第十八話
精霊大国と呼ばれる四か国は、もう長い間仲が悪い。ここでの仲が悪いというのは、ライバル的関係であり、別に今すぐ戦争を仕掛けるとかそういうのではない。競い合っているというのが正しいだろう。
この世界は滅亡回避に向けて、各国同士は団結している。
そして、多くの優秀な旅人を輩出しているのが、精霊大国の四つだ。
四か国の旅人たちが、数多くのページを回収し、毎年同じような成績を残している。
どの国が一番多く回収できるか。それを競い合っていて、それがそのまま各国の子どもたちにも引き継がれていく。
ゆえに、別の国に絡まれることは珍しくなかった。
「何の用かしら、リーベ」
シーアは彼女――リーベを睨みつけた。
とりあえずシーアは人を睨む癖があるが、今回ばかりはいつにもまして苛立ちが込められていた。
あんまり人を睨まないほうがいいですよ、お嬢様。
せっかくの可愛い顔が台無しです。というのは胸の内に秘めている。俺まで睨まれたくはない。
リーベと呼ばれた金髪の女性は、取り巻きの女子たちとともに、笑っている。これほど高笑いが似合うやつもいないだろう。
さて……俺は関係なさそうなので、とりあえずトイレにでも避難しようか。
腰をあげて、鼻歌まじりにトイレのほうに歩き出そうとすると、シーアの鋭い目が逃がさんとばかりに捉えてきた。
ま、まさか逃げるつもりなんてないですよ。そりゃあもう、騎士として、女性同士の喧嘩に割って入りますとも。
俺はすっとそのままシーアとリーベの間に移動する。と、そこでようやくリーベは気づいたようだ。
「シーア……あなたが男をつれているとは、めずらしいですわね。あ、あなたの……なんですのそいつは!」
少しばかりいらだった様子である。リーベが俺とシーアを見比べ、睨みつけてきて、シーアはふんと鼻で笑い飛ばす。
「あたしの大事な友人よ。あんたのお金目的の取り巻きと違ってね。あたしの大切な友人よ」
「ゆ、友人、ですって……っ。はんっ。何がお金目的ですの? 彼女らはわたくしのきちんとした友人ですわよ。数はわたくしのほうが多いですわ」
「本当かしら? ねぇ、どうなのよ?」
なんだろう。さっきまでの緊張感が一気になくなった。もう俺は必要ないだろう。
ていうか、大事な友人という言葉が嬉しいのだが、悲しい。
だって、恋人にはなれないってことだろ? 一人そんなことで落ち込んでいると、リーベの友人たちが慌てたように声を荒げる。
「も、もちろんですわよ!」
「り、リーベ様とわたくしたちは大事な友人ですわ」
「へぇ、そう。それじゃあ、リーベのいいところでも言ってみたらどう?」
「い、いい、ところ……そ、それはわがままで……」
「え、えとその……たまによくわからないことを言ったり……」
「あ、あと、食事に行くときはいつも奢ってくれますわ!」
「それやっぱり金目的じゃねぇか!」
思わず叫んじまったっ!
