case3 勧誘対象:住盛もえぎ/マジカルシーブルー
マジカルシュガーは夜の街を建物から建物へ飛びながら散歩していた。
パトロールもそうだが、気晴らしも兼ねている。あまりにも考え事が煮詰まってしまったり眠れないときがあると決まって彼女は夜の空気を吸いに行くのだ。今回は前者だった。
怪人の目撃情報は寄せられていない、平和な夜である。
交通量の多い道路が眼下に広がるところでシュガーは足を止めた。
ビルの淵に座り、無数のヘッドライトが動くさまを眺める。
片足をぶらつかせながらふと自身のスカートに触れる。ふんわりとした感触が返ってきた。それから首元にも触れる。喉の半分ほどまでをぴったりとした襟が隠していた。シュガーの瞳が細められる。
本来のマジカルシュガーの服装はシンプルなイブニングドレス風だった。スカート部分が膨らんでいることもなければ首元の露出を抑えるようなデザインではなかったはずだ。
マジカルシャインの時には様々なことが積み重なってすぐに気づけなかったが、その後の洸の指摘でようやく自分の変化に気づいた。あの短時間でよく違いが分かったものだと感心してしまう。
ともあれ、変化の理由は分かっている。
スカートのふくらみは、マジカルガーネットのチュチュから。
首元を覆うのは、マジカルシャインのスタンドカラーから。
――終了させたノラ魔法少女たちの衣装が足されている。
それがなにを意味するかは不明だが、魔法少女喰いにふさわしい名前だとシュガーは自嘲気味に笑う。
今はうまいこと原型に沿うように変化しているが、仕事をこなしていくうちに元の形など分からなくなるぐらいになってしまいそうだ。その時、マジカルシュガーはマジカルシュガーで在れるのだろうか。
ぼんやりと考え事をしているシュガーの後ろに気配が降り立った。
はっとして振り向くと、そこには紫色の魔法少女が立っていた。結晶の収められているコンパクトとリボンが魔法少女に共通するパーツで、彼女にはそれがある。
「こんばんは」
魔法少女は細く美しい声で声をかける。
紫の振袖に茶色の袴。白いリボンがアクセントとして腰に結ばれている。さらにその上から一回り大きい薄紫の着物が肩にかけられていた。髪は栗色で、編まれて頭の後ろにまとめられている。
まるでハイカラさんだとシュガーは思う。マジカルステッキが大きなマチ針に似ているのは別として。
「…こんばんは」
ライラック色の瞳に見つめられ、シュガーも迷いながら返す。
「あなたも よるの さんぽちゅう?」
「そうよ。あなたも――あなた、名前は?」
「マジカルパーピュア。すこし いいにくいでしょ」
「確かにそうね。わたしはマジカルシュガー」
どこか舌足らずな話し方だ。緊張してそうなっているのかとシュガーは思ったが、相手の好奇心旺盛な表情を見る限り違うらしい。
パーピュア、と口の中で名前を転がす。
そのような名前の魔法少女は聞いたことがない。一度聞いたら忘れないような名前なのに。そうなると東関東支部の魔法少女ではなく、他の地域から来た魔法少女かもしれない。
魔法少女の脚力は馬鹿にはならない。四国から東京まで数時間でたどり着けてしまうのだ。新幹線よりも早い。ただ、魔法少女がその速さに精神的についてこられるか――という話ではあるが。
「こうやって散歩して別の魔法少女に会うのは初めてね」
「わたしも。わたし、よるの ちょっとのあいだしか おそとでられないの。だから このじかんが いちばんすき」
「……外に出られない?」
引っ掛かりを感じてマジカルシュガーは聞き返した。
「わたしのへやね、わたしだけじゃ でられないんだ。みんな ねてからおきるまでの あいだに このすがたに なって まどからビューンって でていくの」
シュガーは昔の自分を思い出した。
研究所に実質監禁されていた翔子は自分の意思で部屋を出ることが出来なかった。鍵が厳重に駆けられていたのだ。
しかし、そんな境遇に遭う少女がそうそういるわけがない。どうやらパーピュアは説明するのが苦手のようなので言葉が足りていないだけだろう。そう思って質問を重ねる。
