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第二話

 シーアの騎士になってから三年が経過した。

 俺の家族はそりゃあもう喜んでいた。


そりゃあそうだ。倉庫にあったゴミが突然高値で売れるようになったら誰でも喜ぶだろう。俺はまさにそんな感じ。


 家族から期待されていなかった理由は簡単だ。


 俺の保有している魔力はとてつもなく少ない。こんな魔力では、誰でも使用できる身体強化の魔法しか使えないのではと散々言われてきた。


 この世界では十歳になると魔法の力に目覚める。その魔法のエネルギーになるのが魔力だ。魔力が少なかったら、どんなに優秀な魔法に目覚めても使えない。だから、家族は誰も俺に期待なんてしていなかった。


 だから、両親は俺に冷たかった。

 俺が何か問題を起こせば、殴る蹴るは当然だったくせに、シーアの騎士になってからは手のひらを返したような待遇だ。


 散々ごくつぶし、と呼んでいた彼らが、最近ではアークと名前で呼ぶようにまでなっていた。


 俺に魔力がないというのは貴族たちにも知れ渡っている。シーアの騎士から引きずり降ろそうと、舞踏会のたびにその話題があがるのは最近ではもはや恒例となっている。


 しかしシーアはまるで聞く耳を持たない。少しはもってほしいものだ。

 貴族の皆さんが家の力を使って、俺がいかに無能かを示しているというのに、彼女はそれらすべてを無視する。それは優しさ? いいえ、彼女はただただ俺という奴隷をこき使いたいだけなんだ。


「おかえりなさい、アーク。遅いわね」

「うげ、出た」

「人をお化けみたいに言わないでくれるかしら? ちゃんとただいまくらいいなさいよ」


 今日は学校だったが、用事があって別々の帰宅となった。俺を出迎えたシーアが腕を組んでいた。


「いや、俺キルニス家にいたときはただいまとかいっても返事なかったし」

「そうなのね。ま、そんくらいどうでもいいわ。アーク。お菓子持ってきて」


 早速、こき使われるのか。せめて少しくらい休ませてくれっての。


「はいー、ただいまー!」

「次はお茶ね。あと、本も」

「お任せあれーって俺は使用人か!」


 全部用意して彼女に渡してから叫ぶ。

 シーアはくすくすと笑ってお菓子をこちらに向けてきた。


「ほら、お菓子あげるから機嫌直しなさい」

「あざっす」


 彼女の家で食べられるお菓子は、俺の家の一か月分の生活費くらいだろう。いやさすがにそれは盛った。けど、一日分くらいはあると思う。それを頂けるのだから、なんでもやるというものだ。

 シーアが隣を示すようにベッドを叩く。座れということなので、腰掛ける。


 俺とシーアの関係は、こんな感じだ。もうずっとこの調子で三年近く過ごしている。

 彼女の命令に従順に従い、それはもうシーアの奴隷のように働いている。


 シーアが俺を気にいった理由はやる気のない顔だっていうから、そりゃあもう毎日やる気に溢れた顔で、シーアに興味を持つように頑張った。


 俺が騎士になってしまったのは、シーアにまったく興味がなかったからだ。だから、シーアに興味を持ち、周りの貴族たちのようにメロメロになったらどうだろうか? そりゃあもうシーアに嫌われて騎士もお役御免になるというわけだ。天才的な発想に気づいた当時は俺も身震いした。


「なに、あなたこっちをじっと見て」

「いやあ、別に。今日もシーアに興味津々で生活しているっていうアピールだ」

「それを口にだすあたり、興味まるでないわよね」


 呆れた様子でシーアが肩を竦める。……そう、毎日彼女をじっと観察し、とにかく興味を持つよう、持つように生活をしていった。

 シーアは一体何が好きなのだろうか? 普段はどんな生活を送っているのだろうか? どんなジャンルの本を好むか。学校じゃ友達一切いないんだな……とかとか。

 シーアにあれこれ注目していった結果……俺はとんでもない過ちを犯してしまった。


 ――普通にシーアが好きになってしまった。もう、彼女のそばを離れたくないくらいになっ。

 バカか俺は!


