case1 終了対象:家坂真依/マジカルガーネット
強い光。冷たい手術台。全裸。手足は拘束され暴れるほどに鉄の枷が食い込む。口には開口器が嵌められ、意味のある言葉は出せない。
それは一人の人間に対する行いではなく、一匹の実験動物の扱いともいえた。
――人工的に魔法少女を生成するプロジェクトの唯一の成功例となった少女に待っていたのは、拷問まがいの実験の日々だ。
淡いグリーンの手術着を着た人間たちが少女を取り囲んでいる。無表情の瞳が14個。
少女は恐怖から目に涙を一杯に溜めながら抵抗するが、悪あがきにしかならない。誰の心も揺り動かさない。ただの徒労に終わっていた。
「開始」
残酷なほどにはっきりと聞こえた言葉と共に、刃先の丸いメスが持ち上げられた。少女の目にその銀色が絶望の色として映る。
みぞおちのあたりに刃は当てられ力が籠められた。
スッと皮膚が切り裂かれ、それをなぞるように傷口が修復していく。luxまがいの力だ。すでに分かっているようにメスは最初の部分に舞い戻る。誰かが修復時間を計っている。どんどん刃が体内に潜り込んでいく。少女は激痛に悲鳴を上げた。上げ続けた。麻酔など用意されていなかった。
ある程度のデータが取れ、半年以上たって『退院』したとき――幾多のカウンセリングを受けていたものの――少女の柔らかい心はもはや修復できないほどに壊れていた。
引っ込み思案で控えめながら華のある笑顔を持っていた少女は、もうどこにもいない。
〇
「……!」
がばりと翔子は起き上がる。それまでテーブルに突っ伏して眠っていたようだ。
荒い息を整えつつあたりを見回すと、そこは手術室ではなく馴染みのある白砂大学の第二食堂だった。
とうに昼の時間は過ぎている。周りにいるのは自習や、おしゃべりや、ボードゲームに興じている学生たちだ。にぎやかな雰囲気の中、眠っていた翔子が突然起きようが気にする者はいない。
深く息を吐き、頭を乗せしびれてしまった腕をさすっていると呑気な声が降ってきた。
「お待たせー。よく寝てたね」
見れば、金髪に羽の飾りがついたピアスが特徴的な女が立っている。まだ肌寒さも残っているというのに肩と足を大胆に露出していた。薄い生地ながら長袖長ズボンの翔子とは対照的だ。
片手にはノートやファイル、もう片方には乱雑に纏められたコピー紙が抱えられていた。
猫田三久。翔子と同じ二回生で、提出物も出席率も小テストも悪いためにわざわざセミナー講師から「おまえいくつかの講義ヤバいぞ」と言われてしまうぐらいには不真面目である。本人はたいして気にしていなかったが、ぽろりとそんな話を零された翔子が被っている講義のノートやらプリントやらを貸し出したのだ。
「しーちゃん、さいきん寝不足気味? 授業中にもウトウトしているし」
「ミクよりは起きているほうだと思っているよ…。それで、どうかな。分かりにくいところとかある?」
んー、と三久はぱらぱらと紙をめくった。
徐々に首を傾けだしたので翔子はだいたいを察した。思い返せば、三久は起きていた時が少ない。睡眠学習というそれこそ夢のような学習方法を習得していなければ――予想はつく。
「全部分かんない。こんなの本当に習った?」
「そこからか…。しかたがない、まだ試験二週間前だし、出来るところなら教えるよ」
「やったぁ!」
「明日と明後日は無理。休むから」
「やっだぁ!」
三久は翔子にしがみついた。身長が高いのではたから見れば翔子を捕食しているようだ。
少し匂いの強い香水にくらくらしながら翔子は押しのけようとするがマジカルシュガーで無い時は体力も14歳の身体相応のものでしかない。されるがままに抱き着かれる羽目になった。
「あたしのやる気があるときにやろうよぉ!」
「やる気が必要な時に出して。悪いけど、バイトが今繁盛期なの」
「わざわざ大学休んで来いって? 悪徳企業なんじゃないの?」
翔子は肩をすくめて「そうかもね」とだけ言った。
時刻を見ようとしてスマートホンのスイッチを入れると通知が一件入っていた。
洸からだった。【東門で待っている】とだけ書かれている。四分前のことだ。
「わたしは帰るけど、ミクは?」
「サークル行ってくるー」
「勉強してよね。じゃあ、また今度」
今から向かうと返信し、翔子は第二食堂のある建物から出た。空を見上げればまだ明るい。
悪夢を見てしまった影響か身体は怠く、気分も悪い。正直バックれたい気分ですらあったが、そうはいっていられない。これでイヤイヤ言っていると小前田局長が出てくる危険性がある。局長は翔子にとって出来る限り会いたくない男だった。
東門のそばに洸が立っている。それまでスマホを弄っていたが翔子に気づくと軽く手を振った。
大学まで迎えに来るとはさながら過保護な保護者みたいだと翔子は胸の内で思う。別に事務局集合でも構わないと伝えてはいるのだが。
「おつかれ、翔子ちゃん」
「そっちも、洸くん。今日はこっち側なのね」
「うん、運転してくれた南村さんが違法駐車は駄目だって譲らなくて東門になっちゃった。厳しくない?」
「南村さんがルールに厳しいのではなく、洸くんがルールに緩いだけだとわたしは思うけど」
「辛辣だなぁ。…あれ、翔子ちゃん、顔色ちょっと悪くない?」
「そうかしら。わたしは元気なつもりよ」
夢の内容を説明する気持でもなかったので流した。
事務局で使っている車は門にほど近いところで止められていた。運転席の男…南村大介に挨拶し、後部座席に乗り込む。洸もその横に座った。
「まずはノラ魔法少女の確認から行こうか」