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case0 佐藤翔子/マジカルシュガー

 白砂ハクサ大学。

 文教地区である街・目白に位置する私立大学だ。

 学部は家政学部、文学部、法学部、経営学部他四学部あり、科によっては交換留学も積極的に行うなど、グローバルを売りにしている。

 当然のことながら生徒数は多く、キャンパス自体も広大であり滅多に使うものはいないが学内レンタル自転車があるぐらいだ。


 様々な人間が様々な意思を持って通学をしてくる。

 そこに容姿の幼い翔子が紛れても突出するほどの違和感はない。ある意味、街を歩いている時よりも年相応に扱われる場所であった。


 講義を終え、友人たちと別れて、翔子はキャンパスのほぼ中央部にある二階建ての図書館へと赴いていた。

 近隣住民にも開放されているとはいえ誰彼構わず通すほど甘くはない。在校生の翔子の場合はICチップの内蔵された学生証を防犯兼蔵書の持ち出しをチェックするゲートにタッチさせる。電子音を立てて図書館は翔子の来訪を歓迎した。

 無気力な表情の司書の前を通り過ぎ、階段を使って二階へと足を運ぶ。貸出禁止の蔵書がほとんどであり、講義をさぼって昼寝に来る学生か、卒業論文に四苦八苦する四回生がときおり尋ねる以外はほとんど人はいない。

 古い本特有のにおいを嗅ぎながらずらりと並ぶ本棚の一番奥を目指す。忘れられたような場所にぽつりと置かれたベンチに座り、翔子は息を吐いた。


 翔子は、けして無音ではないこの空間が好きだ。

 一人のようで孤独ではない。近くには誰もおらず、時折遠くで聞こえる足音や紙をめくる音、外からかすかに聞こえる話し声。

 彼女が自分の存在する世界に望む距離そのものともいえる。過干渉されず、それでいて独りぼっちではないと認識できる場所。

 世界に求めるものは複雑かつわがままなものだと翔子も認識している。それでも望まずにはいられないほど彼女は心をすり減らして生きてきた。


 壁に寄りかかり翔子は強く目をつむる。そして頭の中でまるでこんがらがった糸のようにごちゃつく思考を整理しようとする。

 昨日、あの話を聞いたあと何度か考えをまとめようとも思っていたが興奮状態でありまったく集中できなかった。夜も浅い眠りを二、三時間ほどしか取れず少し眠気と疲れが残っている。


 ――魔法少女を『終了さつがい』する。

 口にするならこれ以上簡単なこともない。

 翔子が――マジカルシュガーが懸念しているのは、彼女が今のように臨時や助っ人ではなくしっかりと活動していた時期に比べて魔法少女は進化しているということだ。

 Luxルークスtenebraeテネブラエは徐々に変化しつつあるという学会発表があったが、魔法少女と怪人に携わる人々からすればそれは周知の事実だった。どちらのエネルギーもまるで学習をしているかのように、どちらかのエネルギーが強くなればそれを追い抜かすようにもうひとつのエネルギーも変化する。

 結果、近年の戦闘は格段に危険で熾烈なものとなりつつある。

 気味の悪い話だ。不可視にして目的も分からないモノであるのに成長をいまだにしているということなのだから。


 そして、マジカルシュガーは紛い物のluxルークスを身に宿し魔法少女となっている。

 つまるところ、彼女はレプリカだ。

 旧型オールドタイプ偽物レプリカ新型ニュータイプ本物オリジンに勝てるのかと言われれば――たいていの人間は首を横に振るだろう。翔子も他人事として聞いていれば間違いなく無謀だと言い放ったに違いない。

 魔法少女管理事務局の上層部から終了させよという話が出たということは、なりふり構わず危険因子のノラ魔法少女を潰したいようだが、実際に直接的な指令はまだ出ていない。とはいっても昨日の今日の話であるから、指令を出すにしても何か色々事情があるのだろう。


 その事情の一つに、マジカルシュガーの敗北が恐ろしいのだろうと翔子は推測している。

 局長の小前田としては佐藤翔子、いやマジカルシュガーが念願かなっての実験成功例であるからかひどく妄信的な部分があるが、周りの比較的冷静な人間たちは判断を誤らないように必死で他の案を考えているのかもしれない。

 ただ小前田は口達者な男だ。彼が説得される時間より、周りが言い込められる時間を数えたほうが早い。


 確かに勝算はない。

 ――ただし、真向からなら。

 ――ただし、同い年・同じ経験年数ならば。

 マジカルシュガーには『七年』という経験の厚さがある。事務局に半ば飼われているような身の彼女は現役の魔法少女ほどではないがいまだ活動をしている。

 腕は鈍るどころか、経験と技術により向上している。

 そして、自分が敵対する魔法少女のレベルにはなれないなら――自分のレベルにまで落とさせればいいと考える程度には人の心がなかった。

 ソレが、彼女が考える最低にして最善の選択だった。


「どうせ、人殺しも初めてじゃないもの――」


 つぶやいた言葉は誰の耳にも届かず、霧散した。


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