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case0 佐藤翔子/マジカルシュガー 5

 私服に着替え、病院の通路を歩いているうちに翔子は足を止めた。

 休診中のペインクリニック前にある待合のベンチに見知った顔が座っていることに気づいたのだ。

 翔子が声をかけるべきか躊躇っていると、あちらの方から気が付いた。


「翔子、久しぶりだね」

「お久しぶり…花。あなたも今日定期健診だったの?」


 ぎこちない笑みを浮かべながら翔子は応じる。

 彼女を前にすると、覚えなくてもいい罪悪感を覚えてしまう。


「うん、そうだよ。翔子もいるって聞いたからここで待っていたの」


 柊木花ヒイラギハナはベンチの開いているスペースを手のひらで叩き、翔子に座るように促した。その手は生身のものではない。義手だ。

 七年前の事故に遭った18人の少女の内の1人。魔法少女にはなれなかったばかりか、右手足を失った少女。

 ただ、翔子と違って身体は健全に成長していた。一般市民として生活しており、定期健診と義肢の点検以外は魔法少女管理事務局には関わらない暮らしをしている。本来ならもう二度と事務局関連に関わりたくない心境を持っているはずだが、出費はすべて事務局持ちという甘い蜜を前にすると接触を完全に断ちきれないのだろう。

 事務局側からすると、失敗例とはいえ立派な被験者モルモットであることには変わりがないため追跡調査を行いたいのだ。結果的に罪滅ぼしの名目でいまだに少女たちの身体を調べていることを翔子は知っているので、どうにも真っ直ぐに顔が見れないでいる。


 そして、生き残った9人に黙っていること――唯一魔法少女になってしまった負い目もあり、出来る限りの接触は避けてきた。ただ、このような形だと回避はできない。

 翔子は花の隣におとなしく座る。はたから見ると年の離れた姉妹に見えた。本来なら同い年なのに。


「翔子はどうだった? 定期健診」

「いつも通り、身長も体重も変わりなし」

「そっかあ…」

「あなたは――」


 なんの気なしに花の義手を見て、以前見た時とは何か変わっていることに気が付いた。

 肌色のシリコンに包まれたそれは本物の腕に見間違うレベルであるが、どうにも形容しにくく説明しにくいモノ…オーラを感じる。ただの義肢にそんなものがあるわけない。


「花。それ、新しくしたの?」

「あ、分かった? 半年ぶりぐらいなのに気づくものなんだね」

「ええ、まあ…」

「これ結構滑らかに動くんだよ。ピアノも諦めかけていたけど、最近練習しているんだ」

「そう。今度聞かせてね」


 本人も何か気づいているかと思っていたが、花の様子を見るにそのようなことはないようだ。社交儀礼を混ぜながら翔子は頷いた。

 オーラについて言及することは止めておくことにした。花が気にすることもそうだが、話を聞いた花の両親が事務局に突っかかってくるかもしれない。

 そうすると一度はどうにか落ち着いた七年前の事件のことが再燃してしまうだろう。いや、それどころか騒ぎ立てる両親を事務局は始末しようとする可能性もある。そのぐらいの姑息な手を使ってもおかしくない。もし事務局に良心があるなら、そもそも14歳の少女へ人体実験をするはずがないのだ。


 ポロンと花の携帯が鳴る。画面を開いて「迎えが来た」とつぶやいた。


「また会おうね、翔子。あとSNSの返事は無視しないでよね」

「気を付けるわ」

「前もおんなじ事言ってたよ! 瑠香ルカがぶつぶつうるさいんだから」

「うん、分かった」


 リュックを背負い花は立ち上がる。人生の三分の一は義肢を使っているからか、自分でバランスがとれており翔子が特別手を貸すことはなかった。

 「じゃあね」と言う花に、オウム返しに返事をするはずだったのに翔子は無意識的に違う言葉を放っていた。


「花、魔法少女ってなんだと思う?」


 しまった、と思った。

 昨日からずっと悩んでいた問題とは言え、よりにもよって魔法少女に成れなかった人間に問いかける言葉ではない。

 きょとんとする花を前に、顔をこわばらせながら首を振る。


「ごめんなさい、なんでもないの…。忘れて」

「ううん、別にいいよ。私の思う魔法少女は、そうだね」


 顎に手を添えて花は一瞬何かを考えるそぶりをした。


「あっ、夢じゃないかな」

「夢?」

「そう、夢。私は、魔法少女に夢を持っていたの。今も妬みこそあるけどそれは変わらない」

「……」

「きっと魔法少女に夢を持っている子はたくさんいると思うよ。希望を持っている子もいるだろうし、支えでもあるだろうし、光でもあるかもしれない。魔法少女って、そういうものじゃない?」


 かちりと翔子の中で何かが嵌った。


「――そうだね、花。きっとその通りなんだ」

「え? うん、こんなんで良ければ」

「ありがとう。引き止めちゃってごめんね」


 花は不思議そうな顔をしていたが、翔子の中でなにか答えが出たらしいことを知ったのか深くは聞いてこなかった。

 別れを告げると翔子はほとんど走るようにして病院の裏口――休日面会の時に使われる出入り口から飛び出した。周りを見渡して人がいないのを確認してから洸の電話番号を呼び出した。

 洸は思ったよりもすぐ出た。


『もしもし? 僕だけど、どうかした?』

「わたし、魔法少女を好きなのよ。ずっとなりたかったの」

『あ、うん、そう…?』


 言われていることを理解できていない洸を置いて、翔子は一方的にまくしたてる。


「思い出したのよ、魔法少女になりたかった理由。希望で、願いで、夢で、そして憧れだったの。わたしは、魔法少女に・・・・・なりたかった・・・・・・!」


 あまりにも単純かつ、絶対的な願いだった。

 様々な要因があったとはいえ当時十代前半の翔子には魔法少女と言う存在が輝いて見えていた。ひどく焦がれていた。

 そうでなかったら得体のしれない実験などに参加するわけがない。


「洸くん、わたしは終了命令をこなすことができるはずよ。でもいつかは自分の心を壊していく。非倫理で非道徳なことだって分かってしまっているから、いずれ葛藤も悩みも抱えて内から自壊していくに決まってる」


 しかし操られるがままの殺人マシーンになってやるつもりも毛頭なかった。


『…それで?』

「貴方は言ったわよね。覚悟はできているのかって」

『ああ、確かに言ったよ』

「今、覚悟できた。わたしはわたしの意思で魔法少女喰いマジカルイーターになる」


 洸は完全に黙ってしまった。呆れているのか、次の言葉を持っているのか。

 ただ翔子は昨夜のアンサーをどうしても洸に伝えたかった。


魔法少女を・・・・・守る・・。それが、わたしの戦う理由」


 少女は、レプリカの魔法少女は、マジカルシュガーは、佐藤翔子は、宣言した。


そのために・・・・・魔法少女を殺す・・・・・・・


 誰かにとっての希望で夢である『魔法少女』という存在を守るために、その存在を冒している魔法少女を殺す。

 あまりにも矛盾したものであったが、翔子はこれ以上の答えを考え付かなかった。



 魔法少女喰いマジカルイーターが、産声を上げた。


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