data1 調査対象:????/マジカルソルト 7
魔法管理事務局は、魔法少女たる14歳の少女たちを守ることが目的だ。
翔子にとっては「嘘つけ」と言いたくなるようなことだが、もともとはそれが目的で設立されている。どこで間違えてしまったかはさておき。
魔法少女の期間にある少女が死亡、および行方不明というのは今まで聞いたことがない。
手厚く――見張っているのだから。誘拐沙汰だとか傷害事件になれば事務局は黙っていない。ある意味、同年代の少女たちよりも身は守られているだろう。
「監視されていれば、危ない目には合わないもの…」
洸に聞けばわかるだろうか、と彼の電話番号を呼び出したところで翔子は首を振った。
彼の仕事をこれ以上増やしてはならないと踏みとどまったのだ。マジカルパーピュアの件も、もはや業務の一つのように調べているようだから、このことも同じく真剣に取り組んでしまうはずだ。
さすがにこれ以上は過労死してしまう。
それに、なにか――とてつもなく嫌な予感がする。
感覚的なものでしかないが、翔子は第六感を信用することにしている。その嫌な予感に洸を巻き込むのは、気が進まない。
翔子は墓参りの片づけを手早く済ませ、帰りのバス停の元へ歩いていく。
帰りがけに檀家用の小さな駐車場を見てみたが、あの親子はすでに帰ってしまったようだ。
バスを待つ間に翔子はスマホを取り出して検索エンジンにつなぐ。
試しに【魔法少女 行方不明】と検索してみるものの、目ぼしい情報はない。
せいぜいが、元魔法少女が行方不明になっただとかトラブルになった記事ばかり。…魔法少女であったときの全能感を忘れられずに無茶をしたり、平凡な人間に戻ったことに耐えられず自棄になる少女もいるのだ。
何ページか目を通してみても、関係ないものばかりで埋め尽くされている。
「……」
少し考えて、翔子は【志生野 魔法少女】と入力した。
魔法少女の個人情報はすべて本人や家族が漏らさない限り、厳重に管理されている。だからこんなことをしても出てくるはずがないのだ――と、己の軽率な考えに鼻で笑った時だった。
予測変換が、出た。
「…え?」
思わず驚きの声が上がる。
当然だ。【志生野 局長 魔法少女管理事務局】と出てきたのだから。
歴代の局長の名前を翔子は知らない。徳川家以上に興味がなかった。
偶然の一致だろうと思いつつもまずは|インターネット百科事典を開く。
ざっと見ると死亡した年月日が書いてある。今からだいたい二十年ほど前だ。故人なのかと思いながら翔子はさらに下へスクロールしていく。
経歴がずらずらと並べられている。どうやら局長をしていたのは三十年ほどまえのことらしい。ということは、魔法少女喰いのことも知っていたかもしれない。
「乗らないんですか?」
「乗ります!」
いつの間にか来ていたバスが、突っ立ったままの翔子を催促する。慌てて彼女はバスに乗り込み座席につくと、続けて調べる。
過剰摂取のち首つり自殺で命を絶った、と書いてある行で翔子はしばらく手を止めた。その行から上へ遡ると、どうやら所長についていた時期から行動がおかしいことがあったようだ。診断として躁うつ病とあるが、注略で『出典は?』と書かれている。
降りる停留所を気にしながら、翔子は他のサイトを周っていく。
【発狂した魔法少女管理事務局長】
【何故? 歴代局長の謎めいた死】
【魔法少女管理事務局HP 局長便り】
どんな顔をして小前田は局長便りなど書いているのか少し気になりながら、翔子は片っ端からサイトを巡回していく。どんな情報が欲しいのか、彼女自身も分からなかった。
「あ、降ります」
目当ての停留所で彼女は降りると、日陰の下でさらに検索を続ける。
実家に戻ってからの方が涼しくて快適だと分かってはいるが、今ここで何かを見つけ出したいという焦燥感が彼女の足を止めさせていた。
「発狂に、鬱に…そんなに激務なのね、局長って」
独り言ちながらひとつのホームページをざっと見る。粗悪な作りで、更新もずいぶん前にとまっている。
ガセネタも時々混じっており、期待はしてなかったがあるところで目が止まった。
【関係者によれば、志生野元局長はしばしば幻覚を訴えていた。就任していた時期に行方不明となった実娘が影響しているとみられる。】
「――…行方不明の、娘…」
もう少し細かく書いていてもらいたいが、そこで実娘についての情報は終わっている。図書館に行き新聞で調べようにも、名前はおろかいったいいつ行方不明になったのかが分からない。これ以上の情報は探しても出てこなかった。
行方不明になった少女と、発狂死した局長、そして『志生野ユウ』に似ている『佐藤翔子』。
なにか、何か絶対に裏でつながっているはずだ。しかしそれが何なのかは不明のまま。
待てよ、と翔子は思う。
同じ寺の檀家ということは、祖父母も多少は志生野家のことを知っているのではないだろうか。
そう思うが早いが、翔子は駆け足で家まで戻った。
「――ああ。知っているよ」
ちょうど帰ってきていた祖母へ志生野の名前を出すと、なぜか少し苦い顔をしながら頷いた。
「あのバカの幼馴染さ。前はそばに住んでいたけど、引っ越した」
「リンリン先生の…?」
「そう。いい子だったよ。中学で…転校してね、それからさっぱりだ」
言い方から、行方不明になったことは知っているようだ。隠しているように聞こえる。
「志生野さん家がどうかしたのかい」
「お墓参りしてたら、志生野さんっていうおばあさんに話しかけられて」
祖母は目を見開き、翔子を見る。
つられて翔子も驚いてしまう。そこまで過剰に反応するようなことなのか。
「墓参りで戻ってきていたんだね…なにか言われた?」
「あ、ううん、なんか…ユウって。ユウって誰かなって」
「あんたは」
典子は力一杯に翔子を抱きしめた。
「あんたは、翔子だよ…誰に似てるって言われても、気にするんじゃない」
「おばあちゃん…」
普段はさばさばした祖母の、異常な行為だった。
そして皮肉にも翔子は確信した。
この姿は『志生野ユウ』という少女にそっくりであることを。
そして――そして、生みの親であるリンリン先生が、分かっていないはずが、ない。
加えて、『志生野ユウ』がリンリン先生の幼馴染であるなら。小前田局長も、『志生野ユウ』と面識があってもおかしくはない。
…ほんとうに自分は『佐藤翔子』なのか?
頭がごちゃついて、めまいがする。
翔子は黙って祖母を抱きしめ返した。ここにいることを、証明したくて。