data1 調査対象:????/マジカルソルト 10
パーピュアの力を借りて音もなく部屋の中に入った。
古い木と埃の匂いが鼻腔に漂う。
どことなく空気が停滞しているところだ。人の出入りが少ないためだろう。
目当ての場所は普段生徒が出入りする開架書庫ではなく、閉架書庫も兼ねた司書室。
通常、卒業アルバムは閉架書庫に保管されている。
真っ直ぐに図書室へ向かったのはその為だ。
「くらいね」
「ええ。…電灯をつけてバレても困るし――何か小さい明かりがあると良いのだけど」
動く分にはいいが、何かをしっかり見るには暗すぎる。
あたりを見回すと近くの棚の下にヘルメットが置かれていることに気づいた。『灰桜中学校 防災ヘルメット』と藍色で書かれている。その近くを探すと非常用の懐中電灯が見つかった。スイッチを入れてみると申し分ない明かりがつく。
目の前にある本棚を照らしてみると、少し前に流行った小説や漫画が整頓して並べられていた。
司書の趣味によって左右されるが、新しい本の入れ替えが多いところであると流行から外れたものは閉架に移動させられてしまうのだろう。
少しもったいないなと思いつつ奥に移動する。その片腕にパーピュアが抱き付きながら一緒に歩く。
動きにくいがパーピュアの表情に好奇心と不安が半々に混ざっているのを見てシュガーは文句を言うことを止める。
学校というものはだいたい似た構造なのでシュガーとしては迷うことはないが、パーピュアは学校そのものに馴染みがないようなので離れることが怖いのだろう。逆に、勝手に動き回ってそこら辺のものを壊される方が困るのでこのほうが助かる。
ぐるりと本棚を照らしていくと、同じ大きさ、形、厚さの本が収まっている棚を見つける。
背表紙には金色の文字で『18年度 小田原市立 灰桜中学校』と印字されていた。
卒業アルバムだ。探していたものがすぐに見つかってシュガーはほっとする。もしもここで見つからなければまた別の手を考えなければいけなかった。
「それ?」
「これ」
指を滑らせて見たい年度のものを探す。
リンリン先生の年齢から割り出せばいいのでこれは簡単だった。念のために実の母である典子にも確認したので確実だ。
86年のものを手に取り、一ページ目から開いていく。
「パーピュア、懐中電灯をこうやって持っていてくれる?」
「わかった!」
年間行事、在学中に教鞭をふるった教師の写真、その次からクラスごとに卒業生の顔写真が並ぶ写真となっていた。
志生野という苗字を頭に浮かべながら名前をひとつひとつ見ていく。
四組に小前田局長の名が載っていた。なんとなくその顔を眺めてみる。面影は確かにあるが、まさか少女に殺人の依頼を行うようには見えない、少し気弱そうな少年の笑顔だ。
五組にはリンリン先生の名。にっこりと笑っている。翔子の顔とは、やはり似ていない。そのことを考えて小さく息を吐いた。
妙にふたりとも笑顔に影があるように見えるのは、シュガーの思い過ごしだろうか。それとも、やはり友人が失踪してしまったことが彼らに影響を及ぼしているのか――。
シュガーはぎゅっときつく目を閉じた後、再び志生野を探す作業を続けた。
七組まで目を皿のようにして、穴が開くほどに探したというのに志生野の名は一つもなかった。
志生野ユウは、中退したという扱いなのだろうか。二年生で失踪したのならば、三年生はまるっと欠席しているはず。ならば、そのように処理されてもおかしくはない。
仕方のない話か、と思いながらさらにページをめくると行事ごとに写真をまとめたページとなっている。
すまし顔のクラス写真とは違い、どの子供もはち切れんばかりの笑顔が三十年という時を超えても色あせることなく輝いていた。
社会見学、町内清掃、文化祭、体育祭。
「…あ」
町内清掃の一枚の写真。学校指定のジャージ姿の三人が写されている。
トングを元気よく掲げるリンリン先生と、ゴミがたくさん詰められた袋をどこか誇らしげに見せる小前田局長。
その二人に挟まれ、控えめにピースをする少女。
胸元にははっきりと「志生野」と刺繍されている。
荒くなる息を自覚しながら、しかしシュガーはその少女から目を離すことが出来ない。
間違いなく――佐藤翔子、そのものだった。
隣にいるリンリン先生よりも、志生野という少女のほうが似ている。いや、そっくりだ。この上ないほどに。
分からない。
自分はリンリン先生から生まれたはずだ。しかし、なぜ志生野ユウにそっくりなのだ?