 簡単に分析すると……こいつやっぱり美少女だ。口は悪いが、時々見せる優しい顔にころっと落とされてしまった。

 今はそれを必死に見せないように頑張っている次第だ。……彼女の騎士をやめたくないからな。


「やっぱあなたにしておいて正解だったわ。こんな便利な奴隷――じゃなくて、道具に育ってくれるとは思わなかったわ」

「まだ奴隷のほうがマシとさえ思えるんですけど」


 シーアは軽く伸びをしてベッドで横になる。俺もこのまま眠りにつきたい気分だ。……さすがに、シーアの隣で寝るとかできないがな。緊張して一睡もできないだろう。

 彼女をちらと見ると、無防備に肌をさらしている。まったく、なんて心臓に悪い奴なんだ。


「ねぇ、アーク」

「なんだ」

「明日の魔法発表会に参加する予定よね?」


 魔法発表会。

 俺たちは同じ学園に通っているのだが、学年の全員が十歳を迎えた日に魔法発表会が開かれる。


 この世界の人々は、十歳になったその日に魔法に目覚める。だから、学年で一番最後に十歳を迎えた子に合わせ、どんな魔法を所持しているのか調べる。

 その後は、魔法を持つ子たちを祝うことになっている。


「そりゃあな。貴族なら全員受けるだろ」


 なんなら、平民でさえ受けることになっている。

 珍しい魔法が発見されれば、国の発展に繋がるからな。


「どんな魔法が目覚める予定なのよ? 爆発とか? 時間関係とか? 瞬間移動とか?」

「そんな立派なもんに目覚める予定はねぇんだけど。たいした魔法じゃないんじゃないか? そんで、騎士をやめたほうがいいなんてまた舞踏会を賑わすかもな」


 それは嫌です。勘弁してください神様。


「言っておくけど、騎士をやめられるとは思わないことね。どんな雑魚魔法でも傍に置いておくわ。覚悟しなさい」

「へいへい。鬼のような奴だな」

「何、やめたいの?」


 そういって彼女が睨んでくる。……相変わらずここ一番の迫力は凄まじ。


 やめたくはない。今の立場を気にいっている。けど、それを言えば、やめることになってしまう。シーアが初めに言ったとおりだ。あたしに興味を持つな、と。

 難しいもんだな。


「まあな。前から話してるだろ。貴族なんてめんどくさいってさ」

「……あっそ」


 シーアは露骨に否定すると、怒ったようなつまらないような顔をする。その顔を見ていると、胸がぎゅっと痛むのだ。

 彼女に本音を伝えたいが、伝えたら騎士をやめさせられる……ああ、くそどうすりゃいいんだ!


 しばらくして、シーアは近くにあった枕を投げてきた。その顔はいつも通りの仏頂面だ。

 生まれたときからそんな顔だったんじゃないだろうか。可愛いのにもったいないものだ。


 明日、どうなるだろうな。最低限、騎士を続けられる魔法が発現してほしい。


 シーアの父――リシェール家の当主もまた、魔力の少ない俺を嫌っている。下手な魔法だと本当に騎士をやめさせられるかもしれない。


「魔法発表会。期待しているわよ」

「……期待に応えられる気がしねぇな」


 魔力量が、そのまま魔法に比例する、というのはよくある話だ。

 ……だからたぶん、俺はたいした魔法には目覚めないんだろう。

 ――それでも、目覚めてほしいとも思ってしまう。期待したくなくても、期待してしまうのだから俺ってポンコツだ。


 そんなことを考えていると、シーアがすっと何かを持ち上げた。

 緑色の魔石がついたネックレスだ。


「なんだそれ」

「あんたにあげるわ。一応、誕生日でしょ?」


 俺たちの年代で一番誕生日が遅かったのは俺だ。まさかシーアが覚えていたなんてな。

 嬉しすぎて思わず笑顔を浮かべてしまいそうになる。それを必死に隠して、俺は最大限の憎まれ口を叩く。


「どこなら高く買い取ってもらえるんだ?」

「売ったら殺す」


 シーアがきっと睨みつけてきた。……売るわけねぇだろ。一生の宝物だ。


 俺が騎士の立場をおろされたとしても、大事にし続けよう。……いやさすがにそれは気持ち悪いか?

 基本、すぐに眠りにつける俺だったが、その日だけは初めて寝付けなかった。




 発表会当日。俺たちは学園の体育館に集まっていた。入学式や卒業式のときのように綺麗に飾り付けられたこの場には、通っている生徒たちの家族も来ていた。今はそんな家族たちの交流の時間であった。


