case3 勧誘対象:住盛もえぎ/マジカルシーブルー 8
岡崎は二、三度瞬きをした。
質問の意味がわかりかねる、と言わんばかりだ。
「どうしてそのような質問を出したか、説明したほうがいいかしら?」
「お願いします」
「わたしの――マジカルシュガーの魔法少女の衣装が変化しつつあるのよ。今まで終了させたノラ魔法少女の衣装と同じパーツが増えていくの」
すでに洸を通して報告はしている。
手の爛れはまだ長袖を着たり後ろ手に回すことでごまかしは利くが、魔法少女時の格好そのものが変わってしまっては隠せない。むしろ報告しなかったことを責められてしまう。
そのために素直に言うことにした。そのことに対し、今の今まで上層部からは何も言ってこない。それが逆に気持ち悪いのだが。
「元の、マジカルシュガーとしての部分が失われていく。これからノラ魔法少女を終了させていくたびに、ひとつまたひとつパーツが増えていって、ひとつまたひとつ私のパーツが減っていくの」
七年間付き合ってきた姿が見慣れないものになるのは不安が大きい。
いい意味でも悪い意味でも変わらないとしていた姿が、自分の意思とは関係なく変わる。
そのことが翔子の心をじわりと浸食している。
「マジカルシュガーとしてのわたしが、消えていく。だから質問。マジカルシュガーはどこまで残っていればマジカルシュガーでいられる?」
テセウスの船問題だ。
全部の部品が置き換えられた時、それは同じものなのか。
それと同じように、全部が他の魔法少女のパーツに置き換えられた時、そこにマジカルシュガーはいるのか。
「…簡単な答えで申し訳ないのですが、マジカルシュガーを名乗っている限り、マジカルシュガーではないでしょうか」
「本当に? わたしが真っ赤な髪になって、中世貴族みたいなドレス姿になって、今のマジカルシュガーと全然違っても、マジカルシュガーだと言える?」
「あなたがそう名乗れば」
「名前だけしかマジカルシュガーという部分は残っていないわ。それなら誰だってマジカルシュガーになれてしまうはずよ」
興奮気味にしゃべる翔子に岡崎は落ち着くよう言う。
「例えばですよ、翔子さん。化粧と髪形をがらりと変えた友人がいるとしましょう。その人のことを別人と呼びますか?」
「…呼ばない」
「そういうことですよ」
岡崎はこれで納得すると思ったようだ。
だが、翔子はなお質問する。
「なんで、呼ばないの? 中身が一緒だから?」
「その変化した部分も含めて友人だからですよ。変化しない人間なんていません、日々少しずつ変わりながら――」
そこで、岡崎は自身の発言の間違いに気づいた。
変化しない人間などと。
万が一にも翔子の前で、そんなことを言ってはいけなかった。
実験の失敗により18人の少女のうち、死亡が9名。身体欠損が3名。重度の精神汚染が4名。内臓異変が1名。
そして、残る1人、佐藤翔子は不変の身体を後遺症として背負うことになった。
実年齢は21歳。現在大学二年生だが身体年齢は14歳で止まったままだ。
変化をできないからこそ、変化を恐れる。
生物の理から半ばはぐれてしまった彼女にとって、変わっていくという摂理は納得できるようなものではない。
「…わたしには理解できない話だってことは分かったわ」
「佐藤さん――」
「細胞の入れ替わりなんていうレベルじゃないのよ。わたしのアイデンティティが、減っていくの。佐藤翔子からマジカルシュガーをのぞいたら何が残るというの?」
「……」
14歳以後の佐藤翔子はマジカルシュガーの存在によって構成されている。
そのマジカルシュガーの基盤が崩れたら、当然佐藤翔子も共に崩れ落ちるということになる。
それは、個の損失だ。
「魔法少女喰いになろうと確かに自分で決めた。本当に魔法少女を喰らって成長しているなんて…笑えないわ」
岡崎はその言葉に疑問を覚える。
彼は――
「では、どうして魔法少女喰いと名乗ったのですか?」
――三十年前、最初の魔法少女喰いのことを覚えていない。小さな子供だったから。
そして当然翔子も生まれていない。
翔子は何を言われたか分からないといった顔をする。
「どうして歩けるのか」と単純な質問をされた人のように、質問された意味が分からないようだ。
「だって、それは…」
彼女は黙り、口に手を当てた。
続きの言葉を言えない。口に出す前に、疑問が浮かんでしまったのだ。
何故この名前にした?
