case4 終了対象:岡本夕菜/マジカルフタバ 10
――それから二日後。
白砂大学、図書館内。
奥まった場所に置かれたベンチで、翔子は壁にもたれかかり目を閉じていた。
本を捲る音、コピー機が稼働する音、空調からため息のように吐き出されるモーター音。それらを意識の隅で聞きながら彼女はまぶたの裏の暗闇を眺め続ける。
膝には『魔法少女研究マガジン』の最新号が乗せられていた。見出しは「今を戦う魔法少女 人気トップ10」とごてごてとしたフォントと色で大きく書かれている。
ふと人の気配に気づいて目を開ける。
黒で統一した女性――城野が薄っぺらな笑みを浮かべながら翔子の前に立っていた。
「そういうの読むんだね」
「……世間が魔法少女をどう見ているのか、気になっただけです」
本当にそれだけだ。
美しい衣装に、圧倒的な強さ。選ばれた者だけが立てる煌びやかな世界。
幼い翔子が憧れた世界。
裏を知る翔子からすればファンタジーであるが、そのファンタジーに片鱗でもいいから触れたかった。生臭い記憶を少しでも薄めてしまいたくて。
「君が殺した魔法少女は載っていたかな?」
囁き声で投げつけられた最悪な言葉に眉をひそめる。
さして気にした様子もなく城野は人ひとり分のスペースを開けて横に座った。
「やれやれ、『自分は殺していない』ぐらい言えばいいのに。かわいげがない」
「……もともとかわいげなんてわたしにありませんよ」
「そうだった」
城野は足を組みその膝を指でとんとんと叩いた。
しばらく考え事をしていたようだが、翔子にだけ聞こえる小さな声で口を開く。
「マジカルフタバの死についての公式発表は聞いたかい? 『魔力暴走による事故死』だってさ。まあそのほうが自然であるけれど、事務局の管理不足が叩かれないか心配だね」
「心配せずとも事務局はうまく隠蔽しますよ」
「ああ、その通り。なんて言ったってここまで隠蔽され続けて来た存在がいるわけだしね」
とにかく嫌味のひとつふたつは言わないと気が済まないらしい。
以前よりこういう人間だったかと過去の記憶を探るが、そもそも雑談など交わしたことがなかった。これからどのようにして身体を痛めつけるのかを淡々と説明されるぐらいで。
「……わたしは」
魔法少女研究マガジンを適当にめくりながらつぶやく。
城野は『マジカルイーター』とは無関係の部外者だ。薄々察してはいるとしてもペラペラと内情を話していい相手ではない。
だけれど、城野以外に胸の淀みを見せる相手はいなかった。
「わたしは、魔法少女を守りたかったんです」
「へえ」
「だけど、それすらも出来ない。……救えなかった」
洸にはとても言えない。
志島や岡崎に話せば、彼らを経由して局長の耳に届くだろう。
三久は巻き込むわけにはいかない。
祖父母に言えばひどく心配させてしまう。
――城野は、純粋に魔法少女を憎んでいる。そして翔子のことも。
だからこそ真向かいから言葉を受け止めるだろう。同情も心配も無しで。
「ずいぶん大仰なことを言い出すものだね。助けたいと思う者と助けられたいと思う者の意志が合致して初めて『救う』という行為が生まれる。例の魔法少女と君の間でなにがあったか知らないが、この結果ということはつまるところ彼女は救われたくなかったと私は思うけどね」
「……」
「簡略的に言おうか? それは独りよがりな正義だよ、佐藤翔子」
ぱっと翔子は顔を上げ、城野を見る。
城野の顔は険しかった。
「はっきり伝えるが、今の君は罰されたいんだよ。どうぞご自由に罪の意識を持てばいいが、他人の存在を拷問器具の代わりに使うな。ひとりで手首でも切っていろ」
「……ずいぶん手厳しい」
「嫌いな人間じゃなければもう少しマイルドに言っているさ」
本当の本当に嫌われているらしい。
翔子にはその態度はいっそ清くすら思えた。絶対にゼミ生になりたくない。
会話が途切れた。このまま一緒に座り続けるのも気まずく思え、荷物をまとめてこの場を離れる準備を始める。
あとはカバンのチャックを閉めるだけ、という時だ。
「――佐藤翔子の味方は誰だ」
ひどく静かな声音での、突拍子のない問いかけに翔子の動きが止まる。
「……え?」
「敵は。友人は。信用のおける間柄は。裏切るだろう存在は」
「どういう……?」
「人間関係を一度整理しなさい。元事務局の人間からの有益なアドバイスだ。なにかトラブルが起きたとき、真っ先に頼るべき者と離れたほうがいい者がいる。今のうちに把握したほうがいい」
困惑する翔子へ、城野は言葉を重ねる。
「昔のよしみだ。もうひとつアドバイスをしよう。君はまず、自分を守れ。誰かを巻き込む前に」
〇
魔法少女管理事務局東日本支部。
仮眠室代わりに使っている第二倉庫で、簡易ベッドに座り洸は手元の木箱を眺めていた。中におさめられているのは小さな瓶に入れられた金色の液体。
佐藤凛子から貰った、皮下注射することで怪人化するteneburaeの濃縮液だ。
「……」
洸は瓶を取り出して目の前で揺らす。
その瞳には、強い意志が込められていた。




