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case2 終了対象:中堂香代/マジカルシャイン 8

 言葉の意味をすぐに分からずとも、男とマジカルシャインは侵入者マジカルイーターから放たれる殺意には気づいたようだ。

 マジカルステッキを構え、変わらぬペースで歩み寄ってくるイーターへ横なぎに殴り掛かる。手ごたえはない。それどころか、姿を見失った。


「上だ!」


 男が叫ぶ。マジカルシャインはほぼ反射的にその場を退いた。

 同時に、イーターのかかと落としが降ってくる。カーペットごと床が割れる音が響いた。

 攻撃が外れたことを即座に理解するとイーターは屈んだ姿勢のまま左足を軸に右足を回し、シャインの足を払った。身体が宙に浮き、そのまま尻もちを付くと思われたがマジカルステッキを床に突き刺しポールダンスのように絡みついて回避した。

 体勢を整えてマジカルステッキを引き抜こうとしたその時を狙いイーターは手首を振る。


「ドーナツ・リング」


 手首に嵌められていたブレスレットが外れる。続けて唱えた。


「ノンシュガー・バインド」


 ブレスレットから銀色の糸が垂らされ、シャインの周りを飛ぶ。

 目にもとまらぬ速さで何周か回るとシャインの身体はマジカルステッキに縛り付けられるような形となり身動きが取れなくなった。

 イーターが拳を固めたのと同時にシャインが叫ぶ。


太陽の眼差しサンシャイン・アイ!」

「!」


 あたり一帯が眩しい黄色に埋め尽くされる。

 その中でシャインの額に魔法陣が浮かぶのが見えた。魔力ルークスを強く感じる。

 狙いは顔だと悟るとイーターは右腕で己の顔を庇った。同時に魔力が打ち出され、もろにイーターの腕へと直撃する。

 ――凄まじい熱さとともに肉が焼けた匂いが鼻孔を突く。

 見ないでおきたかったが結局見てしまった。骨まで焼け、黒く炭化している。ぼろぼろと残骸が床に落ちていく。同時に修復が始まったが肘から先を黒焦げにされたのだ、並の治癒力ではないにしろ時間がかかるだろう。

 右がだめなら左手で。手がだめなら足で。攻撃の方法はいくらでもある。


 シャインへばかり注目していたことと、今の攻撃で思考が逸れたこと。

 それらが重なり男の行方を見失っていたことに気づかなかった。


「うわあああああ!」


 がなり声と共にわき腹に鈍い痛みが走った。

 死角から男が走ってきてペーパーナイフでイーターを刺したのだ。魔法少女がこの程度で死ぬことはない。それでも、マジカルイーター…いや、マジカルシュガーとしても民間人から攻撃を受けることは初めてのことだった。

 とっさに振り払おうとするも腕がなかった。骨と筋肉がまだむき出しの状態だ。

 勢いのままイーターは押し倒される。男は彼女に馬乗りになる。


「この! この! この!」


 致命傷になりえるかどうかなど考えてもいない、やみくもな攻撃がイーターに降り注ぐ。結晶を壊すということは頭にないらしい。知っていたとしてもペーパーナイフで壊せる代物ではない。

 何度も何度も切れ味の悪いナイフが彼女の身体に突き立てられる。


 片手だけで男をどかすことはできる。

 だというのに身体が動かない。


 視界がくらむ。イーターは、自分がどこにいるのか判断に迷った。

 ここは社長室か? ――それとも手術室?

 今自分を切りつけているのは片貝か? ――それとも研究員たち?


『またあとでね、しょーこ! 魔法少女の姿で会おうね!』

『あたしらがいないからって泣くんじゃないぞ』

『楽しみに待っててね!』


 そう言って手術室に消えた少女たちは帰ってこなかった。溶けたか、弾けたか、あるいは身体の外側と内側が逆転したのだ。つまるところ、内臓の塊となり果てた。

 何も知らなかった自分は、その少女の実験に立ち会ったリンリン先生のもとに走り寄って「どんな魔法少女になれたの?」と聞いたはずだ。


『貴重なデータにはなったわね』


 真顔で、そう返された――。


 ペーパーナイフがより一層深いところを刺したようだ。その痛みによってマジカルイーターの意識は引き戻される。

 横を見ればシャインがあともう少しで拘束を解くところだった。

 時間をかけずに終わらせるはずだったのに、少しの油断のせいでここまで引き延ばされてしまった。終わらせなくてはいけない。手始めに、この男をどうにかしなければ。殺すことはしたくないが、行動不能にすることはできる。