 久しぶりに家族の顔を見た気がする。ほとんどをシーアの家で暮らしているので、家族と会う機会がない。

俺が会いたいと願えば会えるだろう。けど、俺も会いたくないので、この関係が続いている。


 学園まできた両親と弟が何かを言っている。……全員、俺がシーアの騎士になる前なんかまるでいない者のように扱っていたのにな。

 そんな彼らが何か激励の言葉を言っていたようだが、右耳から左耳に抜けていく。

 あまり心に残らない言葉を残した彼らがようやく去っていった。

 俺は軽く伸びをして、シーアが待つクラスの列に戻る。


「アーク、いい魔法が発現するといいな」

「いやぁ、どうだろうなぁ……俺って魔力欠片もねぇしなぁ……」

「はははっ、そうだよな。まあ、神様に祈っておけよ」


 クラスメートたちはからかうように背中を叩いてくる。


 ……家族と不仲な俺は、とにかく友人関係だけは気をつけるようにしていた。そのおかげで、シーアの騎士になってからもなんとか良い友人たちに囲まれている。


 本音はわからないが。向こうも、シーアの騎士の友人、という立場を守りたいだけかもしれない。

 けどまあ、それでもいいさ。昔から別段関係が変化したわけじゃないし。


 とはいえ、やはり敵対してしまう人もいる。

 それは、シーアの騎士を狙っていたような貴族たちだ。さすがにそればかりは、どうしようもなかった。


 俺はシーアの隣に並び、光が抑えられた壇上へと視線を向けた。

 少ししてぱっと、壇上を照らすように光が向けられる。そこには、司会者がいた。


『みなさま! お待たせしました! 魔道具の準備が完了しましたので、これより、魔法を調べていきましょう!』


 司会者がそういうと同時、派手な音が響いた。学園で用意した楽師団の演奏だ。


 わずかにびくっとしたシーアが耳を押さえ、顔を顰めている。「うっさいわね」と口が動いている。相変わらずだな。けど、そうやって耳を押さえているシーアも可愛らしい。

 シーアの舌打ちを合図に、発表会が始まっていく。


 魔法を調べる道具は、マジカルミラーと呼ばれる特殊な鏡だ。

 その鏡に自分の魔法について尋ねると、そこに映った自分が答えてくれるのだ。


 同級生たちが順番通りに声をかけ、鏡をかざしていく。俺とシーアの順番は最後だ。学園側も盛り上げたいからわざとそうしたのだ。


『オレは火魔法の使い手だ!』


 かざされた鏡に映る子が叫んだ。彼の魔法は火魔法か。

 露骨に鏡を持っていた子の元気がなくなる。決して悪くはないが、火魔法は珍しさはないからな。

 多くの貴族は火、水、風、土といった基本属性よりは特殊魔法を狙っているはずだ。


 例えば、シーアが言っていたような爆発を起こす魔法や、時間を一時的に操るような魔法――。特殊魔法のほうが国からも重宝されることが多いからな。


『私は、影魔法の使い手だ!』


 おお、っと声が上がる。次の子は特殊魔法のようだ。

 影魔法、確か影を操ることができる魔法だったか? とにかく、属性以外の魔法は基本的に当たりだ。

 鏡を持っていた少女とその家族と思われる人たちがはしゃいでいる。


 そうして、次々に魔法が調べられていく。

 盛り上がりが絶好調になったところで、俺の順番が回ってきた。

壁際にいた新聞社の人たちも、俺の番になった途端、露骨に集中し始める。一言一句をもらさんとばかりに、メモとペンを握りしめている。


 シーアの騎士というだけで、俺は注目されていた。

 あまり注目されても嬉しくはないんだよな。……シーアはというと、やっぱりあまり興味なさそうだ。


 俺は鏡を持ち上げる。珍しく、緊張している。それを表情に出したくなかったのは、小さな意地のようなものだ。必死に声を抑え、俺は問いかける。


「俺の魔法はなんだ?」


 前の子と同じように鏡を掲げると、鏡の中の俺が動いた。


『俺の魔法は……魔法は……』


 なぜかそこで止まった。沈黙が場を支配する。

 初めての出来事に俺は混乱する。嫌な予感がして、脈が速くなっていく。背筋からは嫌な汗がだらりと流れてくる。持っていた鏡が震えだす。


 震えた鏡は、困惑したように固まっている。なんだ、何が起きているんだ。


「俺の魔法はなんだよ」


 たまらず催促した俺の言葉に、鏡の中の俺が動き出した。


『オレの魔法はないんだぜ!』


 その言葉に、周囲がざわめきだした。


「ま、魔法がない……?」

「どういうことだ? 固有魔法がないってことは……まさか、本当に何もない、ってことか?」

「ってことは、身体強化魔法しか使えないってことか?」

「身体強化ってあれただ補助する程度の魔法だぞ? そんな力でシーア様の騎士が務まるのか?」


 その言葉を皮切りに、いくつかの貴族たちが息を吹き返したように声をあげる。

 それは、俺を嫌う貴族たちだ。


「そうだよな。そんな無能者にシーア様の騎士が務まるわけないだろ?」


 その声は、たぶん小さかったのだろう。けど、俺には耳元で囁かれたかのように酷く頭に残って――。

 視線をシーアに向けると、彼女は見たこともない顔でこちらを見ていた。その表情の意味を、俺は知ることはなかった。

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