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case3 勧誘対象:住盛もえぎ/マジカルシーブルー 7


「これ、お土産」


 魔法少女管理事務局東日本支部、医務室。

 『海の仲間がたくさんはいったよ! チョコ&バニラクッキー』を診察台の上に乗せた。

 パッケージに書かれているウインクするアザラシのイラストを見ながら志島は一言言う。


「頼んでいませんが」

「チケットを貰ったお礼よ」

「私、甘いものは嫌いなんです」


 一歩間違えたら大乱闘が始まりそうなセリフだった。

 翔子と志島は見つめあう。やがて、翔子が口を開いた。


「そう。じゃあわたしが食べるわね」

「どうぞ。ただし医務室で食べられてカスを零されることには我慢がいきません」

「なら休憩室で食べようかしら」

「カウンセリング室に行かれては? あそこは店員と無料のコーヒーがありますよ」


 皮肉たっぷりの言葉に翔子は首を傾げる。

 フィジカルの志島とメンタルの岡崎。確かにマジカルイーター関連で関わりはあるだろうが、それ以外で接点があり、そしてここまで悪く言うような間柄だったのかと不思議に思ったのだ。

 特に岡崎は赴任してまもない。――と考えて、七年前ふたりは研修医と助手という身分であり、やはり翔子を中心とした接触はあったはずだ。

 しかし、久しぶりの再会なのにここまでけちょんけちょんに言うことがあるだろうか。


「何があったの? 志島先生と岡崎先生の間に」

「あなたに語ることはありません。しいて言えばあのヘタレチキン男が仕事を断れなかったのが悪いのです」


 たぶん全部語っている。

 志島の前の丸椅子に座って左手を差し出すと彼女は慣れた手つきで包帯を取っていく。


「…あ、もしかしてあなたが行く予定だった相手って…」

「そうです。一か月前から空けておいてといったのに、すっかり忘れて仕事を入れているのですから本当に救えない。脳みそにスケジュール帳でも突っ込んでおくべきでしたね」


 語ることはないと言いながら、ずいぶんと喋る。

 おそらくは今まで誰にも話さずに我慢してきたのだ。局内でもそのドライな性格から皆に一歩置いて接されている彼女のことだ、存分に愚痴を言える相手が欲しかったのだろう。

 これまで志島とは特別親しい仲ではなく、業務的なやりとりしかしてこなかったのでこうまで感情を吐露できる人間だとは知らなかった。

 ここまで話すようになったのは魔法少女喰いマジカルイーターとなってからだ。翔子が魔法少女喰いになると聞いたときに彼女の中ではいったいどんな変化があったのか。


「他の人誘えばよかったのに」

「はい?」

「志島先生にも気の置けない友人は一人ぐらいいるでしょう? その人と行けば良かったんじゃないかしら」

「…それはいますが…。待ってください、認識が食い違っている」

「え?」


 処置をする手を止め、志島は困惑した表情を作る。

 表情もそうだが処置を止めることをめったにしないのでだいぶ珍しい事だ。


「佐藤さん、質問しますが…あなたは――恋をしたことはありますか?」

「突拍子もないわね」

「ふざけていません。真面目に聞いています」

「恋ね。恥ずかしい話、したことはないわ。一人で遊んでいるのが楽しい子供だったから」


 かつての佐藤翔子はそうだった。

泣き虫で、寂しがり屋で、しかし人とのコミュニケーションがうまくいかない子供。人の顔より足元を見ていた記憶の方が多い。

父が居らず、母も仕事でほとんどいない。まわりに引け目を感じて育ってきた結果だろう。

 恋をするほど人に関わろうとはしてこなかったし、知ろうと思わなかった。


 そんな内向的な子供が実験によりぐちゃぐちゃにされた結果、出来たのが今の佐藤翔子だ。再構築というより、作り直されたの方が正しい。だから昔のことを振り返ってみても懐かしいというよりは一つの映画を見ているような感想しか浮かばない。

