妹
「初めて見た時から感じていました。あの人が苦しんでいることを。」
香坂有栖
「やっぱりこの人数では少ないな。誰か呼ぼう。」
「待ってろ。シルヴァーノに電話する。」
騒動の後、アルド、クリス、白刃、そして有栖の4人は後始末をしていた。しかし4人ではなかなか進んでいなかった。そこでクリスが応援を提案し、アルドがシルヴァーノに電話した。
「シルヴァーノか?ちょっとうちの浴場でトラブルがあって後始末に人手がいるんだ。手伝ってくれないか?えっ、忙しくて無理?じゃあ誰か呼んでくれないか?ああ、頼む。」
アルドは電話を切った。横にいたクリスが尋ねる。
「シルヴァーノの奴、忙しいのか?」
「ああ、客が多くて大変らしい。ただ、誰か呼んでくれるから問題ない。」
「そうか、それは良かった。」
「ああ。さて、やるかな。」
そう言って、2人は再開した。アルドとクリスは受付の掃除を行い、白刃と有栖は脱衣所を掃除していた。
「大丈夫なのか、有栖をつけて?」
壁についた血を布で拭きながら、アルドがクリスに尋ねた。クリスはモップで床に付いた血を拭きながら言った。
「本人の希望だ。まぁ、あの男も怪我を負っていたから変なことは出来ないだろう。」
「何でまた有栖はあの男と一緒に掃除しようと思ったのかね?」
「さぁな。惚れたのかもな。」
「マジで?まぁ、奴はそれなりに良い男だから、案外ありえるかも…。」
アルドがそう言ったその時…。
「いや、たぶんそれはないと思う。」
「「ロイス?!」」
いつのまにか、入り口にロイスが立っていた。突然の訪問に驚く2人。アルドがロイスに尋ねた。
「応援にきたのか?」
「ああ。暇だったからな。」
「そうか、助かる。」
アルドが礼を言うと、先程ロイスが言ったことについて今度はクリスが尋ねた。
「ロイス、さっき言ったことはどういう意味で?」
「前に有栖と一緒に仕事した時、有栖に聞いたんだ。好きな奴はいるのか、って。そしたら有栖は、そういうのは興味ない、と答えてな。」
「なるほど…恋愛に興味はないか。」
「今のところは、な。余裕ができたらもつかもしれない。まぁ、今はないだろう。で、その有栖はどこに?」
アルドが答えた。
「奥で白刃と一緒にいる。一緒にしたのは彼女の希望なんだ。」
「なるほど。その白刃という男が、今回のトラブルの原因か?」
「ああ。まだ理由は聞いていないが、どうも追われているみたいだ。」
「そうか…。」
ロイスは何か考える様に顔を下に向けた。しかしすぐに顔を上げ、前を見た。
「ちょっと話してみよう。どんな男か見てみたい。」
そう言って、ロイスは奥の方へ消えていこうとしたが、途中で止まり、振り返って2人を見た。
「ああ、そうそう。有栖で思い出したんだが…。」
「「何だ?」」
「あの子、恐らくなんだが…同性にモテると思うんだよなぁ。だから白刃とは何もないと思うよ。」
「「…はい?」」
・
・
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一方、有栖と白刃は黙々と脱衣所を掃除していた。転がっていた死体を手際よく片付け、今は床や棚に付いた血糊を落としている。すると…。
「…なぁ、君。」
「はい?」
白刃が沈黙を破ってきた。有栖は白刃の方を向く。
「…すまないな。」
「え?」
「巻きこんでしまって、申し訳ない…。」
か細い声で言うと、白刃は有栖に向かって深々と頭を下げた。
(なんだか既視感がある。)
そう思いながらも、有栖は白刃に言った。
「大丈夫ですよ。こうして無事に生きていますし。それに、こういうことは何度も経験がありますから。」
そう言うと有栖は白刃に対して笑って見せた。その笑顔に、白刃は悲しみの様なものを感じた。
「…何故このチームに?」
「助けてくれた時に私を誘ってくださったのです。他に行く場所も無かったので…。」
「そうか…。」
「白刃さんはどうしてこの様なことに?」
「…。」
僅かな沈黙の後、白刃は静かに語り出した。
「…病気の妹のためだ。妹は今、バルクス病院に入院している。治療するには、大金が必要だ。だから、俺は仕事をしている。特によく稼げる、汚れ仕事をな。」
そう言うと、白刃はギュッと拳をつくり、肩を震わせた。それを見た有栖は、瞬時に悟った。彼の仕事が、危険なものであることを。毎日、身を削る思いでやっていることを。そして、彼自身も限界であることを。
「…俺にとって、唯一の家族だ。失いたくない。一刻も早く、治療しないといけないんだ。」
「白刃さん…。」
「なるほど、そりゃ大変だ。」
「…誰だ?」
「ロイスさん。」
振り返ると、ロイスが扉の前に立ち、2人を見ていた。
「話は聞かせてもらった。おまえが白刃か?」
そう聞くと、白刃は黙って頷いた。
「…おまえは?」
「俺はロイス・シュバイニー。ブラッカーズのサブリーダーだ。」
「ロイス…そうか、お前が噂の…。俺に何の用だ?」
白刃は訝しげにロイスを見た。するとロイスは、懐から葉棒を取り出すと火をつけて一服した。そして…
「手を貸そう。」
と言った。
「…は?」
白刃は更に疑いを強めた。
「…今、何と言った?」
「手を貸す、と言ったのさ。お前の妹、病気なんだろ?うちのクリスなら治せるかもしれない。アイツはこの街1番の医者だからな。」
「…タダじゃないのだろう?」
「まぁ、そうだな。俺達の仕事に協力してもらう。だが安心しろ。お前にとっても悪いことではない。」
「…本当か?」
「ああ、本当だ。」
ロイスは簡単に言った。あまりの言葉の軽さに、白刃の眉間に皺が寄る。両者互いに見合い、しばらく沈黙が続く。だがすぐにその沈黙は破られた。
「…分かった、信じよう。」
ロイスの提案を受け入れた。ロイスは満足したようにニヤリと笑った。
「よし、では早速取り掛かろう。バルクス病院を潰す作戦について。」