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第一話

「アーク……貴様のようなごくつぶしがどうして家にいられるのか……わかっているな?」

「……はい。シーア様と同い年、だからですよね?」


 父は腕を組んだまま、眉間に皺を刻み頷く。


「ああ。シーア様と仲良くなれ。ならなければ貴様のようなものは我が家にはいらない」

「はい、頑張ります」


 無理だっての……。殴るように背中を押され、俺は舞踏会の会場を歩いていく。

 シーア・リシェール。


 この国には、いくつか強い権力を持つ貴族の家があったが、その中でもずば抜けていたのがリシェール家だ。

 それこそ、国中の貴族という貴族がありとあらゆる場面でリシェール家の者と仲良くなろうと画策していたが、向こうもそれを理解していて、中々貴族たちの思惑通りにことが進んだことはなかった。


 さて、そんなリシェール家に、何の魅力もない俺がどうやって仲良くなればいいのだろうか?

 答え……無理。仲良くなるのは無理。


 会場を歩いていると、すぐにシーアのいる場所がわかった。彼女は目立つ。だいたいいつも周囲に人を集めているからな。

 桃色の髪に赤い瞳を持つその少女は他とは一線を画する可愛らしい子だ。


 彼女を見るためだけに、貴族たちは舞踏会に参加しているといっても過言ではなかった。

 そんなシーアと仲良くなれれば、貴族の立場はもちろん、男としても自慢できる。

 だからこそ、たくさんの貴族が彼女に近づこうとした。同い年の子から、すでに成人したような大人まで。自分の家の権力を、財力を使い、彼女に近づこうとした。

 だが、誰も彼女の心をつかむまではいかなかった。


 声をかければ、「邪魔なんだけど」、「うざいんだけど」、「消えてくんない?」と一蹴するのだ。

 そのあまりの態度に彼女の父が注意している場面を見たことがあったが、それさえも無視だ。あげく、公衆の面前で父のカツラを奪い取り、窓の外へと投げたことさえもある。

 恐ろしい女だ。


 絶対に関わりたくない。だが、それでも家からの命令がある以上、俺もシーアと仲良くするための集団に混ざらないといけない。

そんな俺がとった作戦は……取り巻きたちに混ざり、一生懸命アピールしている振りをすること。

 これが俺の全力だ。


 第一、シーアの近くにいるのは上級貴族の人たちばかりだ。俺のような下級貴族が押しのけようとすれば、それだけでぶっ飛ばされる。

 金も権力もなく、俺の容姿は両親から引き継いだ平凡なものだ。仲良くしろというなら、もっとかっこよく生んでくれよという話だ。

 今もシーアの辛辣な言葉に撃沈している貴族たちを見ているくらいしかない。

 それにしても今日のシーアはまた一段と切れているな。


 彼女の表情は氷よりも冷たく。その瞳はナイフよりも鋭く細められている。

 不機嫌です、という表情を隠す気などまるでない。口を開けば、罵倒の嵐……。

 そんな子と関わりたいか? 俺は関わりたくない。


 俺とシーアは同い年の七歳。他の貴族たちよりも話しかけるきっかけはあるかもしれない。

ただ、年齢がまるで有利にならないのは、他の同い年の子を見ていれば痛いほどわかる。

 ……とはいえ、何もしていないと両親にぶん殴られる。

 時々、シーアの名前を呼び、「やってます。頑張ってますよ」アピールに努める。

 これが賢い生き方ってやつだ。俺はシーアの動きを警戒し続ける。


 この世のすべてを憎んでいますといった様子でシーアは周囲をにらみつけている。

 ……笑顔を浮かべればそれこそ九割の男性を見とれさせるような美貌ではあるが、アレじゃあな。

 それでも、やっぱりシーアはモテるのだ。家が有名だからな。貴族たちはどれだけ嫌がられても、シーアに声をかけ続けている。


 それが、他の令嬢様からは面白くないようだ。あれだけつっけんどんな態度をしていてもモテるんだからな。そりゃあ周り全部敵だらけだ。女って怖い。

 俺も取り巻き貴族たちに合わせ、「シーア様ー」なんて言っていると、不意にシーアと目が合った。

 俺はさっと視線を外す。今、一瞬目があったような。

 いやそんなはずはない。きっと、気のせいだろうな!


「あなたでいいわ。あなたこっちに来なさい」


 シーアが珍しく罵倒以外の言葉を吐き出している。何かあったのだろうか?