 13歳までの翔子は死んだ、と今の翔子は思っている。


「…ああ、なるほど。それなら理解できないのも納得です」

「なによ。それとこれとがどういう関係があるの?」

「なんでもありません。岡崎と私の間に横たわる複雑な感情をあなたは理解できないことが判明しました」

「馬鹿にしてる?」

「だいぶ」


 翔子は唇を尖らせた。志島は気にすることなく爛れた手の様子を見ていく。

 皮膚と爛れの境界線を細い指でなぞられるとびくりと動いてしまう。痛いというよりくすぐったい。

 志島は手書きでカルテに何ごとか書きながら小さく言う。


治っていません・・・・・・・。しかし悪化もしていません・・・・・・・・・

「どういう…」


 し、と志島が指に手を当てて静かにするようにジェスチャーを送る。翔子は言葉を飲み込んだ。この部屋は盗聴器が仕掛けられている。いつも聞かれているわけではないにしろ、念には念を入れるべきだ。

 メモに何ごとかを書くとそれを翔子に渡した。


【ただの傷ではありません。固定されていると私は感じます】


 固定と書かれているところを指さして志島は付け足した。


【まるで、時が止まっているみたいです。これ以上良くもならなければ悪くもならない。出来るだけ処置はしますが】

「そう」


 ただの傷ではないことは予想出来ていたが。しかし、治らないというのは不便だ。

 大学の友人たちには「料理中に失敗した」とごまかしているのに、いつまでも包帯を巻いたままでは怪しまれてしまう。

 どうするべきかと考えている翔子の前で志島はくるくると包帯を巻く。


「あのヘタレチキンに会うなら言付けを頼んでいいですか?」

「いいわよ。どちらにしろカウンセリングも受けないといけないし」

「では、このように――」




 数十分後。カウンセリング室。


「――『失敗の言い訳をすれば、その失敗がどんどん目立っていくだけです』」

「……」

「ということよ」


 岡崎と翔子の間にあるテーブルには紙皿があり、そこに『海の仲間が入ったよ! チョコ&バニラクッキー』の中身が出されている。岡崎側にはコーヒーが、翔子側には水で埋めた紅茶が置かれていた。

 ひとまず志島の言付けを伝えると翔子はクッキーをかじった。値段の割には美味しい。


「…どっかで聞いたことのある言葉ですね。ゲーテ…いや、シェイクスピアか」

「まず元ネタを考えるの?」

「いやあ…非常に怒っていますよね、これ。僕が口実を作って最近彼女に近寄らないことに対して腹を立てているって解釈でしょうか」

「冷静に実況者みたいな感想言っていていいの? さっさと謝るか何かしないとさらにこじれていくわよ」

「佐藤さんがすごく大人っぽい…」

「大学生になると同時多発的に周りに修羅場が生まれるのよ。男女の関係は理解できないけど、なあなあにしているともっとひどいことになるというのは分かるわ」


 一番ひどいのがサークルの姫であった友人が男子からの告白をのらりくらりと避けていたら誘拐沙汰になったことだ。たまたまその場に翔子と三久が居てためらいなく通報したから良かったものの、拗らせると大変なのだなと二人して感じた。


「肝に銘じておきます…」

「あなた、カウンセラーなのに人の心は読めないのかしら」

「よく言われるんだけど、佐藤さんは『魔法少女なのに空を飛べないの?』と言われたらどう思います?」

「魔法少女は飛ばない」


 飛んでいるように見えるのはジャンプの連続であることと、跳躍距離が長いからだ。

 魔法少女とてある程度の重力には支配されている。


「それと全く同じ。カウンセラーだからって人の心が読めるわけではないよ。機敏は察せるけど」

「機敏は察せるのに志島先生のことは察せないじゃない」

「君、あれですね!? 自分のことじゃなければ饒舌に話せるんですね!?」


 あまり話したくない自分のことよりは、第三者目線から見た他人の行動に口を出したほうがしゃべりやすいと言うものだ。


「わたしは誰がどうなっても関心がないからいいのだけど、わたしを担当している人たちがぎすぎすしていると居心地が悪いから早くなんとかしてほしいのが本心よ」

「佐藤さんは容赦がないんですね…」

「曖昧に言う必要もないから」

「…了解しました。ここは思い切って謝りに行きます。志島さんメス投げてこないといいんだけど…」


 この男が余計なことを言って本当にメスを投げられないように祈るしかない。

 志島についての話は止めて、翔子は紅茶を飲む。やはりこのぐらいぬるいほうが飲みやすい。砂糖が溶けにくいのが難点だが。

 二人は無言でクッキーを摘まみ、飲み物を口にする。

 次の話題が見つからないのではなく、次の話題へ行くためのタイミングを計っているのだ。


 やがて、翔子が口を開いた。


「先生。どこまで元の部分が残っていれば、同じだと言えるの?」


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