偶然の一致としてはあまりにも天文学的な数字すぎる。
「これ、しょーこちゃん?」
パーピュアは写真を見て、言った。
無邪気に、それゆえ自分がいかに残酷な行いをしているか自覚せずに。
「違う、違うわ…。わたしは佐藤翔子で、この子は志生野ユウっていうの」
「おんなじかおしているのに?」
「…全然、違う人よ…? わたし、この人に会ったことないもの…」
「ふうん」
パーピュアは良く分かっていない顔をした。
シュガーもまた、ひどく混乱をしていた。
「リンリン先生も、局長も、なにかわたしに大事なことを隠している…」
それは、自分の存在を揺らがすような気がしてシュガーは知らず身震いをした。
○
魔法少女管理事務局東関東支部、情報管理課。
見事に終電を逃してしまった洸はただ一人部屋でパソコンの画面とにらめっこしている。どうも集中すると時間の感覚がなくなる。いつもは時間になると力づくで止めてくれる先輩も休みで、機械的に「お疲れ様です」と繰り返して気づいたら自分一人だった。
さすがに馬鹿すぎたな、と自分にうんざりしながら彼は自身のパソコンのファイルの整理を行う。こんなことしても帰れないのは変わりない。
「帰省か…」
卓上カレンダーを見て洸はつぶやく。
帰るところはない。もう慣れた気がしたのに、ふと思い出すと寂しい感情が湧く。
もしも怪人にならなければもっと違う人生が歩めていただろうか。
このような仕事もせず、人も殺すことなく、どこかで平平凡凡に生きている自分もあり得たはずだ。
そんな想像を洸は苦笑いしつつ首を振った。
今目の前にあるのが現実だ。もしも、で世界が変わるなら苦労することは何もない。
それに、翔子と知り合うこともできなかっただろう。
「……」
カバンの底を探り、小さなケースを取り出す。
中には金色の――teneburaeを液状化させたものが小瓶に収まっていた。
一つを手に取り目の前に持ってくる。水銀のような粘度だ。
「失踪した先代の魔法少女喰いか…」
あと三人、魔法少女を殺してしまえば翔子も消えてしまうのだろうか。
それだけはなんとしてでも止めなければならない。
この身をもう一度怪人にするという犠牲を冒してでも、翔子を守りたい。洸が今ここに居られるのは翔子がいるからだ。
もはや、一種の狂信であることを彼は自覚しているのだろうか。
「事務局は先代のマジカルイーターを認識していたのかな」
三十年も前、とリンリン先生は言っていた。
魔法少女のデータベースを開いて遡る。
さすがにそんな犯罪行為をしている魔法少女をどうどうと載せているとは思わないが。
ゆっくりとスクロールしていると妙な部分に気付く。
一行だけ空白なのだ。削除したならばその行ごと消してしまえばいいのに。
洸は、まるでそこに誰かいたことを完全には消したくないという意思が残っているように感じた。
奇妙だと思いながらその下にいる少女の名前に気づき、クリックする。
「へえ…」
そういえば、翔子も自分の母親も魔法少女だったと言っていた。
このような魔法少女名だったのか。ざっとマジカルステッキの欄や家族構成などを見る。
「…ペアの魔法少女が居たんだ。でも、ここも削除されている…? なんでだろう」
首を傾げながら彼は名前を目でなぞり、読む。
自分が懇意にしている少女が知りたがっている名など露ほども知らないで。
「佐藤凛子――魔法少女名は、マジカルソルト」