case1 終了対象:家坂真依/マジカルガーネット 2
洸はタブレットを操作してひとつの資料を引っ張り出した。
「家坂麻依。変身時はマジカルガーネットを名乗っている。埼玉県川越市出身。父親は公務員、母親は専業主婦。兄弟は三人で、彼女は末っ子。市内の公立中学校に在学しているけど、一か月と二週間のあいだ登校していない」
びっしりと個人情報が綴られているが、その中から洸は基本的なものだけをピックアップして読み上げているのだろう。
余計な情報を聞いて頭をごちゃごちゃにするのも嫌なので翔子としては有難かった。
「不登校?」
「家出だね、14歳の誕生日を迎えてすぐにだ。その二日後に捜索願が出されている」
「ちょっと遅い気がするのだけどそういうもの?」
「もともと素行が悪かったから本格的な家出だと気づくのが遅すぎた――ということらしい。だから家族もいまだ家坂麻依の足取りを掴めていない」
「両親に事務局は接触しているの?」
「いいや。彼女が家に帰ることも考えると、事務局が表立って関わるのは悪手だという判断だ」
「なるほど。管理局としては厄介な相手というわけね」
普通、魔法少女管理事務局は魔法少女の発現を補足すると、三日以内には接触し『登録』を促す。
ひとつ目の段階は、魔法少女本人への説得。たいていの少女たちは自分の置かれた立場に不安を抱くのでその場で『登録』を選ぶ。
渋る少女たちにはふたつ目の手段、実家に圧力をかけられる。それは手紙であったり電話であったり、地位が高い親であるならビジネスを人質に娘への説得を促す。
そこまでしても従わない魔法少女には、みっつ目の実力行使だ。わざと怪人をけしかけるなどしてあえてピンチを作り、命と引き換えに『登録』を強制する。ただ、怪人を使うのは予測できない事態を必ず引き起こすし、危険も伴うため事務局としても使いたくない手段だ。
ここまでの情報をそろえながら魔法少女管理事務局が家坂家に接触をしていない理由は、そもそも両親も娘の消息を辿れていないのだから圧力をかけても意味がないからだ。
「…待って。両親は娘がマジカルガーネットということを…」
「うん、知らないはずだ。家坂はおそらく誕生日を迎え自分が魔法少女になったと分かったうえで家を出たのだろうね」
「…事務局は家坂麻依とマジカルガーネット、どちらを先に知ったの? もしかして捜索願を一つ一つ見て誰が魔法少女だとか見当をつけているとでもいうの?」
洸は苦笑した。
それはどれほど膨大な作業だろう。魔法少女になると元の顔と紐づけがしにくくなる特性がある。例えば五人の少女を並べ、魔法少女の写真を持たせて「どれが本人か」と探させても二十人中一人が勘で当てられればいい方だ。
翔子としても冗談のつもりでの発言だ。
「最初に事務局はマジカルガーネットを補足した。というか、まあ…いくつかの目撃情報と通報があったんだ。ネット上のとある掲示板で人気になってしまったのが災いしてしまったね」
「とある掲示板?」
「神待ち。家出少女が屋根のある家、シャワー、ごはんなんかを提供してくれる男を神なんて呼んで求めている、そんな掲示板だ」
「聞いたことあるわ。…まさか」
「そう、そのまさかだ。家坂麻依は自身が魔法少女であることをウリにして神を探している」
「…世も末ね。それで拾ってしまう方もなかなかハッピーな頭しているわ」
「あとは彼女、馬鹿正直に『マイ』と名乗っていたんだよね。おかげで特定がしやすかったと探索班が言っていた」
洸はそこでいったん口を止めた。しゃべりつかれたのだろう。
南村は寡黙な男ではないが空気を読んで黙っている。
しばらく静かな車内の中で、翔子は窓の景色を眺めていた。徐々に暗くなっていく空とすれ違う車のライト。その光からさっき見た悪夢を呼び起こしそうになり強く目をつむる。そして、今聞いた話を整頓していく。その中でとある疑問が湧いてきた。
「聞く限り、まだ取り返しはつくと思うのだけど。ちょっとお灸据えて指導するなんかじゃダメなの?」
「駄目なんだ。…ここからが、上層部の判断材料となった」
洸は硬い表情で言った。
「彼女は、人を二人殺している。そしてその様を闇サイトに載せてアクセスを稼いでいる。マジカルガーネットは魔法少女としても人間としてもやってはいけないことをしてしまった」
翔子は背もたれに体重をかけた。様々な思いが去来する。
ひとを裁ける立場ではない。
それでもやらなければならないのだろう。魔法少女を守るために。
「それは、終了させないとならないわね」