人とは評価の基準が変わる。
まあ、最低ならあとは上がるだけで、わかりやすい。
「おい、平民共。くだらない話をしていないで、静かにしろ」
講堂内に入ると、入学生と思われる貴族の人々がこちらを見て声を荒らげた。
全員がすみませんといった感じでおどおどしている中で、俺は彼をじっと見て、頬が引きつった。
あの家紋は――キルニス家の奴じゃねぇか。
向こうも俺の顔をしばらく見てきた。何かに気づいたように眉根を寄せる。俺はさっと顔をそらした。
「さっき、アークって呼ばれていたか?」
驚いたような顔で、彼は言ってくる。
「聞き間違いじゃないですかね。ていうか、人の話を盗み聞きするなんて趣味悪いですよ」
「……そのやる気のない顔に、その名前……それに、そのふてぶてしい話し方――まさか、おまえアーク兄さんか?」
震えたような声で、彼がその名前を言った。
ばれちゃあ仕方ないな。元弟のイケに視線をやる。
「それがなんだよ」
「なんで、おまえが生きている。それに……おまえ……どうしてここに」
「別になんでもいいだろ」
「……新しく、シーア様の騎士が決まったと聞いていたが、まさか、おまえ、じゃないよな?」
無駄に頭の回転が速い。否定したところで、あとでわかることだしな。
「そうだけど、それが何か関係するのか」
俺がそう返事をすると、先ほどまで話していたグループの面々が驚いたように目を見開いていた。
「し、シーア様って。国内最強ともいわれるリシェール家の人だよな?」
「リシェール家の騎士っていやぁ、有名、だよな」
「う、うん。主のために、その命を削ってでも守りぬくための盾だって……」
「いや、まあ別にそんな大層なもんじゃねぇけどな」
俺がそういうと、イケは俺の言葉に納得するように笑いながらうなずいた。
「そうだよなぁっ。てめぇみたいな魔法をもたない無能者が、シーア様の騎士になんざ務まるはずがねぇ。どうせ、シーア様が勝手に言っているだけなんだろうがな」
魔法が使えない。その言葉に全員が目を見開いた。
それから、周囲の貴族たちがこそこそとこちらを見てきた。
「……魔法が使えないアークって確か。あれだよね?」
「昔話題になったよね。世界で唯一魔法を持たない無能者がいるって」
「そうそう。無能者でも学園に入れるっておかしくない?」
「たぶん、シーア様が無理やり入れたんじゃない? あの人、凄いわがままだって聞いてるし」
試験にはちゃんと受かっているが、ここで否定しても意味はなさそうだ。
結局、俺の力を示せない限り、どうしようもないからな。
イケがまだ何か言ってこようとしたが、そこで床をたたく強い音が響いた。
「新入生! 騒がしいぞ!」
そちらを見ると、学園の教師と思われる人々がいた。
また、精霊大国の代表者と思われる四名がいた。……リーベの姿もそこにあった。
「君たちはこの学園に入学するという意味を改めて考えろ! もう君たちは旅人という立場であることを自覚しろ!」
怒号が空気を震わせる。それには殺気も混ざっていて、慣れていない生徒たちががたがたと体を震えさせた。
ちらと俺とリーベの目が合った。彼女の目が捕食者のようにゆがむ。俺も口元を緩める。
「これより、入学式を始める」
静かになった空間に教師の声が響いた。




