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case0 佐藤翔子/マジカルシュガー 2

 図書館から出たころには空は茜色を飲み込み群青色に変わりつつあった。

 キャンパス内の電灯にも灯りが入り、本格的な夜の到来を待ちわびているようでもある。

 しばらくその様を眺めた後に翔子は歩き出す。


 彼女が向かっている西門はバス停にもっとも近い門だ。自転車やバイク通学なら東門だが、翔子はもっぱら西門を使用していた。

 耳に嵌めたイヤホンから流れる音楽の歌詞に意識を傾けながら門から一歩踏み出た時、視界の端に覚えのある人影が見えた気がしてそちらに目をやる。相手も同じく翔子に視線を向けた。


「待ちくたびれたよ」


 若い男だ。こげ茶色の少し跳ねた髪、アーモンド形の瞳。どこか影を感じさせはするが人懐こい顔で、洗いざらしのシャツとジーパンがよく似合う。このままキャンパス内を歩いていたとしても怪しまれることはないだろう。


「…久しぶりね、コウくん」

「三ヵ月ぶりかな、翔子ちゃん」

「実際に会うのならね」


 日向洸ヒナタコウ。25歳。

 かつてtenebraeテネブラエによって怪人となり、マジカルシュガーと戦った一人だ。

 佐藤翔子がマジカルシュガーだと知る事務局員や技術者以外の付き合いでは最長に入る。

 すべてのtenebraeテネブラエを吐きだし、ヒトの形を取り戻した後でもずるずると付き合いは続き、気が付けばここまできていた。

 洸にどのような心境があったのかを翔子は知らないが、確かなことと言えば魔法少女管理事務局の職員となっていた。しばらくは北海道支部に回されていたが一年前にこちらへ異動してきた。

 互いに正体を知っていることと、その裏事情も把握しているので気の置けない友人関係と言ったほうが関係を表すには正しいだろう。チャットアプリのID交換はしており頻繁ではないにしろやりとりはしている。


 そんな関係ではあるが、今の翔子はわずかな苛立ちを感じずにはいられない。


「どうしたわけ? また監視しろって?」


 魔法少女になって以降の入院を含めた中学時代、そして高校の前半まで翔子は事務局から直接的・間接的な監視を受けていた。

 希少な成功例として研究のために軟禁されなかっただけマシだとは翔子も思っているが、それでも朝も夜も動向を監視され、挙句の果てには友好関係までも把握されていては気分が悪くなるどころの話ではない。

 結局、高校二年の春に根負けした彼女は自らの身を事務局に売り渡した。改めて実験体モルモットであると宣言したようなものだ。それが狙いだったのかと思うぐらいの速さで監視は解かれた。

 いくら友人のような関係だからと言ってももはや洸は事務局の人間だ。翔子は再びの事務局による監視の可能性ぐらい考えていた。


「いや、サポートだよ」


 洸は鋭い視線にも怯える様子はなく、あっけからんと答えた。

 翔子も予想とは違う言葉に目を瞬く。


「…サポート?」

「うん。込み入った話になる。車内で話そう」

「車で来たの? 誰と?」

「僕一人。車は事務局のだけどね」

「じゃあ、東門までいかないと駄目ね」

「ここからで大丈夫だよ。近くに止めたから」

「路駐?」

「路駐」

「呆れた」


 この時間帯ならやかましくは言われないだろうが、もう一時間前だったら確実に大学側はうるさかっただろう。

 白色のマーチが確かに路上に止められていた。特に違反通告の紙は見当たらず、運よく免れたようだ。

 翔子が助手席に乗り込み、シートベルトをするのを見届けると洸は車を発進させた。実家には大型バイクしかなかったというのもあり車に乗る機会はそこまでなかった。そのため人の運転する車に乗るのは奇妙な感覚だ。翔子としてはいまだに慣れないもののひとつでもある。


「…さて、サポートの話だけど」


 赤信号で止まると、ラジオのボリュームを絞って洸は切り出した。


「マジカルイーター。きみ、相変わらずネーミングセンス悪いね」

「放って

おいて」


 怪人としての洸と対峙したときにも同じことを言われたと思い出して翔子は唇を尖らせた。

 洸の場合、思考はわずかに残っているタイプだったのでそのまま洸の考えが出てしまったのだろう。つまるところ本音である。

 何度か技名のセンスがないと言われ、そのたびマジカルシュガーも返答の代わりにボコボコにしていた。よく洸の身体も生きていたものだ。怪人でなければ死んでいただろう。


「小前田局長から辞令が下ってさ。ひとりでノラ狩りなんて大変だろうと、なじみの深い僕が選ばれたわけ」


 いったい誰のせいで――と思わなくもない。ほとんど上層部のせいだというのに。

 それに、小前田は善人のような行いをしながらその行為はすべて打算的だ。何を企んでいるのかは知りもしないがろくなことではないだろう。


「なるほど。貧乏くじね」

「貧乏くじなんて僕の相手が君だったあの瞬間から引き続けているよ」


 減らず口の頬をつねると、翔子はため息をついた。


「わたしが何を行うのか知らないとは言わせないわよ。わたしの性格も」

「すべて承知の上だ。承知しているからこそ、ここにいる」


 洸は淀みなく言う。

 翔子の表情からは感情を、その胸の内を読み取れない。ただぼんやりとした瞳で流れる景色を追っていた。

 わずかに手を握り締めたことに彼女自身は気づいていたのかどうか。


「君が女王クイーンとして罪人の首をはねるのなら、僕は女王に仕える執事バトラーになるよ」

「魔法女王ね…。そんなあだ名をつけられた時期もあったわ」


 翔子は洸の横顔を見る。

 洸もまた、一瞬だけ翔子の目を見る。


「まあ、いいでしょう。あなたがいるなら多少は心強いわ」

多少は・・・?」

「わたしのほうが強いから」

「おっしゃる通りで」


 翔子は、マジカルシュガーは、マジカルイーターは、笑う。


「一緒に罪を背負ってちょうだい」

「ご随意にどうぞ、女王様」

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