放課後
ルーク「その場に圓龍がいなくてよかった。いたら絶対ややこしいことになる。」
入学してから2週間が経った。不安だった学校での生活も慣れ、問題なく過ごしている。クラスの子たちと話したり、白蘭や圓龍と一緒に昼食をとったり、放課後に寄り道したりして、いわゆる『青春』を満喫していた。しかし…。
(こんな生活でいいのかしら。)
有栖は迷っていた。ルークに言われてこの学園に入ったが、アレの情報は全く得られていない。生徒たちと話してそれとなく聞いたり、放課後に各教室を探したりしたが、証拠どころか噂すら聞かない。完全に手詰まりになっていた。
(あとは夜に潜入するしかないか。授業が終わったら準備しないと。)
「有栖ちゃん、大丈夫?」
「えっ?」
隣の席の女子生徒に声をかけられ、有栖は我に返る。声をかけた彼女の名前は『蘇我明美』。綺麗な黒髪のロングヘアーを持つ女子生徒である。有栖の隣の席ということもあり、彼女のことをいつも気にかけていた。
「分からない問題でもあった?」
「いえ、だいじょ……あっ、この問題が。」
「ああ、ここはこうして…。」
明美は机を寄せると、丁寧に説明し始めた。時々有栖の顔を見て、様子を確認する。決して焦らせず、有栖のペースに合わせて教えていく。そのおかげで有栖は難問をすぐに理解した。
「…なるほど、そういうことか。ありがとうございます、助かりました。」
「いいのよ。困ったときはお互い様だから。」
「明美さん。この問題を答えてください。」
「はい!」
不意に教師から指名されても、明美は躊躇うことなく問題をスラスラと答える。周りからは驚きと感嘆の声があがり、教師も拍手を贈った。それに対して明美は控えめに微笑みを返す。
「…。」
明美も圓龍と同じく人気のある生徒である。あだ名は「黒髪の聖女」。容姿端麗で頭脳明晰。行動力もあり、間違いや納得のいかないときは誰であろうとハッキリと言う意思を持つ。だが決して付き合いにくい人物ではなく、むしろ誰にでも親しく接するため、彼女の周りには人がよく集まっていた。ここまで聞けば、学園が誇る模範生徒といえる。しかし有栖は、別の印象を持っていた。
(…良い人だけど、あまり他人と関わらないようにしている?)
教師達から信頼され、クラスメイトとも仲良くしているが、どこか距離を置き、気を許していない。なぜそう思うかと問われたら、分からない。ただそう見えたのである。有栖だけが持つ秘密の能力を使って。
「どうしたの?」
「あっ、いえ。何でもありません。」
憶測の段階で判断するわけにはいかない。有栖は一旦考えることをやめ、授業に集中することにした。やがて下校の時間になった。
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「貴女、どういうつもり?」
放課後、名も知らない女子生徒3人に声をかけられ、校舎裏に連れていかれた。そして気付けば、その3人に囲まれ、壁際に追い詰められてらいた。
(なんでこんなことに…。)
「えっと、何がですか?」
頭の中でそう思いながら一応、相手の質問に答える有栖。相手を刺激しないよう、慎重に言葉を選んだつもりだった。だが意味をなさなかったようだ。
「とぼけないで!貴女、圓龍さんに色目使ったでしょう!?」
「…はい?」
いかにも怒っているという表情で相手の女子生徒は有栖を責める。この3人の中で恐らくリーダー的な立場にあるのだろう。高圧的な態度で威嚇している。もっとも、有栖には全く効いていないが。
「色目なんて使っていませんよ。ただ彼とは縁あって親しくしているだけで…。」
「最近来たばかりの転校生が、あの方達と簡単に親しくなれるわけないでしょう!?」
「あの方達?」
「明美さんと白蘭ちゃんのことよ!」
今度は後ろに控える女子生徒2人が声を荒げた。この2人は取り巻きのようだ。
「貴女、初めて来たときに白蘭ちゃんと一緒に登校してきたじゃない!しかも腕を組んで!どういうつもり!?」
「どういうつもりって…。」
「明美さんとも親しく話しているし!私なんて、入学してから一度も話せていないのよ!?」
(いや知らんわ。)
思わず心の中でツッコミをいれてしまう。有栖としては、あの3人とお近づきになりたいとか、そういう邪な考えは全くない。一緒に住んでいる白蘭は別として、ほか2人とは偶然が重なっただけなのだ。明美とは偶然隣の席だったから。そして圓龍とは偶然出会ったから。それだけなのだ。しかも圓龍とは敵対関係にある。どちらかというと、親しくなってはいけないのだ。もっとも、圓龍は逆のようだが。
(でも説明したところで分かってもらえるとは思えないけど。)
否定したところで、火に油を注ぐことになるだけだろう。かといって詳しく説明するわけにもいかない。そんなことをすれば余計ややこしいことになる。この状況を脱するにはどうすればいいか、有栖は考える。その際に顔をちょっとだけ右に向けた。それが彼女達の癇にさわったようだ。
「…っ!何とか言いなさいよ!」
(!)
激怒したリーダー格の女子生徒から平手がとんでくる。有栖は本能的に避けようと構える。その時だった。
「なにしてる。」
「「「「!!」」」」
4人が同時に声のした方を向く。そこにいたのは、いかにも用務員という格好をした中年の男性だった。
「3人で脅すとは、卑怯者だな。」
「なっ!人聞きの悪いことを言わないでください!」
「違うのか?」
「っつ!貴方には関係のないこと・・・。」
「3人がかりで1人を囲み、暴力をふるおうとした。見逃すわけにはいかないな。」
そう言うと、彼は持っていたほうきを構える。険しい表情と鋭い眼光で睨まれ、3人は冷や汗を流す。
「せ、生徒に暴力なんて・・・!」
「俺は用務員だ。教師じゃない。生徒がいなくなった後に学園を見回り、ついでに掃除する。今、俺の前には大きなゴミが3つある。それを処理するのが、俺の仕事だ。」
ドスの利いた声でさらに威圧する。3人は恐怖で体を震わせ、最後は泣きながら逃げていった。残ったのは有栖と用務員の男だけになった。
「大丈夫か?」
「は、はい。ありがとうございます。」
「ならいい。」
さっきと変わって男の表情から怒りは消え、威圧感もなくなっていた。今彼から見えるのは、心配と安堵の気持ちである。
「なるほど、君が有栖か。」
「えっ?」
「マルコから聞いている。奴は俺の息子と知り合いでな。」
「あっ、なるほど。」
初対面の人間から名前を呼ばれて驚いたが、理由を聞いて納得する。ひとまず怪しい者ではないようだ。
「さぁ、早く帰りな。もうすぐ暗くなる。夜道を1人で歩くのは危ない。」
「は、はい。失礼します。」
有栖は一礼するとその場を後にした。男は有栖が立ち去ったのを確認した後、懐から葉棒を取り出し、火を付けた。
「…これは、夜に来るな。窓を開けとくか。」
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夜になり、人影の消えた学園に有栖はいた。1人で潜入するためだ。
『何もなければ警備員以外誰もいないはずだ。服装と動きを見れば分かる。それ以外は敵と思え。』
「よしっ!」
ルークから言われたことを頭の中で確認し、有栖は気合を入れる。全ては目的のため。葉棒の密造を潰すためである。




