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case3 勧誘対象:住盛もえぎ/マジカルシーブルー 3


 翔子が水族館のチケットを貰う一週間ほど前。

 日向洸は、佐藤凛子に出会った。


「魔法少女管理事務局の場所を知りたいのよ。私、久しぶりすぎて全然覚えていないの」


 国際手配を受けている人間が堂々と市街地にいるという事実がまず洸を驚かせた。

 パーカーに長ズボンと非常にラフな格好をしているのも驚いたが。

 規模が大きすぎて国際手配の顔写真など民間の場にめったに出てこないとはいえ、仮に通報されたら一発で捕縛されるに決まっている。

 しかも魔法少女管理事務局前にいたということは、ここに用があったということだ。よりにもよって犯罪者として追われるきっかけになった場所へ行こうとしていたのか。

 どうするべきかと洸は判断に迷う。事務局へ通報してしまうべきか、それともこのまま見なかったことにするか。保身のために人を殺すような職場がわざわざ国際手配犯を招くとは思えない。


「…なにか、ご用ですか?」

「南村大介って男に会いたいのだけど」


 今もなお洸の頬を腫れさせる原因の名前がなぜか出てきた。

 これは通報したら南村も一緒に捕まってしまうのではないだろうか。違う課だというのに今までちょくちょく気にかけてくれた人間を売る気にはなれない。

 それに、いま南村がいなくなったら今後終了命令が出されたときに見も知らない職員が運転手役になるのは想像しただけでも辛かった。


「あの…その前に、こちらからいいですか?」

「なにかしら」


 愚問だと自分でも思いながら、それでも質問する。


「佐藤さん、あなた、国際手配受けていますよね…?」


 周りに人どおりはなかったが念には念をいれて二人の間でしか聞き取れない声量を出す。

 リンリン先生――佐藤凛子はあっさりと頷く。


「ええ。この前調べたらアメリカでは推定3500年の禁固刑、スペインでは推定6000年の禁固刑、中国では死刑が出ることになっていたわ。桁が大きすぎると現実感無くなるわね」

「日本だと…?」

「終身刑は確実よ。実際のところどうかは知らないけどね」


 そこまでの罰を受けると知っているのになぜ何の対策もしないのだろうか。

 いや、洸だって指名手配犯をすべて覚えているわけではなく翔子にかかわりがある人物だったから記憶に残っているだけなのだが。いっぽうで記憶力のいい職員は事務局に何人もいるため大手を振って歩けるわけがない。

 かといっていつまでもここで話し込んでいるのも賢くない。


 洸は少し迷って、佐藤に「ちょっと待ってください」と一言置いてから南村に電話をかけた。

 いま、彼は千葉支部に日帰り出張している。終了命令と通常の仕事は別物として扱われているのが悲しい。


「…もしもし。日向です」

『もしもし? どうした、もう例の仕事が――』

「あなたを訪ねて女の人が事務局に行こうとしているんですが…」


 電話の向こうで南村はフリーズしたらしい。

 数秒間、声はおろか呼吸まで聞こえなくなった。


『は? ま、ま、まさか、サから始まってコで終わる女か!?』


 それだと翔子も当てはまってしまうのだが。

 だが通じていることは分かったので話を続ける。


「はい」

『クッソ、なんでこういうときだけ思い切りがいいんだよ…!』

「どうしますか、このままだと南村さんまで不味い事になりますよ」

『ほんとにな! …どっかカラオケ店にでも放り込んで縛り上げていてくれ。急いで戻る』

「分かりました。場所は追って連絡します」

『頼むぞ、逃がすな。その女は歩く核ミサイルだ』

「ひどいわねえ」


 聞こえていたらしく佐藤が口を尖らせた。

 フォローする時間すら惜しい。このまま事務局の人間に見られたら自分まであらぬ罪を疑われる。


「今から荷物取ってくるので! ここにいてください!」

「いいわよ。ダイくんも後からきてくれるみたいだしね」


 のんきな佐藤と裏腹に、洸は事務局まで駆けた。

 大急ぎで荷物を纏め、タイムカードを押し、上司に声をかけて情報管理課を飛び出す。どちらにしろ退勤時間だ、怪しまれることはあっても後ろめたいことはない。

 エレベーターを待つ時間も惜しいので階段を転がるように駆け下り、先ほどの場所へと走っていく。居た。まるで映画のワンシーンのような、あるいは捨てられた子犬のように待ちぼうけをしている。

 通行人も何人かいたが気にしていないようだ。


「お待たせっ、しました…っ」

「6分39秒。早かったわね」

「これでも元々は陸上の選手だったんですよ…」

「素晴らしいわね。さて、王子様。私をどこにエスコートしてくれるの?」


 顔つきも、顔のパーツも、声も、髪色も(染めているのかもしれないが)、雰囲気も、テンションも、何もかもが翔子と違う。

 かろうじて口調ぐらいだ。だが、それだけ。

 洸が驚いたのはもう一つある。佐藤凛子は、血のつながりがあるはずの佐藤翔子に一切・・似ていない・・・・・。普通親子ならどこかしらに面影はあるだろう。しかし、目の前の女にはこれっぽっちもない。