小前田に指令を言い渡されたとき、翔子は「魔法少女喰いと相成りましょう」と確かに宣言した。だが――どうしてあの時、その名前が出てきたのか。
記憶をたどっても、翔子が名前を言う前に小前田からはその名前は一切出てきていない。
自分で考えたにしては、なにかひどい違和感がある。
なにかひどいつっかえが喉にあるみたいだ。
「リンリン先生の部屋に、魔法少女喰いのスクラップが置いてあったのよ…それを見て、ずっと覚えていたのかも」
前回のカウンセリング時にリンリン先生と翔子の繋がりを明かしている。
そのため岡崎はそこに関しては口を挟まなかった。
「あなたの前にも居たのですか。魔法少女喰いが」
「そう。思い出したのがたった今だから、ネットで検索して出てくるかは試していないけど。ずいぶんときも経っているから都市伝説的な扱いかもね」
「ははぁ…」
「でも、なんでスクラップ帳があったのかしら…。リンリン先生は自分の本棚を漁られることが嫌いで鍵をかけていたし、海外逃亡前に自分のものはすべて処分していたのに」
写真もすべてなくなっていた。
だから、翔子は母親と撮った写真を一切持っていない。
顔の記憶すらぼやけているため、街でたまたま会っても気づかない自信がある。
「どこでそれを読みましたか?」
「…たしか、わたしの部屋よ。小さいときから自室があったの。それで、自分の本棚の魔法少女の特集雑誌と、絵本の間にあったわ」
「…なにかおかしいです」
「え?」
「どうして凛子先生のものがあなたの部屋にあったのですか?」
「……確かにそうね。あんなに厳重に管理していたのに、それだけわたしの本棚にあっただなんて」
「間違えたのでしょうか、凛子先生」
そんなポカをするわけがないと、翔子が一番よく分かっていた。
リンリン先生は私生活に関しては怠惰の塊であったが、少しでも仕事が絡むと彼女は別人のように変わる。そして自分の仕事に関連したものは病気ともいえるほどの几帳面さで管理していた。
娘の翔子は結局一度もリンリン先生の自室に入ったことがない。普段はほとんど怒ることもない母が、ドアを開けただけで叱り飛ばしてきたのをはっきりと覚えている。そのときちらりと見えた室内は、リビングや幾多ものシャンプーが転がる風呂場のように散乱しておらず惚れ惚れするほど綺麗に整理されていた。
そんな彼女が――それなりの大きさを持つスクラップ帳を誤って娘の本棚に入れるか?
リンリン先生はアルコールが飲めないので酔っ払って入れたとも考えにくい。
ならば、出される答えは一つ。意図的に、あの場に置いた。
――なんのために?
翔子は、自分から血の気が引いていくのを感じた。
あの娘すら実験に差し出すような研究員は、娘が魔法少女になることと、それよりもっと先のことを考えていたのではないか?
ありえないと思いつつも、納得できてしまう。
あのスクラップ帳は仕組まれていた――。
それも、幼少期から。
凛子が魔法少女喰いのことをわざと幼い翔子に見せて刷り込むことで何をしたいのかは、本人ではないから語ることが出来ない。
だが「魔法少女喰いにはなってほしくない」という願いは含まれていないはずだ。
これから先、凛子は何を期待しているのか――…。海外に逃げている彼女が行えることなのだろうか。しようとすれば出来るのかもしれない。佐藤凛子は、天才だから。
翔子は頭を抱えながらすっかり冷めてしまった紅茶を一息に飲み干す。
心配そうに見ている岡崎に向け、翔子は青白い顔をしながら僅かに微笑んだ。
「…考えることが多くなっていくわね。ありがとう、先生。答えは出なかったけど、自分の現状を知ることは出来た」
「お力になれず申し訳ありません」
「いいの。迷ったらまた来るわね」
まずは先代の魔法少女喰いについて調べるべきだ。スクラップ帳はまだ実家にあっただろうか。
そして、その魔法少女喰い(マジカルイーター)がどういうことをしていたかを知らなければ。その後どうなったのかも。
「岡崎先生、はやく志島先生と仲直りしてね」
返事を待たず、翔子はドアを閉めた。