第十五話
「かははっ! 貴様、試験に遅刻するとはなんという間抜けなんだ!」
「アーク、どうする? こいつぶっ殺して、国外にでも逃亡する?」
シーアがひくひくと頬を引きつらせ、すでに顔が真っ赤にはれ上がっているスパイトを指さす。
ほ、本気でやりかねないからな、こいつは。
「いや、シーア……おまえはここで、母親に元気な姿を見せたいんだろ? 試験はまた来年にでも受ければいいんじゃないか?」
もともと編入なんだしな。
「そんなの認めるわけないだろ! 無能者はさっさと家を出――」
スパイトがけらけらと笑っていたが、その途中でシーアが睨みつけると黙った。
「そもそも、試験を遅れたのは誰のせいかしら?」
「さぁ? 誰のせいだろうな?」
「自白したわよね?」
「し、知らない。証拠はあるのか? ないだろう? ないなら、私とは限らないだろう」
ふん、とスパイトがふてぶてしく腕を組む。勝ち誇ったような顔が腹立たしい。殴ってやりたい、あ、シーアが殴った。
シーアが追撃を仕掛けようとしたとき、書斎の扉がノックされた。
スパイトが胸倉をつかまれたまま返事をすると、シーアもさすがにそこで手を離した。
「失礼します。スパイト様」
「ん? どうした?」
スパイトがナイスとばかりに執事に向かっていく。
「いえ、そのピニア様が面会したいと来られているのですが……」
「ぴ、ピニア様が!? どうして!?」
スパイトが素っ頓狂な声をあげる。
……誰だ? スパイトが驚くような相手ということは他国のお偉いさんか、この国のお偉いさんだろうか。
「……ピニア様が?」
シーアも驚いているようだ。
俺は彼女に近づいて聞いてみる。
「誰なんだその人は」
「……現国王様の母君よ」
「そりゃあまたお偉いさんだな」
……スパイトが驚くんだから、王族関係者くらいの相手だと思ったが、まさかその通りとはな。
スパイトが急いだ様子で書斎を飛び出し、シーアもそのあとを追う。俺もその後を追いかける。
客間に通されていたようだ。護衛が二名、ピニアと思われる老婆の左右にいた。
……老婆には見覚えがあった。俺が助けた人だ。彼女もこちらに気づいたようだ。柔らかな笑みを浮かべる。
「ああ、よかった。やっぱりこの家の人だったんだね」
「……え? なんでアークが?」
シーアがきょとんとした様子で俺とピニアさんを見比べていた。
スパイトもまたきょとんとしていた。
「スパイトさん、ありがとうございます。あなたの家のその優秀な方に、今朝方助けられたんですよ。その様子ですと、話されていなかったんですね」
ピニアさんの微笑みがさらに増した。
皆困惑して口を閉ざしていた。俺は彼女に質問する。
「な、なんであんな場所を護衛もつけずに歩いていたんですか?」
「今の私なんて、ただのおばあちゃんなんだから。わざわざ私一人のために護衛なんていらないのよ。それに、たまには一人でゆっくりしたいときもあるしね」
「……それで強盗に襲われて危険だったじゃないですか」
「そうだねぇ。まさか、あんな白昼堂々現れるなんて思ってもいなかったよ」
あっけらかんと笑うピニアさん。
なんだろう。若干シーアっぽさのある人だ。
「あの時急いでいるっていう話だったけど、大丈夫だったの?」
「あーと……その」
なんて言おうか迷っていると、シーアが前に出た。
「その、彼はあたしの騎士なんですが、本日の旅人学園の試験に参加する予定だったんです」
「えっ! シーアちゃんが騎士を決めたの!?」
ピニアさんはそっちのほうに驚いているようだ。
シーアも少しやりにくそうに頬を引きつらせている。
「ええ、まあ」
「そうなんだ……へぇ、いい男だね」
「へ、変な勘繰りはやめてください。……それでまあ、試験には遅れてしまい、受けられなかったんですよ。……それで、これからどうしようかといま話していて……」
「あらあら……それは。私が原因よね」
「まあ、多少は」
お、おいシーア。
彼女の言葉に、スパイトが顔を青ざめていた。俺だって似たような心境である。
シーアは少しばかり緊張している様子だ。
そんなシーアにピニアがクスリと笑った。
「そっか……それじゃあ、私から話をしておこっか?」
「本当ですか?」
「ええ、私が原因だからね。大事な騎士なんだね」
「……別に。そういうわけじゃないです」
「あら、そうなんだ」
ピニアが笑ってソファから立ち上がる。
それからスパイトのほうに向いた。
「ありがとうございます。シーアちゃんの騎士のおかげで、五体満足で今日も過ごせました」
「……い、いえ……その」
スパイトは大変バツが悪そうな顔である。さっきまで家から追い出そうとしていたんだから当然だよな。
「……はい。うちのジマンのキシデスカラ」
スパイトは死んだ目で、淡々とそういった。ピニアは首を傾げていたが、シーアはそれはもう嬉しそうである。
「今日の用事はそれだけだったの。ありがとね、アークくん」
「……いえ。その、次からは気を付けてくださいね」
「ええ、気を付けるわね。けど……たまには一人でうごきたいときもあるから、またなにかあったら助けてね」
「……気づいたときは、ですかね」
からかうように舌を出したピニアは、そのままひらひらと手を振って去っていった。
「あなたやっぱり理由があったのね」
「まあ、な」
ただスパイトに全責任を押し付けたほうが面白いと思ったからとは言わないで置いた。
「それで、馬鹿親父。文句はないわよね?」
「……くそっ、なんて悪運の強いやつだ……次こそは」
「まだ妨害するっていうの?」
「し、しません。しませんとも」
「何かしたら、次は本当に怒るわよ」
シーアが笑いながらそういった。それが、今までとはまったく違った笑顔で、スパイトもがたがたと震えていた。
この家の当主って誰だっけ?




