第十三話
シーアの部屋で試験勉強をしているのだが、彼女はベッドで足をばたばたと動かし、本を読んでいる。
「見張り役、楽しそうだな」
「ええ、信頼しているわよ」
都合のいい奴め。
元々俺は部屋で一人勉強していたのだが、シーアに無理やり連れてこられたのだ。
この家で暮らすようになってから、暇さえあれば彼女の部屋にいることが多い。
……俺としては嬉しいのだが、まったく異性として意識されていないのはどうだろうか。
「アーク、試験はどう?」
「おかげさまでなんとかなりそうだ」
彼女が用意してくれた過去問。
ただ答えを丸暗記するだけでは、と彼女が試験に関係している教科書なども用意してくれたため、曖昧だった知識がしっかりとしたものになった。
おかげで、今ならある程度の応用問題が出てきても、答えられる。
「それならよかったわ。それにしても、身体強化の魔法は異常よね。今後のことも考えて色々と調べてみたいものね」
「まあ、世の中の役に立ってくれるというのなら、別にな」
「それなら解剖とかしてみようかしら」
「それはやめてくれ」
「アーク、話していたら疲れたわ。マッサージをお願いするわ」
「……俺勉強中なんだけど」
「問題出してあげるわ。マッサージしながらも答えられるでしょう?」
嫌そうな空気を出しつつ、席を立つ。シーアが背中をさらすようにベッドで横になる。
薄手の服装のせいで、彼女のボディラインがはっきりとわかる。
マッサージの邪魔にならないよう髪をどけながら、彼女の背中を押していく。
別にマッサージの知識があるわけではない。ただ単に、彼女の背中を押しているだけだ。
それでもシーアは心地よさそうに声をあげている。……こっちは結構緊張している。
大好きな女性の背中に触れているのだ。これで緊張しない男がいるのだろうか。いるのならば、そいつはかなりのプレイボーイだ。
それでも、顔には一切出さないようにあくまで、面倒くさそうに押していく。
「あなた、今世の中で一番幸せな立場なのを自覚しているのかしら?」
「奴隷のようにこき使われているんだが?」
「だってあれよ? あたし、この国で一番美しいって言われているのよ?」
「それを自分でいうなよ」
「あくまで、周りがそう言っていたことを言っているだけよ。そんな幸せな立場をもらえたあなたの今の心境は?」
「最悪だな」
最高です。俺はあくまで、そういう態度でいうと、シーアは一瞬だけ眉間を寄せてからまた枕に顎をのせるように動く。
……よかった。俺の本心は顔に出ていないようだ。
彼女に気に入られるには、彼女に興味がないというのを示し続けなければならない。
大変だが、そうしていないと隣にいられないんだから仕方ない。
「それにしても、おまえの親父さんが何も仕掛けてこなかったのは意外だな」
「……そうね。もっとなんかこうあからさまな嫌がらせを仕掛けてくるのだと思っていたけれど、試験まで問題なく申し込めて驚いたわ」
……やっぱり警戒していたんだな。
「アーク、試験が終わったらどこに遊びに行くか決まったかしら?」
「あー、そんな約束もあったな。痛いんですけど」
軽めの蹴りが腹をとらえてきた。身体強化で瞬時にガードしたので、痛みはない。
「いい加減決めておきなさいよ。あたしが買い物に付き合ってあげると言っているのよ?」
「ほら、俺真面目だから。試験のことで頭いっぱいなんだよ」
とても懐疑的な目だ。俺の言葉を信じちゃいないだろう。
……そりゃあ、街のどこに行くかとか色々と考えてみたのだが、あまり参考になる相手がいなくてな。
部屋がノックされ、シーアが声をかけると、メイドが中へと入ってきた。
俺たちを見て、一瞬何かを勘違いしたのか顔を真っ赤にしている。
シーアがあくびまじりに体を起こし、テーブルへと移動する。
メイドはテーブルに飲み物とお菓子をおいて、すぐに部屋を出ていった。
「まあ、いいわ。試験にさえ合格すれば、時間はたっぷりあるんだしね」
別に、まったく考えていないわけじゃない。
この街についてまるで知らなかったため、俺は使用人や騎士に聞いてはみたが、シーアを連れていく上で、彼女が満足できる場所が分からないそうだ。
それは俺も同意だ。求めればなんでも手に入る彼女が、たかがこんなデート。そもそも、デートとも認識していないおでかけに、何かを求めているわけがない。
俺はこの屋敷の人たちとそれなりに仲良くできていた。当主様と一部の騎士以外はな。
昔から、周りにぺこぺこして過ごしてきたからな。奴隷根性が染みついている俺は、基本誰に対しても低い姿勢で接する……ようにはしている。相手次第で結構変えるけどな。
あとは、半分同情の目もあるのだ。シーアというわがままお姫様の相手大変ですよね、みたいな感じで。
みんな、最近シーアの無茶ぶりが飛んでこないことで、平和を感じているそうだ。そういうわけで、俺の評価は勝手にあがっている。
もちろん、一部の騎士は魔法を持たない無能者である俺に敗北したということで、プライドを傷つけられて今も敵視しているのはいるのだが、それはもうどうしようもないだろう。こっちのやり方が強引すぎたんだしな。
とにかく、試験よりも悩ましいのは、シーアとのデートだ。
「これ、おいしいわね」
もうさっきの話題への興味は失ったのか、彼女はお菓子に夢中で目を細めている。
まったく。人の気も知らないでいいご身分だ。
そんな相手に惚れてしまった俺をしかりつけながら、今日も一人考えるしかなかった。