 シーアは俺を指さしているように見える、まっさかー、そんなわけないだろう。

……俺じゃないだろうな。俺じゃないでください。


 きょろきょろと周囲を見る。周囲の人と目が合った。おまえ誰だよ、という目を向けてくる貴族たち。

 俺の左胸に着けている家紋に見覚えはないのか? えへんと見せつけるように胸を張ると、彼らは首を傾げた。おっと誰も知らないようだ。

 シーアがすっと俺のほうに近づいてきた。俺の手を彼女の柔らかな手が掴んできた。


「早く、来てくれない?」


 シーアのいらだったような声。ただ、確認しておかなければならない。


「あの、俺ですか? ほかにも周りにかっこいい子息の方たちがいますが……」

「あたし、生物に興味ないの」

「俺も生きてるんですけど」

「そんな生気のない目をしている人間がいるの?」


 そんなにやる気のない目をしていただろうか。おかしい……やる気に満ち溢れた顔をしているらしいが。近くのガラスを見る。なんだこのゾンビは! あ、俺か。

 ……両親にみられていたらボコボコにされていたかもしれない。

 俺はびくびくとシーアの隣に並ぶと、彼女が手を差し出してきた。

 とりあえずお手をする。すかーんと頬を叩かれた。


「ひどくないですか」

「エスコートよ。そのくらいも習っていないの? 貴族でしょ?」

「まあな。習っちゃいるが、俺は落ちこぼれの中の落ちこぼれなもんでな。家を継げるかどうかもわからんのだ。だから、覚える必要がないんだ」

「ああ、そういうことね。残念ね」


 ま、マジか。普通の人ならちょっとは同情するんだが……彼女はまるでさっきの話など覚えていないご様子。

 先ほど言ったように、俺は両親から見捨てられている。俺の魔力変換効率が悪い――つまり、魔力が少ないからだ。

この国じゃ、魔力が絶対だからな。


 ……とにかく。シーアがエスコートしろ、と手を出してくるので、掴む。

 なんでこんなことになっているんだと思うが、周りの貴族たちの驚いたような目が、ちょっと心地よい。

 よし、見せつけるように歩いてやろう。人生で一度あるかないかの時間だ。

 シーアを伴っていつも馬鹿にしてくる貴族たちの前を歩いていく。胸を張り、自慢するように。

 気分がよくなっていると、シーアがつねってきた。


「あの、それ俺の皮膚なんですけど」

「つねりやすいわね」

「そりゃあどうも」


 彼女がぱっと手を離した。どうやら、自慢するな、ということらしい。

 しばらく彼女と歩きバルコニーへと向かった。心地よい風だ。もう少し吹き荒れてくれることを願う。そうすりゃ、シーアのドレスがめくれあがってくれるんじゃないだろうか?

 隣に並んだシーアが軽く背筋を伸ばした。


「あんたって誰かのことを好きになったことある?」

「それはもう、あなたのことですよ」


 脛に彼女のつま先が当たっている。蹴るなって。


「あたし、そういう関係が面倒くさいんだけど」

「そういう関係? なんの関係だ?」

「周りの貴族が絡んでくるの。おまけに、もうすぐ正式な騎士を決めないといけないの。下手にあたしに興味がある奴とかを傍に置きたくないのよね」


 騎士。

 リシェール家に生まれた女性は、自身を守る騎士を決めるのが習わしだ。

 こんなわがままな少女の騎士なんて、大変だろうな。同情するぜ。彼女の騎士になる奴のことをあざ笑っていると、


「そうか」

「だから、あなたに決めたの」

「……は?」


 どういうこっちゃ。


「あたしが七歳になったら騎士候補を一人指名するように言われてたのよ。決めるつもりはなかったんだけど、親父がうるさいから、あなたでいいわ」

「……いやぁ、さすがに俺にあなた様の騎士は荷が重いんですけど」

「知っているわよ」

「知っちゃってるんですか」


 そこは嘘でも否定してくれないか。泣くぞ。


「騎士なんてぶっちゃけ誰でもいいのよ。強いとか弱いじゃなくて、ただ単に、あたしに興味を持っていない人間ならだれでもね。五歳の頃からずっとそんな人間を探していたのよ」


 この子五歳のころから何をしていやがるんだ。怖ろしい子だ。俺なんて五歳のころは、使用人同士の恋模様を観察していたくらいだぞ。

 シーアは俺のほうを見て、可愛らしく笑う。


「騎士が決まってよかったわ」

「そうか。おめでとう」

「他人事のようにいうけどあなたよ?」

「その騎士になる人には頑張ってもらいたいもんだな」

「蹴るわよ?」

「蹴ったじゃん……」


 俺は脛をさすりながら、シーアを睨む。俺の脛に穴が開いたらどうするんだ。


「あたしの騎士として、これからあたしの家で暮らすことになると思うけど、まあそんくらいいいわよね?」

「俺、パパとママと別れて生活するの嫌だなぁ」

「家族から厄介者として扱われているのよね? 魔力検査で魔力の変換効率が悪いってわかって、魔法が期待できないから。弟からもいつも馬鹿にされているらしいじゃない」

「人の事情を勝手に調べるのやめてくれないですか」

「いいじゃない別に減るもんでもないんだし」


 まあ、そういわれてしまったらそうなんだが。

 ……言う事を聞くしかないのだろう。

 彼女の家はうちよりも立場が上。そんなシーアが命令を出せば、俺に拒否権はないのだ……。

 こうして、俺はシーアの騎士に任命されてしまった。

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