case0 佐藤翔子/マジカルシュガー 4
規則的な電子音が窓のない部屋に反響している。
広い部屋ではあるのだが、いくつも置かれている機器のせいで入室者にひどく圧迫感を与える。その中央、無数の機器に囲まれるようにベッドが置かれており、その上に翔子が横たわっていた。
患者服を着た翔子は静かに目を閉じている。
その身体――額、こめかみ、首、胸、腹、腿、ふくらはぎ、足首、甲――には電極が貼られ、機器がそこから得た数値をデータ化し、そのデータはスタンディングデスクに載せられたパソコンに送られる。
そのパソコンのディスプレイを覗き込んでいた女医の志島めぐみが何かに気づき、しばらくキーボードを弄った後に手を止め、傍らで様々なコードに繋がれる翔子を真顔で見た。
「不調ですか」
七年前は研修医だった志島も今や一人の医師だ。そして翔子の身体の異常性を知る人間の一人でもある。加えて月に一度こうして身体データを取っているのだ、普段と異なる部分を見つけることも慣れたものだった。
翔子が目を開き、何か言いたげに首を回して志島を見やる。
「わずかに普段とは違う数値の揺れが検知されています。微々たるものですが」
「疲労よ」
「なるほど」
志島は納得しているのかしていないのか微妙な表情で頷いた。いつものことだ。翔子としても根掘り葉掘り人のプライベートをほじくり返してくる人間よりは少々そっけないぐらいの態度のほうが気が楽だった。
普段どおり、最後まで再び無言になるかと翔子は思っていたがその予想はすぐに外れた。
「例の件ですね。『マジカルイーター』」
翔子は眉をひそめた。志島はパソコンと向き合っている。
「極秘任務だと思っていたのだけど、ここは情報管理が甘いのかしら」
「いえ、厳重ですよ。勤続五年以上かつあなたと関わりのある者しか今回のことは公表されていません」
「…あなたがいうならそうなんでしょう」
志島は良くも悪くも堅物な女性だ。
人づきあいがけっして悪いとは言わないが、ドライで取っつきにくいというのが若手の職員や健康診断に来る魔法少女たちの印象である。
そして嘘もジョークも滅多につかない。この場合、嘘をついてもデメリットはあるもののメリットはないので疑う意味はないのだが。なので、翔子も言葉通りに受け取ることにした。
「私の場合、佐藤さんの担当医ですから外せなかったのでしょう。それと、あなたの身体データを上の方々が見たがっていたので渡しました。事後ですが報告しておきます」
「さらりと個人情報が流されていったわ。プライバシーの侵害ね」
「今更ではないですか」
そこに含まれる感情を翔子は読み取れなかった。
おそらく幾重にも混じっているのだろう。その中に明るい感情はひとつも無い。
「魔法少女として登録されると人権はあってないようなものです。天然の魔法少女たちだって身辺を隅々まで調べられ、魔法少女ではなくなるその日まで、いえその後も管理されるんです」
「元魔法少女の言葉は重いわね」
志島は何も答えずに、電極を回収していく。すべて取り外すと電極を専用ケースにしまい、またパソコンに向かった。
翔子がベッドから起き上がり伸びをしていると「…今日、少しおしゃべりなのは自覚していますが」と志島はぽつりと言った。ベッドに座ったまま翔子は次の言葉を待つ。
「私はあなたがいかなる選択をしても関係はありませんが……人生を佐藤さんより長く生きている者として、ひとつ忠告をしておきます」
「忠告?」
「はい。――魔法少女は、救いです。ノラであろうと、どのようなふるまいだろうと、誰かにとっての希望です。魔法少女とはそういう存在なのだと私は思っています。それを覚えていてください」
「…どういうこと?」
「貴女は、マジカルイーターは必ず憎まれて恨まれることでしょう。敵も作ることになると思います。それだけは分かっていてほしいです」
言葉一つ一つに感情が込められていた。
魔法少女だった志島めぐみは、本当に魔法少女を愛していたのだと翔子は感じる。
だからこそこのような忠告をしたのだろう。先輩として、魔法少女を救いに思っていた少女として。マジカルイーターへの複雑な心境を抱えつつも。
「…肝に銘じておく。ありがとう」
「いえ。理解したならいいです。それではまた来月」
「また来月」
スリッパをつっかけて翔子は部屋から出ていく。目指すは更衣室だ。
「…救いと、希望ね」
口の中で言葉を転がした後に彼女は深く息を吐いた。
昨日の海辺での問いかけと言い、先ほどの忠告と言い、皆心配しているのか悩ませたいのか分からない。