バルクス病院①
「…こんな事になるとは思わなかった。」
白刃
ネグルの殺し屋
ネグルの東「コンカルド地区」にある「バルクス病院」は、ネグルで最も人気のある病院である。最新鋭の医療機器と凄腕の医師。清潔でリラックスできる病室。充実した設備。そして、優しくいつも笑顔を絶やさないスタッフ。この病院に入院した患者の多くが、ここを離れたくない、と思うことだろう。さながら、高級ホテルに泊まった様な感じになる。。しかし実際、この病院に入院した患者は二度と外に出ることはない。なぜなら…。
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時刻は、夜の10時になろうとしていた。月は雲に隠れ、辺りは闇に包まれている。静まり返ったバルクス病院の敷地に、動く影があった。影は何かを連れ立ち、足早に近くの空き地に向かった。空き地に着くと、影は周囲を見渡して何かを探した。すると…。
「こっちだ。」
突然、暗闇から声が聞こえた。影は声のする方向へ歩く。夜空には煌々と月が輝き、声のした付近を照らしていた。影がその付近に着くと、暗闇から何かが現れた。
「無事か、有栖?追っ手はいないな?」
「はい、大丈夫です。ルークさん。」
声の主はブラッカーズのリーダー、ルーク・レインラント。影の主は香坂有栖であった。そして、有栖の後ろには…。
「あの…こんばんは…。」
不安そうに見つめる白髪の少女がいた。
「その少女が例の?」
「はい。彼女が白刃さんの妹です。」
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なぜルークと有栖がバルクス病院の近くにいるのか。それは5日前の浴場襲撃まで遡る。浴場の片付けが終わり、クリス、アルド、白刃、有栖(給湯室でお湯を沸かしている)、そしてロイスの5人は、受付横の広間に集まっていた。
「…さっきの話、どういう意味だ?」
白刃が鋭い目で見ながらロイスに尋ねた。ロイスはそれに臆することなく、ニヤリと笑って答えた。
「簡単に説明すると、バルクス病院を襲撃し、患者達を救出。そしてバルクス病院の秘密を暴く。これが俺の大まかな計画だ。」
「…秘密?一体、あの病院に何が…?」
「それについては、俺が説明しよう。」
白刃の横にいたクリスが手を上げて言った。
「実はな、バルクス病院は裏の世界では『肉屋』と呼ばれているんだ。」
「…肉屋?」
「そうだ。会員のみが購入できる、病院で簡単に入手できる肉を売っている。何の肉を売っていると思う?」
「病院で簡単に入手できる肉……まさか…臓器か!?」
白刃は驚き、目を見開く。その答えに、クリスは静かに頷く。
「ご明察。入院している患者に手術と称して麻酔をかけ、解剖し、臓器を抜き取る。そして、臓器を会員達に言い値で売る。今、臓器の需要は高いからな。先の戦争で医療技術が大幅に進歩し、臓器移植が容易になった。買い手はいくらでもいる。あれが大きくなった背景には、そんな理由があったのさ。」
(そんなことが…。)
白刃が信じられない、という顔をする。すると今度は、アルドが口を開いた。
「最近、ようやく尻尾を掴むことができた。後はどう対処しようかと考えていたのだが…本当に潰すのか?」
アルドの問いに、ロイスは頷きながら答える。
「ああ、もちろん。放っておいたら犠牲者が増えるだけだ。アンタの妹も、いつ狙われるか分からんからな。」
「…!」
ロイスの言葉に、白刃は青ざめた。それを見たクリスが、優しく肩を叩き、落ち着かせる。
「安心しろ。病院は常に監視している。今のところ、誰かがバラされたという情報は入っていない。」
「そ、そうか…。」
ホッとする白刃。しかし、アルドが…。
「だが、解剖はされなくても別のことに利用されるかもしれない。」
「…別のこと?」
白刃は眉をひそめる。
「いや、何でもない…。それよりもロイス、これからどうする?」
「そうだな。ひとまず、俺達の家に移動し、そこで今後の作戦を考えよう。白刃も来いよ。」
「「了解!」」
「…分かった。」
「よし、ひとまずはそれで。」
話が終わったちょうどその時、有栖が給湯室から戻って来た。手には5つのカップを乗せた盆を持っている。
「あの、コーヒーを淹れました。良かったらどうぞ。」
「おっ、サンキュー!」
ロイスは礼を言うとカップを取った。続いてアルド、クリスが取り、最後に白刃が取った。
「ありがとな!」
「ありがとう。」
「…ありがとう。」
全員に行き渡った後、有栖も自分のカップを取る。5人はコーヒーを飲み、しばし静寂が訪れる。
「…ふう。」
一息ついたロイスは、有栖の方を見て言った。
「有栖。」
「はい?」
「君には、妹さんの救出を頼もう。」
「…はい?」
事態を全く知らない有栖は、気の抜けた返事をしてしまった。