第十一話
こんこんと、部屋をノックする。
「……誰だ? シーアか?」
シーアと呼んだ時の声は柔らかなものだった。
俺の前にいたシーアがこくりとうなずき、扉を蹴り開ける。
スカートが舞う。俺は思わずのぞき込みたくなったが、60%の身体強化で押さえつける。あぶねぇあぶねぇ。そこで100%まで使用して、一瞬でのぞいてまた元の位置に戻ればよかったんじゃないか、という疑問が脳裏によぎってしまった。
目を見開いたのはシーアの父であり、リシェール家当主のスパイト・リシェールだ。
シーアは髪をかきあげ、中へと入っていく。
スパイトは軽い嘆息をつき、彼女を睨んだ。彼にかきあげられる髪はない。ただ、一本。最後の一本だけが残っていて、ゆらゆらと揺れている。
「シーア、もう少しおしとやかにしなさいと何度言えばわかるんだ。……それに、そっちの男は?」
「あたしの騎士よ」
「……騎士? とても騎士にふさわしい家柄の人間とは思えないが」
服をみていったのだろう。確かに今の俺はそこらの村人と変わらない服装だ。
「家柄じゃないでしょ。ようはあたしを守りぬく力があるかどうかでしょ?」
「それなら、別に強そうにもみえないが」
「アーク、ほら見せてあげなさい」
「アーク?」
彼の父がとたんに嫌そうな顔をする。そんな彼に、俺は途中で倒してきた騎士たちを部屋に放り込んだ。
……基本的に倒したあと、俺のことを認めた相手はすべてシーアが治療していたが、認めなかった場合はそのままなのだ。シーアがそうしたほうがいいと言った。
その数10人ほど。
俺が全員を部屋に運び終わると、スパイトが顔をしかめた。
「これは何の遊びだ? おまえたちも、そんな奴に構っていないで仕事をしたらどうだ?」
たいそうスパイトは苛立っているようだ。
そんなスパイトをみて、シーアはたいそう楽しそうである。
「全員、アークがボコボコにしてやったのよ」
「そうか。彼を牢屋にぶちこんだほうがいいな」
当然の反応だな。
「やってみたらいいじゃない。その牢屋もぶっこわしてやるわよ」
やるの俺なんだろ?
スパイトは眉間をもみながら、シーアと俺を交互にみた。
「アーク、というのはなんだ。まさか、彼は昔キミが騎士にしていた無能者と同一人物じゃないだろうな」
「その同一人物よ」
一瞬だけスパイトは目を見開いた。
「……まだ生きていたんだな。それは運がよかったが、いまさらそいつを連れてきて、どうしたんだ? 魔法の力にでも目覚めたのか?」
「目覚めてはいないわ」
「なら、騎士にはできない。キミを守れるだけの力を持っている相手、なおかつそれなりの家柄じゃないとダメに決まっているだろう。リーシェル家には格というものがあるんだから」
「確かに今のアークは平民で、おまけに平民の中でも最底辺よ。家を持たない、職もないくそみたいな人間だわ」
泣くぞ。これだけ戦えれば、家に戻ろうとすれば戻れるかもしれない。
ただ、良いように使われるのはごめんだ。
「けどね、アークはここにいる誰よりも強いわよ。もちろん、あなたよりもね」
あなた、と実の父に人差し指を突き付ける。それが、結構気に食わなかったようで、スパイトは笑った。
「この無能者が? 面白くない冗談だ。魔法を使えない者が、どうやって魔法使いに勝てるというんだ? この世界で魔法が使えない生物は、そこらへんにいる虫くらいのものだ。つまり、彼は人間以下のゴミくずというわけだ」
「アークは馬鹿にしたっていいわ。けど、虫を馬鹿にするんじゃないわよ。あいつらだって生きているのよ」
それつまり、俺が虫以下であることは何も変わっていないんじゃないでしょうか。このお嬢様はすぐにふざけたがるな。
「とにかくだ。馬鹿なことはやめなさい、シーア。騎士たち。さっさと彼をつまみだせ」
スパイトがそういって鈴を鳴らすと、騎士が現れた。俺と戦い、敗北を認めたものたちだ。
彼らは俺を見て、露骨に顔を青ざめている。
スパイトが不思議そうに騎士を見ている。
「恨むなら、仕えている主を恨むのね」
腕を組んで、シーアが騎士たちに言う。……つまり、戦えってわけだな。
確かに、そっちのほうが手っ取り早いだろう。領主をぶん殴って認めさせるのも一つの手段だろうが、こっちから仕掛けるのはまずいんじゃないだろうか。……今更な気がする。
騎士たちが剣を構える。先ほど戦っているからか、俺に近接攻撃しかないことは理解しているようだ。
三人の騎士のうち、二名が剣を向けながら魔法を構える。
一人が囮だろう、剣を持ってとびかかってくる。
「う、うわああああ!」
なんでもうやられるの前提の悲鳴なの? 滅茶苦茶おびえている彼の片手をつかみ、床にたたきつける。
動きが俺よりも遅い。
騎士たちが慌てた様子で後退していく。もう一人に近づき、拳を振りぬく。60%で加減したとはいえ、それでも彼は唾をはきながら、倒れた。
もう一人、廊下側に逃げた彼が剣を振り下ろすと、俺へと魔法が飛んできた。風の刃だ。……仕方ない、受けるしかないだろう。
