第十話
シーアの家であるリーシェル邸にきていた。といっても、ここは学園に通うために作っただけであり、本邸は別で……ここは別荘みたいなもんらしい。
ただ、そのサイズは、さすが国内でも二番目の権力を持つ家柄だけなある。そこらの貴族なんて目が飛び出すほどの大きさだった。
屋敷の前に立っていた騎士が、驚いたようにこちらを見ていた。
「し、シーア様!? そちらの方は?」
ぶしつけな視線が向けられる。シーアは俺のほうをちらとみて、見せつけるように胸をはる。
「喜びなさい。あたしの騎士が決まったのよ。ほら、自己紹介しなさい」
「……アークです。よろしくです」
「あんたねぇ。もうちょっとまともな言葉遣いはできないの?」
「んなもん、とっくの昔に忘れちまったな。とりあえず、ですますつけておけくらいしか覚えてねぇです」
「まあ、それで今はいいでしょう。そういうわけだから、あんた通しなさい」
「お、お嬢様が騎士を連れてくるなんて……でも、アーク? それって確か、前にお嬢様の騎士を務めていた……」
門番の横を過ぎたとき、騎士があっと短く声をあげた。それから彼は俺の肩をつかんできた。
振り返ると、彼は馬鹿にした笑みを浮かべていた。
「お、おまえもしかして、発表会で魔法なしの無能者扱いされたアークじゃねぇか!? 貴族の家を追放されたっていう……前代未聞の雑魚じゃねぇかっ!」
「アーク、あんた雑魚みたいじゃない」
「そりゃあな。魔法がねぇんだからそうだろうよ」
ただ、シーアは俺を強いといってくれた。
……確かに、ちゃんとした人間相手で試してみるのもよいかもしれない。あんまり好き勝手言われて、ちょっと頭にきていた。
別の騎士が慌てた様子でその騎士に声をかけているが、騎士は聞く耳をもたない。
「シーア様。オレたち騎士は、もしもアークが屋敷に泣きついてきたら、追い返すように言われていたんですよ」
「それってアークが追放されたときの話よね? もう時効でしょう」
「いえ、一生なんですよ。まさか、シーア様がまたこいつを連れてくるとは思っていませんでしたが、当主からの命令なんで、文句はそちらに言ってくださいね」
騎士が力を込め、俺の体を投げ飛ばしてきた。
俺はとりあえず素直にそれに従っておく。
「アーク、やっちゃいなさい」
「本当にいいのか?」
「こうなったら、まずは全員に自己紹介をしてまわったほうがいいと思うわ」
「どういう意味ですか、シーア様」
騎士が首をかしげている。本当だ。こんな荒々しい自己紹介聞いたことねぇよ。
「簡単な話よ。アークを追い出すっていうのなら、アークは力づくで通り抜けるだけよ。それだけの力をアークは持っているのよ。アーク、腸引きずり出してやりなさい!」
何を物騒なことを言っているんだ。そこまでやるつもりはまったくない。
俺は身体強化を行いながら、騎士を見る。
「俺は本気でおまえを倒すつもりだ。あとで、文句をつけられたくないからな。最初から全力で来いよ」
「……貴様。無能者のくせに、いい度胸だな。ロクな魔法も持っていないんだろう?」
「ああ、使えるのは身体強化くらいか」
「く……ははっ! 身体強化か!」
笑われるのも無理はないだろう。
身体強化の利点といえば、使用する魔力がごくわずかということくらいだ。俺のような魔力がロクにない者でも使えるが、その強化はあまりよくない……らしい、な。リアルが言っていた様子からすると。
騎士は高笑いをして、完全に油断している。
油断させるのも立派な戦法だ。
……さて、俺の力がどこまで通用するのか。
シーアは、決して誇張するような奴じゃない。
だから、大丈夫だろう。魔法使いと戦ったことがないので、どのくらい戦えるのか、正直いって不安だ。
……けど、いまさらあとには引けない。シーアの騎士をやるために、力を示し続けるしかない。
騎士が片手をあげると、彼の足元に魔法陣が浮かびあがる。
めちゃくちゃ怒っている。ただ、全力の魔法であることはわかる。
ただ、彼は魔法に集中している。……俺をなめ腐っている証拠だ。
魔法使いの基本は近接しての殴り合い。その隙に自分の魔法を叩きこむ。
……彼らは魔法を発動することで、本来の身体強化よりもはるかに上の強化がほどこされるからな。
……俺ができることは、その魔法を避けて殴るか、放たれる前に殴るか、どっちかだけだ!
