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case4 終了対象:岡本夕菜/マジカルフタバ 9

 空の茜色がすっかり群青色に塗りつぶされ、人通りが絶えたころ。

 ――果たして。岡本夕菜は、戻って来た。

 険しい顔つきで、揺れる瞳で、真っ直ぐにブランコに座る翔子の前へと歩いてくる。

 煙草を燻らせて地面を見つめていた翔子は目線を上げた。そして少し強く煙草を吸い、長く息を吐きだしながら携帯灰皿にしまう。

 その様をじっとりとした目つきで夕菜は眺めていた。


「なに?」

「……未成年が煙草吸っていいの?」

「こう見えて大人なのよ」


 肩をすくめながら立ち上がる。

 残り香が風とともに薄まり消えていく。

 ふたりは見つめ合ったあと、どちらともなく胸元のluxを握り込んで唱えた。


「人工の叡智、人為の結晶、我は人境の守護を果たし、魔法少女を喰らうもの。……transformatioへんしん

「光を紡ぎ、光を導き、光を与える、我は淀みなき守護を行い実行するもの。transformatioへんしん


 淡い光がふたりを包み込み、弾けた。

 ひとりは、銀髪碧眼、イブニングドレスのようでいて首元が覆われスカートがふんわりと膨らんだ、空色の魔法少女服。

 そしてもうひとりは、深い緑の髪と黄色い瞳、ベルラインと呼ばれる腰まわりが大きく膨らんだ黄緑のドレス、胸にはluxを収納したコンパクトがある。露出した腕にはツタのような飾りが巻き付いていた。手には二葉を模したようなマジカルステッキが握られている。

 マジカルイーターとマジカルフタバは、無言のままに距離をとるように静かに歩き出す。

 先に攻撃を仕掛けたのはマジカルフタバだった。


萌えて育ち絡みつけぐるぐるまいて!」


 足元から草が生え、マジカルイーターの脚を捕える。

 慌てた様子なく足を払い一歩踏み出す――が。


咲き誇り散れひらひらおどる!」


 ぱぁっと色とりどりの花がマジカルイーターの視界を埋める。

 振ろうとした腕を再び草が捕えて動かなくさせていた。その一瞬のすきにマジカルフタバの姿見えなくなる。花は重力に従うこともなくその場にとどまり続け、当然マジカルイーターの視界は不自由なままだ。

 逃げたか――次の攻撃が来るか。

 直感的にマジカルイーターは後者だと判断する。敵意が強く向けられているからだ。

 後ろに気配を感じる。振り向かないままに首を傾けると直前まで頭があった位置に蹴りが飛んできた。

 その足を掴むと勢いよく足元へ投げつけた。


「ああっ!」


 悲鳴と共に鈍い音が響く。花びらの中に砂ぼこりも混じった。

 くっきりと身体のかたちにへこんだ地面から起き上がり、マジカルフタバは腕を押さえて睨みつけた。折れてはいないだろうが、痛みはしただろう。


真っ直ぐ伸びていけざわざわゆれる!」


 ふたりの間に竹が生えた。一本ではない。公園を埋め尽くすかのように竹は伸びていく。

 その隙にマジカルフタバは去っていった。彼女が通り抜けた直後から竹は意志を持つかのように寄り添い、まるで檻のようにマジカルイーターを囲んだ。

 魔法で生まれたが竹のしなやかさはしっかりと再現されており容易に折ることが出来ない。マジカルイーターはため息をついて一本の竹を大きくしならせた。その幹に飛び乗って、元通りに立とうとする竹の勢いに任せて彼女は飛んだ。

 途中で屋根を踏みスピードを保ちながらマジカルフタバを追う。

 同じように屋根を伝って移動していたマジカルフタバはわずかに振り返り驚愕の顔をした。当然だろう。とんでもない勢いで魔法少女が迫ってきているのだから。

 空中で捕まえるとマジカルイーターとマジカルフタバは橋の上に落ちた。ゴロゴロと転がり、マジカルイーターが馬乗りになるかたちで動きは止まる。


「逃げたわけじゃないの。言っておくけど」


 こんな状況だというのにマジカルフタバは不敵な笑みを浮かべていた。

 いや、虚勢だ。唇の端は震えており、瞳は一か所にとどまらない。


「あそこね、朝菜が好きな公園なの。荒らしたらかわいそうでしょ? 色々生やしたやつは勝手に消えるから大丈夫だよ。でも壊したものは直らないからさ、いつ直るか分かんないし朝菜はブランコが好きだからがっかりさせたくないなあって」