「…入院中なのかしら? なにか病気を抱えているの?」
「ううん。わたしは、とってもげんきだよ」
「…じゃあなんで部屋から出られないの? 学校に行くとき不便でしょうに」
「がっこうは いってないよ。おべんきょひつようないって いわれてるから」
雲行きが怪しくなってきた。
「そう…そう。あなたはどこの支部の魔法少女?」
「しぶ?」
「東関東支部とか、神奈川支部とか」
「よくわからない」
「親から魔法少女管理事務局の話を聞いたことはある?」
「おや いないよ」
ますますパーピュアの背景が分からなくなってきた。
それでも確かなことは一つある。
非登録魔法少女――ノラ魔法少女だ。
魔法少女管理事務局がマジカルパーピュアにまだ気づいていなくて勧誘していないのか、それとも彼女の保護者に該当する人間がわざと登録していないのか。
どちらにしろ早急にこの少女の身元を保護したほうがいいと判断した。虚言癖だったとしても事務局がきっちり調べるはずなので発言が嘘か真か分かるはずだ。
「本当の名前は?」
「なまえ? わたしは『カミサマ』ってよばれているけど」
「カミサマ――神様? それは……名前なの?」
あだ名にしても独特すぎる。
「フルネームでお願いするわ。「山田花子」みたいに、名字と名前を教えて」
「うーん? わたし、『カミサマ』としか よばれてないよ」
明らかにおかしい。
彼女は、魔法少女として以前に一人の人間として扱われているのか。
シュガーが質問を続けようとしたとき「あ」とパーピュアは何かに気づいたように上を見上げた。
「もうかえらないと。みまわりさんが くる」
「待って――」
「ばいばい、シュガーちゃん。またあおうね」
手を振るパーピュアの指先がほどけていく。まるで彼女が毛糸で出来たマフラーだったようにするすると一本の糸に変化していき――気づくとその場からパーピュアは姿を消していた。
シュガーが糸を探してもそれらしきものは見つけることは出来なかった。
呆然と彼女は立ち尽くす。
マジカルパーピュアがかなり問題のある環境にいることもそうだが――自分の身体ごと変化させる魔法少女は、見たことがなかったのだ。
下手をすれば今まで見てきた魔法少女の中でも一番luxの力が強い。もしもあれが暴発をしてしまったら――と、想像せずにはいられない。
アメリカでは力の加減が分からずluxを暴発させてしまった魔法少女がいる。500メートル圏内を吹き飛ばし死者を大勢出した。そのケースは田舎町だったが、東京のように昼間の人口密集率が高い地域で起きるとどうなってしまうのか。
最悪の事態を防ぐためにも早めに探さそうと決めた。
〇
翌日午後。
事務局の休憩室でテレビを見ていた翔子のもとに洸が現れた。
「お待たせ」
「いえ、こちらこそ悪かったわ。仕事、忙しいんでしょう?」
「言うほどでもないよ。それで、マジカルパーピュアのことだけど」
洸は翔子の横に座る。
その横顔を翔子は見るともなしに見た後、視線を逸らした。
「どの支部を探しても該当する名前はなかった。名前を偽っているのかと思って紫系の魔法少女たちを出してみたけれど…」
そう言ってタブレットを渡される。
ずらりと並んだ同系色の魔法少女一覧は圧巻だ。昨日の魔法少女と同じ者を探していく。あの印象的なライラックの瞳はこのデータの中には――
「…いないわ」
「コスプレという線は?」
「ありえない。だって、糸みたいにほどけて消えたのよ。いえ魔法少女の視点からしてもその消え方はありえないのだけど」
「なんだか謎すぎる魔法少女だね。集中的には調べられないけど、気にしてみるよ」
「お願いするわね」
洸は仕事に戻ると言って立ち上がった。
翔子も煙草を吸ってから帰ろうと同じく立ち上がる。
「そうだ、翔子ちゃん。君の――」
「なに?」
「……、いや、やっぱりなんでもない」
噛みつぶされた言葉に翔子は不審げな顔をする。
「なによ」
「ごめん、ド忘れした。思い出したら言うね」
「ふうん…」
なんとなく、ろくなことではないと翔子は察したが口にはしなかった。