俺の言葉に、全員の表情が沈んだ。ただ一人、シーアだけは楽しそうである。
すっかり落ち込んだリーベは、しかし何かを思い出したように口角を釣り上げた。
「平民に何を言われてもへっちゃらですわ」
「まあ、その、友達とかいなくても楽しそうにしている奴もいるから、な」
俺はちらとシーアを見る。
「へ、平民如きが同情しないでくださいませんこと!」
「ねえ、アーク。なんであたしのほうを見ているのかしら?」
いやー、別に何でもないですよ。
リーベが眉間を寄せながら俺のほうを睨みつけてくる。
「……あなた、学園の生徒ではありませんわね?」
「残念。生徒だ」
「なっ、み、見たことありませんわ! 何組の生徒ですの?」
「いや、まだ決まっていないな。何組になるんだ?」
「あたしと同じだから、Z組じゃないかしら」
「ど、どういうことですの? まだ……ということはまさか今年入学!?」
「まあな。シーアの騎士として、入学することになったアークだ。よろしく」
「騎士ってことは……はっ! ハハハ! なら友達ではなく家来ではありませんの! やっぱり友達ゼロですの! 勝った!」
「あんただって友達ゼロじゃない」
リーベとシーアの悲しい争いが始まった。取り巻きたちはこっそりと離れていた。
俺も逃げようと思ったが、シーアが腕をつかんでいる。こんな状況でなければうれしいのに。例えばお化け屋敷とかならな。目の前にはお化けより厄介そうな女性が二人。
「まーあ? わたくしの場合は、あなたのような落ちこぼれとは違いまして、才能がありますの」
「それがどうしたのよ」
「わたくしには、旅人としての実績もありますわ。けれど、あなたは入学してから一度だって他世界にはいっていませんわよね? わたくし、あなたのことはすべて知っていますのよ」
「ストーカーか?」
「ち、違いますわよ!」
いや、ストーカーだろ。他人の現在の状況をしっかり把握しているとか……気持ち悪いにも程があるだろ。
ただ……落ちこぼれ、か。シーアは治癒魔法が使えるが、それだけだそうだ。
シーアもそれは気にしているのだろう。表情に力がこもっていたが、それ以上は何も言わなかった。
それに対して、調子に乗ったのがリーベだ。
「あなたは、おとなしく政略結婚の道具にでもなっていればいいんですのよ」
そういわれたとき、シーアが悔しそうに顔をしかめた。
俺は思わず、彼女の前に立ち、リーベを睨みつける。
「な、なんですの?」
「別に。なんでもねぇよ。シーア、もう行こうぜ。こんな奴に構っていても、疲れるだけだ」
「逃げますの? 主従ともども、そっくりのお似合いですわね」
ぶちっという音が聞こえた気がした。
シーアがリーベのほうを笑顔で見つめている。下手な顔よりも怖い。
「リーベ。あたしの騎士を、あたし以外が馬鹿にすることは許していないわ」
「いや俺も許可出してないんだけど」
「なら今出しなさい」
「え、いやなんだけど」
「出せ」
「は、はい。好き勝手してください」
……いや、いくらでも構ってくれる分にはいいんですけどね。一発目で許可だすとほら、いつもの通り。
今のドスの聞いた声に、リーベも気おされている。しかし、そこは彼女もプライドでシーアを睨み返している。ただ、今にも泣きだしそうである。
ここで、今から殴り合いでも始めそうなので、俺が間に入る。
「ここまでにしようぜ」
「き、騎士の癖に、逃げますのね。主を馬鹿にされて、その程度だなんて、忠誠心の欠片もありませんのね」
「ここで、おまえを倒したところで、誰が証明してくれるんだよ? ここでやりあったって意味ないだろ」
「……わたくしを、たおしたところで?」
やはり、この程度の挑発で乗ってきたか。今ちょっと見ていても、リーベが短気なのはよくわかる。
シーアとリーベが殴りあうのはまずいので、矛先をずらさせてもらう。
「あなた、わたくしを倒せるといいたいんですの?」
「シーアの騎士やってるくらいだからな」
「……生意気な、男ですわね」
リーベが吐き捨てるようにいってから、俺のほうに指を突き付けてきた。
「いいですわよ。それじゃあ、全員が証明できる場で決闘をしますわよ」
「え、やだ」
「え!? や、やりますわよっ!」
「ああ、いいぜ」
「な、なんですのおまえ!」
「今の空気で否定したらおまえが面白い反応すると思ってな。受けて立つぜ」
「こ、この……わたくしをとことん馬鹿にしますのねっ。入学式が終わり次第、決闘を行いますわ!」
「入学式の日は早く家に帰りたいんだけど」
「た、確かに疲れますわよね……な、ならその次の日!」
「次の日はクラスになじむのに忙しそうだし……」
「な、ならその次の日」
「いや、面倒だな、やっぱり入学式の日で」
「ぶ、ぶっ飛ばされたいんですのっ!」
「俺はこういう性格なんでな。そんじゃ、楽しみにしてるぜ」
そういって、俺はシーアの手をつかんで店の外へと向かった。




