天井
「彼女を見た時に思ったこと?同性にモテる顔だな、と思ったね。」
ロイス・シュバイニー
ブラッカーズのサブリーダー
(…んっ、眩しい。)
薄っすらと開いた目に、光が差し込む。彼女、『香坂有栖』はボンヤリとした意識の中である事を考えていた。
(ここは…天国…かな。)
虚ろな意識の中で覚えているのは、血を流して倒れていたこと。体は動かず、声も出ず、左目は失明した。あの時、私は死んだ。死んで私は天国にいる。この光は天国の光だろう。彼女はそう思った。
しかし、視界が段々とはっきりしていくにつれ、それが天井についた蛍光灯の光であることが分かった。そして、自分がまだ死んでいないことも。
「起きたか?」
(?!)
突然声を掛けられ、有栖はバネのように起き上がった。横を見ると、1人の男がいた。男は金髪ショートで黒の瞳、痩せ型で黒いジャケットを着ていた。
「え、えっと…。」
困惑する有栖。すると、男は言った。
「まぁ、色々聞きたいことはあるだろう。順を追って説明するから、落ち着いて聞いてくれ。まず俺は、『ロイス・シュバイニー』。仲間からはロイスと呼ばれている。」
「ロイス…ロイス・シュバイニー。」
「そうだ。それで、ここは俺達のアジトだ。今君がいるのは地下にある部屋だ。倒れていた君を治療してここに運んできた。」
「…どうやって?」
「君はあのビルで爆発に巻き込まれ、血まみれになって倒れていた。なんとか治療して一命を取り留め、ここまで運んだ。そこから君は、約2週間ほど眠っていたんだ。」
「2週間…。」
「酷い傷を負っていたからな。それでも最初に比べたら随分回復した。ただ、いくつかの傷は治った後も残る。特に、顔の傷は一生だ。」
そう言って、ロイスは懐から小さな鏡を取り出し、彼女の前に見せた。爆発の際に破片が飛んできたのだろう、顔全体に切り傷があった。また、左頬には火傷の痕もあった。そして、左目には眼帯がしてあった。
「…。」
肩を落とし、俯く有栖。失明したことを落ち込んでいるわけではない。これからの生き方に絶望していたのである。今助かったところで帰る場所もなく、頼れる人もいない。このまま外に出たところで奴隷として売られ、買った人にこき使われ、飽きたら捨てられるだけだろう。しかも今は眼帯をしている。こんな顔をしていたら、気持ち悪がられて商品にすらならないだろう。
いっそあの時死んでいれば。そんな考えが脳裏をよぎった。
「死んだ方がマシ、と思っているだろう?」
有栖の表情を見て、ロイスが言った。有栖は小さく頷いた。
(あれ、そういえば何で助けてくれたんだろう?)
面識のない私を、彼は助けてくれた。何のために?その答えはロイスが発した言葉で明らかになった。
「気持ちは分かる。しかしせっかく助かったのだからリベンジするのも良いのではないか?これまでの人生に対して。」
「え?」
「俺は『ブラッカーズ』というストリートギャングのサブリーダーをしている。今、君がいるこの建物は俺達のアジトだ。俺達のチームはまだできたばかりで目下人手不足なんだ。どうだろう、こうして出会えたのも何かの縁。我々の仲間にならないか?」
「私を、仲間に?」
「どうせ行くアテもないのだろう?このまま外に出て、野垂れ死ぬよりはマシだと思うけどな。どうする?」
有栖は考えた。これまで様々な人に雇われたが、どの雇い主もロクでもない人だった。汚い部屋を与えられ、安い賃金で働かされ、時に暴力を振るわれた。あの日裏切られてから、彼女は悲惨な日々を送ってきたのである。当然、ロイスの提案も疑った。しかし…。
(他に行くアテもないし、先もないしな…。)
希望も夢もない、空虚な人生。たとえ利用されて捨てられても住む場所と食べ物があるならマシ。死ぬならせめて部屋の中で死にたい。そう考えた有栖は首を縦に振った。
「分かりました…。」
「ん?」
「貴方達の仲間になります。貴方達がどんな人であれ、私にはどうでもいいですから。」
そう言った有栖の声は、覇気のない、全てを諦めた感じであった。だがロイスは気にせずに言った。
「そうか。では、これからよろしくな!」
有栖の答えを聞いたロイスは笑みを浮かべ、右手を出した。有栖も右手を出して握手をした。こうして、香坂有栖の新たなる物語が始まったのである。
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有栖と話を終え、部屋を出たロイス。ふと横を見ると、壁に男が背を付けて立っていた。男はロイスに気づくと歩いて近づいてきた。
「どうだった?」
「彼女は仲間になった。まぁ、色々と諦めた感じではあるが。」
「だろうな。」
「すぐに俺達のことを信用するのは無理みたいだからしばらくは様子見になる。」
「なら彼女のことを知るためにも、彼女のことを調べる必要があるな。直義にも言って彼女のことを調べてくれ。」
「分かった。それにしても、どうしてまた彼女を仲間にしようと思ったんだ?」
「さぁな。何となく助けたかった。それだけだ。」
そう話しながら、2人はその場を後にした。
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「そういえば彼女…。」
「どうした、ロイス?」
「彼女、同性にモテる顔しているよな。」
「…は?」