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case4 終了対象:岡宮夕菜/マジカルフタバ 7

 きぃきぃとブランコの鎖がこすれる音が公園に響く。

 翔子はふとカバンに手を伸ばし、中から飴玉を取り出した。


「朝菜ちゃん」

「なにー?」

「オレンジとりんご、どっちがいい?」

「いいのっ?」

「うん」


 朝菜はりんご味を選んだ。早速口に入れて「おいしい」と笑った。

 食べ物を貰い警戒心なく食べることにいささか不安はあるが、この場合は助かった。それだけ翔子のことを敵視していないということになるからだ。

 翔子は少しだけ間を置いて質問を始める。


「朝菜ちゃんは、このあたりの子なの?」

「んー、朝菜ね、前はあそこに住んでたんだけど」


 指さしたのは公営団地だ。

 壁は黒ずんでおり、ずいぶんな年月を重ねたことを伝えている。側面には『8』とペイントされている。八棟という意味だろう。

 そこは、岡宮姉妹にとって家だったのか、檻だったのか。


「うん」

「今はね、おっきい家で暮らしているの」


 養護施設のことかと思い至ったが、翔子からは何も言わない。

 余計な話をすれば幼い少女は口を閉ざしてしまうだろう。

 傾聴、共感、受容――今はこの三つを意識し、できるだけ話のペースを朝菜に任せたほうがいいと翔子は判断した。


「ごはん、いっぱい出るんだあ」

「良かったねぇ」


 本当に幸せそうに笑う。

 食事が普通に出ることが、少女にとってどれほどの価値があるのか――また実家でどのような扱いを受けてきたのかが垣間見えてしまい、翔子は無意識に手に力を入れる。


「でもね、お姉ちゃんと一緒に暮らせないのは、やだなあ」


 ぽつりとこぼされた言葉。

 翔子の息が止まる。

 どう切り出そうか悩んでいた話題を自分から出してくれたのだ。これを使わない手はない。

 急く気持ちを抑えてつとめて冷静に聞く。


「朝菜ちゃんは、お姉ちゃんと離れて暮らしているんだ」

「おばあちゃんちにいるの。でも、なんか、一緒に暮らしてないんだって」

「どうして?」

「わかんない。なんかね…お巡りさんが、朝菜にお姉ちゃんどこにいますかーって聞いてきたんだけど…知らないって言ったよ」


 ――行方不明になった夕菜への手かがりを求めて、警察が朝菜の元へ聞きこみに行ったということか。

 確かに姉が妹と接触するかもしれないということは考えられるが、親からの虐待を受け、きょうだいと引き離された少女に対していささか不躾な気もする。

 とはいえ、今は警察の対応に腹を立てている場合ではない。あちらも魔法少女の犯罪ではないかとピリピリしているのだろう。


 ころころと朝菜は飴玉を舐める。

 その横で翔子は奥歯で飴玉をかみ砕いた。バラバラになり、広がる味をなんとなく意識の端で追いかけた。


「知らないの?」

「うん…」


 朝菜は口ごもる。何か知っているのだろうと翔子は思ったが、言わないでおく。

 二人はしばらく無言でブランコを漕ぐ。

 公園の前を親子が手を繋いで楽しそうに歩いていく。何の陰りもない明るい声に翔子はわずかに唇を噛む。

 かつて、魔法少女となる前、翔子とリンリン先生もああして歩いていた。手がガサガサでささくれだらけの母の手は硬く時に痛かったけれど、暖かかった。

 あの体温を忘れられないでいる。もしかしたら、なんでもないように翔子の前に現れて昔のように親子として過ごせる日が来るかもしれない。――そんなこと、あり得ないのだけれど。

 もう翔子はリンリン先生を許すことは出来ない。かつてのような関係に戻ることは永遠に不可能だ。 


「お姉ちゃんね、朝菜と手を繋いでくれないんだ」

「え?」

「よく分からないんだけど、汚れたから、もう繋げないって」


 翔子は自分の手のひらを見る。ついで手首を。巻かれた包帯の下にただれた皮膚がある。

 魔法少女を殺して出来た痕。


「そうなの? ずっと前から?」

「ううん…おかあさんたちがいなくなってから。離れてから、よくここで会ってるんだけど…あっ」


 慌てて朝菜は自分の口を押える。


「今のこと、言わないでね!」

「うん、大丈夫。言わないよ」

「絶対だよ!」

「うん、絶対」


 必死な様子の少女に翔子は笑みで返した。

 誰かに言う前に、マジカルイーターが『終了』させる。それで終わる。簡単な話だ。

 感情がなければ、とても簡単な話。

 人間としてあろうとする翔子にとってはとても負担のかかる話。


「お巡りさんにもお話してないの?」

「…うん。お姉ちゃんにそのこと言ったら、びっくりしてた。絶対ダメよって」


 つまり、失踪してからも妹に会いに来ているらしい。

 ならばここに現れる確率は予想よりもずっと高いだろう。


「でもそっか、手が汚れたからって繋いでくれないのね」

「ないの…」

「寂しいね」

「さみしい…」


 翔子は胸元を掴む。生地を通し、硬い感触――luxルークスを感じる。

 ただただ、マジカルフタバと相対したときのことを考えるとしんどくて仕方がなかった。

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