 なにか――悪いところに足を踏み入れている気がしてくる。

 暗くなっていく思考を振り払いつつ、あくまで事務的に洸は言う。


「南村さんの言った通り、カラオケへ。平日のこの時間ならまだ空きはあるでしょう…その前に、少し顔を隠すとかしてくれませんか」

「そうね。一応世界から追われている身だしね」

「ここまでは何もしなかったんですか…?」

「空港から出るときに一回、この近くの駅を降りた後に一回。おかげで二回も服を捨てることになったわ」


 言いつつ佐藤は眼鏡をかける。レンズの光具合から伊達メガネだろう。そして持っていた小さなカバンからキャップを取り出し、髪を中に入れて被る。


「これでよくいる¨間違えてはいないけど何とも言えない服装の人¨の完成」

「…まあ、いいでしょう」

「そうだわ、私まだあなたの名前を聞いていない。名乗らないなら別にいいけど、その場合王子様呼ばわりを続けるわよ」

「なんていう脅しをかけてくるんですか…。僕は…田中一郎と言います」

「偽名を使うほど警戒しているのは伝わったけど、さっき日向って言っていたわよね? 詰めが甘いわ」

「…日向洸です」

「なるほど。よろしくね、日向君」


 その笑顔は、やはり翔子に似ていない。



 ――駅近くのカラオケ屋。

 混む前に二人は滑り込むことが出来た。


「三階のお部屋となります。ごゆっくりとお楽しみください」


 カラオケのフリータイムを取り、ドリンクオーダー制にして出来る限りの外部との接触を減らす。

 受付の上部につけられている防犯カメラを見て洸は必要ならハッキングしなくてはならないと考えながら提供された部屋まで歩いていく。


「へえ…密談に使うなら下手な料亭ではなくカラオケ店でもよさそうね」

「大事な判断をカラオケ店で行わないでもらっていいですか」


 どこか抜けた関心の仕方をしている佐藤に思わずツッコミをいれながら洸は目的の部屋のドアを開け、佐藤を先に通す。席を奥にさせることで逃がしにくくするのだ。

 警戒する様子もなく思惑通り奥の席に座り、靴を脱いだ。もう少し警戒をしてほしかった。


「このCMのボリュームを小さくするの、どうすればいいのかしら?」

「やりますよ。…これでいいですか?」

「上出来よ」


 にこやかな笑みを向けてから手元のスマホに視線を移す。

 洸は床を見つめながら考えた。

 何故、今になって佐藤凛子が帰国したのか?

 南村とはいったいどういう関係なのか?

 …翔子は知っているのか?

 母親の話題になるととたんに憎悪をむき出しにする彼女のことだ。そのセンは薄いだろう。もしも知っていたならいまごろだいぶ荒れ狂ったラインが来てもおかしくはない。いや、どうだろう。事務局の人間である洸に国際手配の母の所在を話すだろうか。


 ちらりと佐藤を見ると、器用に胡坐をかいてなおもスマホを操作している。

 楽しくお話をするつもりではなかったのでこの方が助かる。


 店員がドリンクを運んできた。こういった何とも言えない空気には慣れているのか、大きなリアクションはせず置くだけ置くとスッと出ていってしまった。

 ウーロン茶を飲んでいるとオレンジジュースを一息に半分飲み干した佐藤が顔をあげた。


「さてと、魔法少女管理事務局東日本支部、情報管理課職員の日向洸くん。あるいは・・・・、D-0874-L1」

「…っ!」


 むせるかと思った。

 動揺のあまり、中身が少量ながらこぼれる。


「危うく殺処分のところでマジカルシュガーに倒された…いえ、救われたかしら。どちらでもいいわね、意味合いなど求めなくても」


 魔法少女のデータと同じように、怪人のデータも公には出されていない。

 好奇心一つだけで調べることは出来ないはずだ。インターネットで名前を検索したって簡単には出てこないように数十年前プライバシーの観点からなされているはずなのだ。

 ならばこの女は、どういうパイプを持っているのか――。


 警戒心がなかったのは、佐藤ではない。洸の方だ。

 いつの間にか彼女の発する言葉で気を緩めていた。隙を、作ってしまっていた。

 七年間逃げ回っていたのではない。

 七年間捕まらなかったのだ。

 対峙しているのはどこか抜けている女ではなく、抜け目のない女だった。


「なるほど、私のことを知っていてもおかしくないはずだわ。さて日向君、私たちは決して他人同士というわけではないみたい。そのうえで問うわ――私の娘は元気?」


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