data1 調査対象:????/マジカルソルト 5
リンリン先生の骨の未来について話がある程度まとまったところで、典子は立ち上がり電子レンジでホットミルクを作る。
ぬるい温度のそれを翔子の前に出した。翔子は礼を言って口に含む。甘いはちみつの味が口内にふわりと広がった。
「――わたしね、ときおり思うの。もしもわたしが魔法少女になりたいなんて言わないで、実験に参加していなければ、もしかしたら」
もしかしたら、四人で仲良くやれていたのではないか――。
平日は親子二人で暮らし、休日はここへ通うような日々を。かつてはそうやって生活していた。
カタチこそ多少変わっても、似たような形で過ごせていたのではないだろうか。
七年前。翔子が魔法少女になれないと落胆し、学校を休んだあの日。
いつもより早い時間にぽつんと郵便受けに入っていた、一通の翔子宛の封筒。手紙の内容は、『人為的ではあるが魔法少女になる実験に参加しないか』というものだった。
それこそが、翔子のその後の運命を決定づけるものだった。
危機管理が低い年頃の、しかも憧れのものになることが出来ずに打ちひしがれていた少女の興味が傾くのは、必然であっただろう。
もう少し冷静であったならば、ゴミ箱に投げ捨てていたのに。その後に起きる悲劇ごと。
「翔子が黙っていても、いずれは破綻していただろうさ」
典子はすっぱりと甘い幻想を破る。
「あのバカ娘は遅かれ早かれ指名手配は食らっていただろうし、あの時翔子が実験に参加する気がなくても…」
典子は苦々し気に紫煙を吐きだす。
「いずれは、実験に差し出されていたかもしれない」
「……」
うっすらと自分でも思ってはいたが、他者の口から出るとやはりショックだ。
もしもリンリン先生が翔子を実験に参加させたくなければ、まずそんな手紙を出させないようにしていただろうし、翔子が自分のラボに入ることを許さないはずだ。
だが、それらすべてを許している。
翔子が実験に参加することを認めたにほかならない。
さらに、当日になるまでリンリン先生はプロジェクトに関わっていることを一切翔子にしゃべらなかった。
「そうか、これを話すのは初めてになるんだね…。あんたにとっては嫌な話だろうが、それも当然覚悟できているんだろう?」
「うん」
翔子は張り詰めた表情で頷いた。
「じゃあいい。…翔子が14の誕生日を迎えてから、連絡をよこさなくてどうしたのかと思ってバカ娘に連絡をしたんだ。あいつは『心配ない』しか言わなかった」
「……馬鹿正直に娘を相手に実験していますとは言えないものね」
「ぱったりバカ娘とも連絡が出来なくなって――それから少しして驚いたよ。あたしたちが一日家を空けている間に、あのバカが使っていた子供部屋がこざっぱりしていたんだから。何を持ってかれたかっていうと――」
「アルバムとか、写真。あとは昔の教科書とかだっけ?」
「そう。何が恥ずかしいんだか、学生時代のものを全部持ち出していてね。あとは雑誌も何冊か持って行っていたっけな」
まるで自分の過去を消し去るように、すべてをリンリン先生は持って行ってしまった。
ただ一人、翔子という存在を残して。
「事を知ったのが、実験が明るみに出た半年後だ。あんたは言葉を話せない状態で発見され、他の子たちは…いや」
典子は首を振った。
「ともあれ、バカ娘はまたたくまに指名手配を受けてさっさと国外逃亡した。潔く捕まらないあたりがどうしようもないね、あの娘は」
「はは…」
「それで…これは身内バカかもしれない。でもたまに、じいさんと変だなって言いあうんだよ」
「なにを?」
翔子の質問にすぐに答えず、典子はすっかり灰に変わってしまった煙草を灰皿に落とし、もう一本に火をつけた。
「凛子が、失敗なんてすると思うかい?」
「――え?」
思わず面食らう。
そして、確かにリンリン先生が、自らが携わるプロジェクトをあんな大失敗で終わらせたのも妙な話だと思う。
かつて、リンリン先生が大学で研究していた時は(もちろん多少の失敗はあったそうだが)学会で注目される成果を導き出していた。
彼女は、天才だ。
それはプロジェクトに参加した研究員たちも同じだ。全員が、天才ともいえる人間だったと言われている。
「アレは自分の興味や好きなことならどこまでも追及する人間だ。他すべてを0にしても、決めたことは100にしないと気が済まない面倒極まりない人種なのさ」
「でも、だって、魔法少女なんて不確定要素が多すぎるし…」
「そんな不確定要素をあいつが潰さずに無視するかい?」
意味も分からず、嫌な汗が翔子の額から流れる。
「だってそれは実験を行ったのがあれが最初で最後で…だから、ぶっつけ勝負だったんじゃないかな…」
「言い方は悪いが、18人しか実験参加者はいなかったんだろう? 危険の大きそうな実験で、それだけの数しか集めなくて、大失敗なんて…リスクを考えてないじゃないか」
「確かに…どうして…」
典子は手を伸ばして、困惑する翔子の髪をかき回した。
「妙な話だろう? だからじいさんとキナ臭い話だってよく言い合っているのさ。…翔子」
祖母は、孫娘に心配そうな目を向けた。
「…怖がらせるつもりはないが、ばばあからの小言だから聞いてやってくれな。――凛子の中で実験はまだ終わってないと、あたしは思うんだよ」