case4 終了対象:岡宮夕菜/マジカルフタバ 8
会話が途切れる。時折訪れる車や人の会話の喧騒を遠い世界のことのように翔子は聞いていた。
じくじくと左手の傷が思い出したように痛む。これからすることを責め立てられているようで彼女は唇を噛んだ。
不意に朝奈が「あ!」と声をあげてブランコから飛び降りる。
「お姉ちゃん!」
夕日に照らされて少女がこちらに歩いて来ていた。
逆光でよく見えない。だけども、予想はついていた。いや――確証しかなかった。
「朝菜」
岡宮夕奈は屈んで妹を抱きしめる。嬉しそうに朝菜はほおずりをした。
それを困ったように受けながら、夕菜は翔子を不審げに見上げる。
「あなたは…?」
「わたしは」
何と答えればいいのか分からず、翔子は口を閉じた。
マジカルイーターとしての役割は簡単だ。岡宮夕菜――マジカルフタバを『終了』させる。それだけ。
だがそれだけでいいのか? その先は? ひとりぼっちになった岡宮朝菜はどうなる?
姉と再び暮らしたいという無垢な願いを破壊することが魔法少女のすることなのだろうか?
感情を無視すればこんな迷いもなくなる。だが感情がない魔法少女など、ただの人形で、化け物でしかないではないか。
何度も何度も崩れそうな決心を、翔子は今一度引き締め直す。
「わたしは、佐藤翔子」
自分に言い聞かせるように、彼女は言う。
「管理事務局から派遣された、LUXに馴染みのある人間よ」
その一言で岡宮夕菜の表情が固まった。
様子の変わった姉を見て朝菜は「お姉ちゃん?」と首を傾げる。小学生に入る年齢では魔法少女という存在は知っているだろうから、わざと迂回した表現を使った。目論見通り姉は魔法少女のことと気づき、妹は分かっていない。
岡宮夕菜は14歳という幼さではあるが、今の自身の状況と合わせて魔法少女が接触してきたということはどのようなことなのか察しはつく。
捕まえに来たか、あるいは…
「私を、消しに…?」
恐る恐る問いかけられた言葉に翔子は沈黙で返した。
絶望的な表情になった後、岡宮夕菜は朝菜を庇うように抱きしめた。それを見てゆるゆると翔子は首を横に振る。
「その子には何もしないわ」
「…本当に?」
「ええ、関係ないもの」
言い方が悪かっただろうかと考えるが、岡宮夕菜は何も返さなかった。
暑さを孕んだ風が二人の間を吹き抜けていく。その風が収まったころ、ぼつりと岡宮夕菜はつぶやく。
「まだ、もう少し、いい?」
「ええ」
目を伏せて了承する。
命乞いではなく、わずかな延長。そのことを願う少女が、悲しいと感じる。
翔子とふたりきりになった時にどういう行動をするのかはまだ分からないが、今は妹の為に時間を使おうとしているのが理解できた。
「どうしたの?」
「ううん、なんでもない! ほら夕菜、行こ」
岡宮夕菜はパッと立ち上がり、とんとんと軽い調子で歩く。
首を捻りながらも朝菜はその後を追いかけていった。
「岡宮夕菜」
翔子はその背中に呼びかける。
びくりと動きが止まり、数秒置いて振り返らぬままに「なに?」と岡宮夕菜は返事をする。
「わたしはここで待っているわ」
岡宮夕菜は振り向き、何か言いたげに口を開いたが――結局一言も言わないまま、妹と公園を出ていった。
二人の背中が見えなくなってすぐ、翔子のスマホに着信が入る。
億劫気に取り出してディスプレイを見ると予想していた人物だった。
「もしもし」
『翔子ちゃん』
焦りが大部分を占めた声音だ。
このチームの中では一番苦労をしているだろうと翔子はどうでもいいことを思った。
「分かっているわ、分かっている。子猫たちを逃がしたと思っているのでしょう?」
『うん…』
「まさかわたしが同情心から終了対象を逃がしたとでも思っているの? 大丈夫よ、言われた仕事はきちんとこなすから」
『…そっか。尾行は? 君は顔が割れて駄目だというなら僕がしようか』
「いいえ。彼女は戻ってくる」
『それはずいぶん、自信に満ち溢れた物言いだね…』
このまま行方をくらますこともあるだろう。
だが、なんとなく翔子にはそうしないという確信があった。
逃げも隠れもせずにここに戻ってくる。――妹の為に。
「言い方は悪いけれど、岡宮朝菜をだしに使っているのよ。妹の前に現れるだろうって洸くんの予想が当たったわよね。だったらわたしの予想も当たるはず」
『それはなに?』
「妹に危害を与えさせないために犠牲になる。ねえ、洸くん」
『なに、翔子ちゃん』
「どうして妹は殺されなかったんだと思う? 両親を殺した少女が、ついでに妹を殺してもおかしくはないのに」
洸は電話向こうで黙った。
「単純よ。大切だったから。守りたかったから。だからきっと、あの子はここに戻ってくる。妹を私から守る為に」
自分が追われていると自覚はしているだろう。
それでも危険を冒して岡宮朝菜に会いにくるのは、姉だからだ。岡宮夕菜は、妹を大事に思っているから。
『…翔子ちゃんは…』
「わたしは?」
『そんなに、悪者に徹しなくてもいいんじゃないかな。これは君個人の意思ではないんだ。』
翔子は苦笑いした。
「言っておくけど、悪者以外のなにものでもないわよ。わたし」




