case4 終了対象:岡宮夕菜/マジカルフタバ
患者服を着た少女三人が、小部屋で待機している。
相談室か小規模な会議室を想定されているのだろう。部屋の中央には白い机、周りには四つのパイプ椅子が置かれておりそのうち一つは空席だ。
緊張をほぐすためか部屋にはリラクゼーション目的のオルゴール曲が流れており、室内にはほのかにラベンダーの匂いがただよっていた。テレビも設置されているが今は電源を落とされ沈黙している。
「魔法少女になれたらさ、何色になると思う?」
パイプ椅子を軋ませながら、一人は言う。その首には簡易の名札が下げられており「№16」とだけマジックで書かれていた。
他二人の少女も同様で、「№17」「№18」の札を下げていた。
「色?」
№17の少女は瞬きをして聞き返す。
「そう、色。赤とか青とか。パーソナルカラーとか、イメージカラーみたいな?」
「あれって自分の意思でどうにからならいの?」
「違うっぽいよ? 魔法少女になった従姉いたけど、黄色が好きなのにベージュ色になったーとか言ってたし」
「なれただけいいのに」
「ほんとそれ」
「それで、あかりは何色だと思ってるの?」
問われて№16の少女は天井を見上げた。
しばらくして答えが出たらしく、視線を再び二人に向ける。
「オレンジ! 明るいしかっこいいじゃん?」
「ふーん」
「律子は?」
№17の少女はそれほど間を開けずに答える。
「あたしは濃い赤がいいな。強そうだし」
「戦隊モノみたいだよそれー。ねね、翔子は?」
それまで黙ってやり取りを聞いていた№18の少女は、突然話を振られて焦ったような表情を浮かべる。
「えっと、わたし、色」
「もう、私たちにいい加減慣れなって。魔法少女になったらチーム組むんだしさ!」
「あかりは名古屋で、あたしは青森、それで翔子は神奈川でしょ? どうやってチーム組むの?」
「いーじゃん! 魔法少女は何でもできるって言うし、そのぐらいへっちゃらだよ!」
「軽いなぁ…」
二人はそこで会話を止め、№18の少女に発言権を渡した。
照れ屋なのか頬を赤く染めながら彼女は言う。
「ピンク色、かわいくていいなって…」
○
白砂大学、南校舎一階掲示板前。
夏季休業も終わり秋学期が始まった。最初の一週間はどの講義を履修するかで将来の自分と試験に関わる大事な時期だ。
例に漏れず、翔子と三久、そして三久の友人の知里は貼り出されている講義一覧表を真剣に見ていた。
「講義もテストも受けずに卒業したくない?」
「分かるー。それ」
三久と知里が全くやる気のない会話を広げているのを呆れながら翔子は聞いている。
ふたりとも春学期はどうにかクリアした。だが、サークルとバイトに明け暮れていたおかげでこれから先地獄のような数の単位を取らなければ卒業が出来ない事を大学から言われている。
そのためにいかに楽な講義を取るかに命をかけているわけだ。翔子はそれに付き合わされている。
「腹をくくって片っ端から受けなよ…。贅沢言ってる場合ではないでしょ」
「うわーん! しょーこちゃんが冷たい! 愛してるから助けてー!」
「お願いします私たちと同じ講義取ってください! 私たちだけではあまりにも心細い!」
「見え見えのヨイショだこと…」
翔子はため息をつきながら講義一覧表をもう一度見た。
翔子としても何にしようか悩んでいたところだったので、合わせようと思っている。それに一人で黙々と講義を聞くよりは、知り合いがいたほうが楽しいだろうという心もあった。口には出さないが。
「とりあえず決まったら教えてよ。わたしも考えるから」
「「神様仏様佐藤様!」」
「一周回ってよっぽど余裕がないのが伝わってくるね」
必死に懇願されると文句を言う気にもなれない。
ふと気づいたように三久は翔子に問いかけた。
「そういえばしょーこちゃんはどれにするの?」
「わたしはボランティア学習論と倫理学が気になってる」
「げぇっ、倫理学? やめたほうがいいよ」
大げさな身振りとともに苦い顔になった知里を見て翔子は不思議そうに首を傾げる。
「魔女先生、容赦なく点落とすっていうし」
「魔女先生?」
「あれ? 知らない? 年中黒い服を着た暗い感じの女の人。そういう雰囲気が魔女っぽいから、魔女先生」
ゼミの担当でなかったり取っている講義の教授でないと接点は薄い。とはいえ、自分の所属する学科の教授をほとんど知らないというのはあるだろうか。
そんなに厳しい先生ならば噂話の一つや二つ聞いていてもおかしくはないはずなのに。
不思議に思いつつ時間を見る。結構な時間をこの場でおしゃべりに興じていた。
「そろそろ本返して帰ろうかな。ふたりはどうする?」
「サークル行って来る!」
「研究室覗こうかな」
「分かった。あとミクはちょっと態度厳しくするね」
「なんでえ!?」
三久と知里に手を振り、大学内の図書館へと向かう。
いつも通りに学生証を通し、返却手続きを行う。やる気のなさそうな司書は相変わらずやる気がなさそうだ。
そのまま二階へ上がる。
魔法少女学の講義がある大学なので当然多く資料もある。
関連書籍が収められた棚を探しながら翔子は物思いに沈んでいく。
――灰桜中学校で見つけたアルバム。その中にあった、翔子とそっくりの少女の写真。
胸に引っかからないほうがおかしい。
だがどのように少女を受け止めていいのか、翔子は決めあぐねていた。そもそも自分との関係性が不明なのだ。
魔法少女やluxに関連することなのか、はたまた他の要因があるのかも分からないまま夏季休業を終えてしまった。
堂々巡りの思考では答えは出ない。何かしらのとっかかりを見つけることから始めるべきだ。時間は、まだきっとあるはずだから。
そこまで考えたところで誰かとぶつかった。体躯の小さな翔子は勢いを殺しきれずたたらを踏む。
「ごめんなさ…」
顔を上げて、言葉は止まる。
相手は女性だ。肩甲骨まで伸びた黒髪、黒を基調としたカジュアルオフィスの服装、生気のない瞳。
魔女先生だ、と直感で思う。
「ああ」
相手は翔子の顔を見てわずかに目を大きくさせた。
「大学生になったんだな」
「え?」
「覚えていないかもしれない。もう五年は前の話だから」
淡々と、硬い口調で女は言う。
「魔法少女管理事務局が持つ、魔法少女研究所。そこでluxの研究をしていた。もう辞めたが」
「……」
接点がなかったわけではない。
無意識下に、避けていたのではないか。
「あの時は、きみのluxを砕こうとしてしまって悪かった」
…思い出した。
幾多もの機器を使いluxを破壊しようとした女。しまいには生身の体を傷つけることで何か変わるのではないかと翔子に刃物を突き立てた狂人。
七年前、魔法少女になったあと行われた実験が最後ではない。
幾度となく彼女は実験をされてきた。
過呼吸気味になりながら、翔子は自分のluxを守るように握りしめた。