 息を切らしてもなおイーターをめった刺しにする男の襟首を掴もうと腕を伸ばし――


 ――くぐもった破裂音とともに男が倒れた。強い力で突き飛ばされたかのようだった。

 呻く男のわき腹はじわじわと赤く染まっていく。

 カーペットを踏みしめながらひとり、部屋に入ってきた。

 その姿を見てイーターは呟く。


「洸くん……?」


 ついさっき別れた姿となにも変わりはない。その手に物騒なものを下げているのを除けば。

 自動拳銃が手に握られていた。人差し指は引き金に添えられている。その先端にはサープレッサーが取り付けられていた。

 そして、穏やかな印象の強い眼光は、今は氷のように冷ややかだった。


「いやだ、パパ・・ぁ!」


 必死の形相で拘束を解こうとするあまり、シャインの身体に糸が食い込み血を噴出させる。男は痛みのあまり何も言えない状態だ。

 洸は無言で男の頭へ照準を合わせ、迷いのないまなざしで獲物を見据える。すがるような表情で男が顔をあげた。

 イーターは焦りながら起き上がる。何をしようとしているのか、はっきりと理解した。


 それはだめだ、それだけはだめだ。

 人を殺せば後戻りはできなくなる。


「洸く――」


 再びのくぐもった破裂音。男の頭が割れ、脳髄が飛び散った。


「いやああぁぁっ!」


 シャインの悲痛な叫び声が反響した。

 ぶちぶちと拘束を解き、まっすぐに洸へと向かおうとする。


「こいつ! うぅぅううっ、殺してやる! 殺してやるぅ!」


 だが、その言葉通りとはならなかった。イーターがシャインの肩を掴んだからだ。肩の肉に指が食い込むほどの強さで。

 一呼吸もしないうちにイーターは指先をシャインの体内に潜り込ませ、心臓を握り締めた。どくどくと動くそれを容赦なく潰す。


「あ゛…」


 心臓に到達する過程で肺も潰されたシャインは喘ぐように口を開ける。

 すぐに修復を行おうとするいじらしい結晶をイーターは掴んだ。それから――割った。

 ただの少女となった中堂香代は血を口から噴き出しながらその場に倒れ伏す。男の血と中堂香代の血が広がり、惨状というほかない光景が出来上がった。


 何かを思う暇もない。

 マジカルイーターの耳は階段を駆け上がってくる足音を拾った。


「――逃げるわよ」

「分かった」


 空薬莢を拾いドアの方へ向かおうとする洸を制止する。


「そっちじゃないわ」

「え?」


 イーターは洸を軽々と担ぎ上げた。一息に高級そうな机に乗るとボイスレコーダーを回収する。

 窓を開けた。


「口をしっかり閉じていて、飛ぶわよ!」


 宣言通り、二人は夜の街へ飛んだ。

 近くのビルの屋上から屋上へと移動していく。目的のコンビニが見えると傍のマンションのベランダを器用に降りていき、できるかぎり洸に衝撃が行かないようにして地面に降り立つ。

 彼を下ろすと銀髪が黒髪に染まり、翔子の姿に戻った。


「……」

「……」


 ふたりは顔も合わせず無言で突っ立っていた。

 互いを探り合うように息を吸い、吐く。

 手の痛みを感じて翔子は手のひらを見た。予想通り、焼けただれている。ただ奇妙なことに爛れは広がっているようだ。火傷のように深部へダメージが行くと思っていたのだが。

 ポケットに手をいれると星のない夜空を見上げる。


「…わたしが喜ぶと思ったの? あなたが同じ罪を抱えるってことを、わたしが望んでいるように見えた?」

「…いいや」

「わたしが普通の人に手をかけられないって言ったから? ――いえ、違うわね。そう言う前にはすでに確定していた…」

「元から、社長はああするつもりだったんだ。事務局にとって不都合すぎたから」

「そんな…どこまで――どこまで偉くなったの、あの組織は…!」


 不都合というだけで人を消していい理由にはならない。

 洸相手にわめいてもどうにもならない。しかし頭を抱えずにはいられなかった。

 いずれ、ノラ魔法少女を終了させる以上のことをさせられるのではないかと考えずにはいられなかった。


「翔子ちゃん、これだけは言うね」

「なに…?」

「こうなることを僕は僕自身の判断で選んだんだ」


 自分の中だけで納得している者だけがする笑みを見て、翔子は何も言えなくなり唇をかみしめる。

 片貝に限定せず、「人を殺す」と覚悟を決めたのはこの2、3日のことではないはずだ。ずっと前から、彼は決めていたのではないか? それはいつだ?


「車に戻りましょう。…たぶんだけど、南村さんはあなたを引っぱたくわ」


 返事を待たずに翔子は歩き出した。

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