 極度の緊張状態のせいか早口で多弁だ。

 聞きながらマジカルイーターは左手でマジカルフタバのコンパクトを握りしめる。


「……マジカルフタバ。いいえ、岡宮夕菜」


 喉の奥から絞り出すように、マジカルイーターは言う。


「自首しなさい」


 ぽかんと彼女の下でマジカルフタバは不思議そうな顔をした。


「両親を殺して廃棄したことは許されるものではない。――だけど、あなたには理由があった。両親から虐待をされた事実、そして妹を守る責務が。一方的に責められていい存在ではないのよ……」


 理由があるからといって殺人を正当化していいわけではない。

 だが、この少女がすべての罪をかぶり罰されるべきとも思えなかった。

 岡宮夕菜はいまだ正常な思考のままだ。殺人狂いとなっていたなら先ほどの小競り合いでマジカルイーターの身体を引きちぎるぐらい容易かっただろう。だが、せいぜい足止めぐらいのもので明確な殺意はなかった。


「魔法少女管理事務局は警察に指示出来ない。絶対とは言えないけど処分される可能性は減る。自首した場合、自由は失うけれど、あなたの身は保護される」

「ごめん」


 不意にマジカルフタバは口を開いた。


「それは出来ないや」

「……なぜ――」

「だって、殺人犯として生きていくの嫌だよ。朝奈だって殺人犯の妹は嫌だと思う。だったらもうここで死んじゃって、この先ずっと私を忘れて生きていったほうが幸せだもん」

「本当にそれが、」

「あんたに何が分かるの?」


 うっすらと笑いながら続ける。


「私は、朝菜のお姉ちゃんだよ。どっかの魔法少女よりもいちばん朝菜を知っていて、心配していて、幸せを願ってる。私がいなくなったから、おばあちゃんちで朝菜は過ごすことも出来る」


 だから、と。


「ここで死なないといけない。わざわざ死神が来るなんて思わなかったけどね」

「わたしは、あなたに生きてもらうわ。岡本夕菜」


 鋭く見据えながらマジカルイーターは強い口調で言い放つ。

 マジカルフタバは何も言わなかった。

 コンパクトを握る手に力を籠める。ぴきぴきとひびが入り、砕けるその瞬間。


 タイミングを計っていたのだろう。最後の魔力を使って竹がマジカルフタバの――いや、変身が解けた直後の岡宮夕菜の胸を鋭く突き刺しながら伸びる。

 luxの消滅と共に竹も消え、あとはぽっかりと胸に穴をあけた夕菜と、驚愕の顔を作るマジカルイーターだけだ。


「あさなに、ぜんぶ、だまってて……」


 口から血を流しながらそう囁くと、夕菜はそのまま事切れた。じわりと血が周りに滲んでいく。

 マジカルイーターは目を見開いたまま放心状態で彼女の死に顔を眺める。口元に手をやるが呼吸は止まっていた。顔の前で手を振っても反応はない。覗く心臓は抉れている。

 死んだと分かると、立ち上がりゆっくりと後ずさる。そのまま欄干に背をつけると、ふわりと光の粒が散って佐藤翔子の姿へと戻った。

 座り込み、空を仰ぐ。星は見えない。


「どうして」


 その言葉は、死体となった岡宮夕菜にも、翔子自身に向けられているわけではない。

 虚空への問いかけだ。


「どうして……。憧れていただけなのに、夢を見ていただけなのに、幸せになりたかっただけなのに」


 髪を掻きむしる。

 左手のただれはひどくなっており、じわりと血がにじんでいる。


「魔法少女は、呪いなの?」


 洸が駆けてくる音が聞こえる。

 肩に触れられるまで翔子は頭を抱えたまま縮こまっていた。怖い夢を見た幼子のように、じっと息をひそめながら。

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― 新着の感想 ―
[良い点] お菓子と飲み物以外の全てが苦い。 だが面白い。 [一言] 加齢以外では生きたまま魔法少女はやめられないという情報からすると、 luxを砕いても卒業年齢がくるまでは一定期間で再生成してしまう…
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