第十二話
次の日。とりあえず、以前のように俺はこの屋敷で暮らせるようになった。
……次の目標は入学試験を突破することだ。年に何回か行われる入学試験があり、突破するには筆記と実技の両方が必要になる。
実技は良いとして、筆記が問題だ。そのため、今日から毎日シーアに教えてもらうことになっていた。
シーアは気分を出すために、というわけで眼鏡をかけていた。
かなり似合っているのは、内心だけにとどめておく。
「まず、学園について話をしましょうか」
「ああ」
「あたしが通っている学園は、世界でトップレベルの旅人学園よ。他の国からも留学生がたくさんいるまさに、将来を期待されている旅人たちの集まりに。勉学はもちろん、肉体的な強さも必要よ」
「そんな学園に俺が受かる見込みがあるのか?」
「今のままではまず無理ね」
「まあ、そりゃあそうだろうな」
「試験は筆記と実技ね。これを突破できれば、合格だけど……あなたの場合、実技はともかく、学力が問題ね。もともと、成績は悪くなかったわよね?」
「まあ、俺が家で自分の立場を守るにはそれしかなかったからな」
魔力が少なく、家族から常に見下されていた俺は、せめて勉強だけはと頑張ったのだ。
まあ、評価が変わることはなかったので、完全に無駄な努力というわけだ。
「試験は一年で何度かにわけて行われているのだけど、もうあと一週間後には試験があるわ。あなたにはそれで合格してもらう必要があるわ」
「一週間って改めて聞くとかなり無茶だよな?」
「ええ……けど。学園首席のあたしが教えるのだから、難しい話ではないわ。あとはあなたが頭に叩き込めるかどうかよ」
「……わかったよ。とりあえず、やってみるか」
「試験の過去問はいくつもあるわ。9割取れれば合格で、ほとんど暗記だから難しくはないわ」
暗記ね。
俺は身体強化で脳を強化し、彼女に渡された過去問の答えと問題を照らし合わせる。
……上から下までを脳内で読み上げてから、俺は過去問を彼女に渡す。
「少し、問題を出してくれないか?」
「……あなた、今見ただけで覚えたっていうの?」
「どのくらい効果があるかわからないが、たぶん、8割は覚えたはずだ」
ただし、脳への疲労は大きいが。
俺はこめかみをもみながら、彼女の出した問題に答えていく。
……学園の試験では、旅人に関する問題ばかりだ。たぶん、これまでの教育機関で習ってきた内容なんだろう。いくつか、聞き覚えがあるものもあった。
彼女が出した問題に、答えとまるまる同じ解答を伝えていく。
問題は100問ほどあったが、答えられたのは70問だった。
さすがに盛りすぎたな。8割とかいって恥ずかしいぜ。
シーアはしかし、俺の解答に顔をひきつらせていた。
「……これなら、学力試験も問題なさそうね」
「いや、あるだろ。仮に全部の過去問が10割とれたとしても、まったく新しい問題が出てきたらどうしようもないぞ」
「いえ、大丈夫よ。学力試験は誰でも絶対受かることができる試験とされているわ。学園でもっとも厳しいのは実技試験。才能の有無をはかる試験なのよ」
シーアはほっとしたように椅子に腰かけている。
……まあ、そういうなら信じるが。
けど、だからっていきなり気を抜きすぎだ。彼女はふーと息を吐いて、長い足を組んでいる。
み、見えそうだ。もっとこう俺がいるというのを意識してほしいもんだ。
俺をまったく男として意識してくれていないのだろう。嬉しいような、悲しいような。
俺は彼女に監視されながら、必死に勉強していく。
ただ、脳の強化は今までほとんど使わなかったため、結構疲れた。
一回分の過去問を解き終えたら、休憩。また過去問……という繰り返しだ。
試験は一年に4回あるが、そのうちの20問程度は被っている
だから、問題を解くたび、覚えるものが減っていく。それがちょっと楽しい。昔よりはるかに勉強が簡単だな。
「そういえば、シーア」
ちらと見ると、彼女と目があった。
こいつはずっと俺を見ていて飽きないのだろうか。
「何かしら」
「魔法の検査はどうやって突破するつもりなんだ?」
「一ついい作戦があるわ」
「本当にいい作戦なのか?」
騎士をぶっ飛ばすという作戦を思いついた奴だ。
信用ならん。
「当たり前よ。魔法の検査なんて、そこまで重要視していないの。つまり、受けなくてもそのあとの実技を突破すればどうにでもなるってわけよ」
「……なるほど」
「だから、魔法の検査のときはあなたトイレにでもこもっていればいいんじゃないかしら?」
「ばっくれるってわけか。それで、実技の時間に間に合うように戻ってくるというわけだな?」
「ええ、そういうことよ。あとで検査が必要になったとしても、実技試験で圧倒的成績を残しておけば問題ないわ」
「よし、任せろ」
「問題はその実技試験の内容ね。今年は一体どんな試験が行われるのやら。ある程度魔法の種類に配慮してくれるとは思うけど、やりにくいのを引かないことを祈るわね」
とりあえず、何とかなりそうだな。
あとは筆記試験で落とされないように頑張ろうか。
「ねぇ、アーク」
「なんだ?」
「合格祝いはどうする?」
「気が早くねぇか」
「いいじゃない。そっちのほうがやる気もあがるでしょ? 何か欲しい物はあるのかしら?」
「欲しいもの、ねぇ」
正直にいえば、シーアがほしいのだが、そんなことを口にできるほど気障じゃない。
何より彼女にそんな態度を見せるわけにはいかん。騎士を辞めさせられてしまう。
「特に思いつかねぇな。森暮らしが長いせいで、物欲がまるでない」
「なら、一緒に……街でも行きましょうか」
「なんでだ?」
「街にいけば、欲しい物が見つかるかもしれないでしょう。あとは、単純にあたしが街に行きたいのよ。せっかく、荷物持――こほん、失礼、奴隷もできたことだしね」
「扱いがもっと悪くなってるんだけど……」
まあ、一緒に買い物か。これはもう実質デートということでいいのではないか。
買いたいものが見つからなくても、俺にとっては最高の日になりそうだ。
そのためにも、試験勉強頑張らないとだな。ただ、表向き、感情は出さないようにしつつだ。
楽しみにしている、だなんて絶対に勘ぐられたくないからな。