俺は100%まで引き上げた肉体でその一撃を殴る。魔法が炸裂すると同時、風の刃が消えた。
俺の手には傷一つない。……あのくらいなら、傷も受けないってことか。
「う、うわぁぁぁ!」
騎士は戦闘の継続をやめ、逃げ出した。魔法を発動しているからか、動きは軽やかだった。
それを追いかけるまではしなくてもいいだろう。
俺がちらと視線を向けると、スパイトが珍しく驚いたような顔をしていた。
「まあ、こんな感じだな」
「あ、ありえない……まさか、新しい魔法に目覚めたのか?」
「別に……俺は今も昔も無能者ですよお父様」
「誰がお父様だっ、殺すぞ!」
「冗談です。そんな怒らないでください。……身体強化を鍛えたら今くらい戦えるようになったんです」
俺が正直にいうと、スパイトは目を見開いた。
「あ、ありえない……ま、魔法使いが、たかが、身体強化如きに負けるなんて……」
「考えが古いわね。魔法がなくたって強くなれるってことでしょ? 柔軟に物事を考えないと、これからの時代についていけないわよ? 時代は常に揺れ動くの。あなたのその最後に残された髪だって風が吹けば揺れるでしょ? それと同じよ」
「……み、認められるわけが、ないだろう。全員が使える、身体強化を鍛えれば、そっちのほうが強い、だなんて……身体強化なんぞ、魔法が発現したものなら誰でも使える、呼吸のようなものなんだぞ? 世界の常識が覆るぞ!」
確かにスパイトの言う通りだな。
今は貴重な魔法が発見されることが重要視されている。
だが、それよりも身体強化を鍛えたほうが強いとなれば、遺伝やら相性なにやら考えていたのがすべて無駄になる。
……まあそこまでいくかはわからない。あくまで、俺は例外なのかもしれない。たまたま、身体強化に適正とかがあったのかもしれない。
ただ俺は――もしもそれができるのなら、俺のような魔法に恵まれなかった子たちを救いたいと思った。
そのためにも、シーアの騎士になって、単純な力だけではなく、社会的な力を手に入れる必要がある。
スパイトは唇をかみながら、俺を睨みつけてくる。
「貴様のような、才能のないものがこの世界で生きていけるわけがない! 貴様のような、魔法を持たない者が強くなれるなんて、あってはいけない! 私は認めないぞ!」
怒鳴ってきたスパイトが素早く杖を取り出し、こちらへと向けてくる。
「ここで、死ぬがいい!」
スパイトが声を張り上げると同時、俺のほうに雷が放たれた。
ジグザグを描いて襲い掛かる雷だが、あくまで雷と似た性質をしているだけの別物だ。
実際の雷より遅い。目で見て追えるからな。俺はその攻撃をかわしながら、スパイトの懐に入る。
その懐に軽く拳を入れると、スパイトはむせながら後退する。
……まあ、これで少しは鬱憤も晴れたな。
シーアがその前にたち、腕を組んで見下ろす。
「無能者、無能者って馬鹿にするけど……それに負けたあんたはなんなのよ?」
「くっ……まだだ、まだ終わっていない!」
スパイトが立ち上がり、その体に雷をまとう。
速い! だが、俺は100%まで身体強化を引き上げ、攻撃をかわす。
スパイトが追いかけてくる。……さすがに、リーシェル家の当主というだけあって、強い。昔は有名な旅人だった、はずだ。
「私の魔法外装を超えられるわけがないっ!」
彼は雷とともに掴みかかってくる。
……時間をかけるのもな。
俺は一瞬だけ、身体強化を120%に引き上げる。痛みが僅かに肉体を襲ったが、それを無視して、スパイトの懐に入る。
そして、拳を振りぬく。スパイトがよろめきながら、俺を睨みつけてきた。
「く、そ……っ!」
スパイトが最後とばかりに飛びかかってきた。しかし、さっきよりも遅い。
体力の限界が来ているのだろう。俺はその背後にまわり、とんと背中を押した。
あっけなく倒れたスパイトは息を乱しながら、座り込んでいた。
その両目は鋭くこちらをにらんでいたが、シーアが立ちふさがった。
「これで完全敗北ね。親父。これだけ強いのだから、あたしの騎士にしてもかまわないでしょ?」
シーアの言葉に、スパイトは壊れたように笑った。
「……は、はははっ。構わない、構わないぞ。だ、だがな、学園の試験をどう突破するつもりだ? 魔法の力を持たないおまえのような人間など! 魔法の検査で落とされる! 突破できなければ、シーアと同じ学園に通えないのだから、騎士だってダメに決まっている、バーカ! バーカ!」
「権力があるじゃない」
「ダメ!」
スパイトは泣きながら両手でバツを作った。
「まあ、試験を突破すればいいのよね。それはどうとでもやってやるわよ。とりあえず、アークを家に置くわね。アーク、ほら来なさい」
「……これからよろしくお願いします、お父様」
「いつか、ぶっ殺してやるからな!」
スパイトがべーっと舌を出して叫ぶ。シーアはたいそう楽しそうな顔だ。
……大丈夫か、俺。
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