先に仕掛けさせてもらう。100%まで引き上げる。皮膚を破ってきそうなほどに全身を魔力が満たしている。
大地を蹴りつけ、騎士の懐へと入る。彼の驚いたような目とあった。
「おらっ!」
拳を振りぬくと、彼の鎧にめり込む。ばきっと、何かが砕け散る音がして、騎士が吹き飛んだ。
……え?
今のをかわさないのか? グルドはあれを片手で受け止めてカウンターで殴ってくるんだけど。
「あ、あんた……そんなに怒ってたの?」
「師匠はあんなの軽くかわすんだよ! 想定外だ!」
って、まずい! 壁に殴り飛ばした騎士が突き刺さってる!
俺は急いで彼を助け出す。虫の息である。
「し、シーアやべぇ! 普通に人殺しになる!」
「ま、待ってなさい! 埋めればどうにかなるわ!」
「誰も死体の隠し場所を探したいんじゃねぇ! 誰か治癒魔法の使い手はいないのか!?」
「ええ、あたしよ」
「おまえに人を癒すような魔法が使えたんだな! 頼む!」
「なんていう物言いかしらね。まったく、はい」
よし、俺の体を襲っていた疲労感が消えた。
治癒魔法って便利だな。って、俺かい!
「こっちだシーア!」
「これでアークが強いって認めるかしら?」
かんかん、とシーアが何度か蹴りを放つ。
騎士はかすれた声で、は、はぃぃと言っている。こいつ鬼か。
「シーア、早く魔法使ってやらないとマジで死にそうなんだけど」
「わかってるわよ。ただ、あたしの魔法って滅茶苦茶発動までに時間がかかるのよ。もう少し待ってなさい」
それから三分ほどが経ってから、シーアが魔法を放った。
騎士のボロボロだった肉体と鎧が再生した。騎士は体を起こしてすぐ、俺から距離をあけた。
「それで、アークを追い返すっていう話だけど、どうすんの?」
「は、はいっ! し、知りません! お、俺は知りません! みませんでした!」
彼は顔を青ざめたまま、こちらを見ていた。
すっかり、おびえられてしまったようだ。シーアはとても満足そうであるが、俺としては複雑な気持ちだ。そこまでやるつもりはなかった。
だが、はっきりした。
……俺はそこらの魔法使いよりも強いんだな。
「そう、利口で助かったわ。それとアーク。次からあんたはもうちょっと加減してやりなさいよ。あたしの手を煩わせないでほしいわね」
「……まだ、やるのか?」
「騎士に自己紹介して、無能者扱いした奴をボコボコにしていくの。あなたのことを誤解されたままなのは、あたしが許せないのよ」
「俺のこと大好きかよ」
「はぁ? んなわけないでしょうがっ。例えばあなたがペットを飼っていたとするわね。自分にとって大事なその子がいじめられていたらどうよ?」
「嫌な気分になるな。……ペット?」
「そういうことよ。だから、まずは屋敷の人間から評価を改めてもらうわよ」
……こいつ、魔王か何かか? 悪い笑顔を浮かべる彼女の話も、まあ納得できなくはない。
シーアの言う通り、100%を使って戦うのは、今回限りにしよう。
そこまで使用しなくても、どうにかなりそうだ。




