case2 終了対象:中堂香代/マジカルシャイン 4
広い会議室のすみで、翔子、洸、南村、そして支部長の菊池が向かい合って座っている。
表情のない翔子、真剣な顔をしてタブレットを眺める洸、そして黙っていると威圧感の出る南村の中で菊池は落ち着かないように何度も指を組み替えていた。偉い立場なのだからもう少し堂々としていても良さそうなものだが。
「どうして支部長がいるの?」
翔子の冷たい言葉にヒッと彼は身を縮こまらせた。
特に菊池に罪はないが、小前田局長の使いという点で翔子はつい厳しく接してしまう。それに今は虫の居所も悪いのでなおさらだ。
「わたしは実行、洸くんはサポート、南村さんはアッシー。これでそろっていると思うのだけど」
「アッシー言うな。一応サポート役だからな俺も」
南村の抗議の声は無視された。
「支部長がカンファレンスに出る必要はあるのかしら?」
「うーんとね、翔子ちゃん。菊池支部長は代理の責任者なんだ。小前田局長が出られないときは彼が代わりに出席するようになっている」
「…嘘でしょう、局長がここに来る可能性もあるってこと?」
「多忙だからあんまりないと思うけど…」
「最悪だわ…」
翔子は額に手を当てる。
永遠に多忙でいてほしいと真剣に願ってしまう。
「だから菊池支部長もここに出席する資格があるということ。ですよね、支部長?」
「そ、その通りだ日向君」
「なるほど。やましいことではないのだから自分で説明してはどうです?」
翔子の容赦のない言葉に菊池は涙目になった。
さすがに見ていられなくなったのか南村が「それで」と話を切り替える。
「概要を頼む」
「分かりました。今回のノラ魔法少女を確認します」
洸はタブレットを操作して資料を引っ張り出した。
「中堂香代。変身時はマジカルシャインを名乗っている。以前は福岡に住んでいたけれど、二年前に東京都へ引っ越している。父親は不明、母親は専業主婦。きょうだいはいない。私立中学校に通っているけれど、芸能活動により欠席しがち」
「芸能活動って?」
「最近朝ドラとかバラエティ番組に出ている子役の『ノヴァ』は知っている?」
「ごめんなさい、わたしそういうことには疎いのよ」
「そっか。中堂香代はノヴァ名義で活動している子なんだ。なかなか売れているみたいだよ」
「へえ」
学生と子役と魔法少女とはずいぶん多忙な生活だろう。
「それで、何故彼女が終了対象者になってしまったの?」
「脅されていてねえ」
その疑問に答えたのは菊池だった。
「彼女が所属している芸能プロダクション「ティア・ドロップ」の社長が妨害しちゃうんだ。魔法少女の登録を」
「何故?」
「ああいう周りの目を気にしなくてはいけない仕事にとって魔法少女は適任じゃないんだ。芸能人にはイメージというものがあるだろう?」
「よく分からないわ」
「怪人と戦う――つまり、暴力をふるう。建物だってその間に壊すかもしれない。誰かを巻き添えにするかもしれない。そして露出が高い服装だったら? どんなに彼女が知的で天才子役だったとしても、イメージは崩れかねないだろう?」
それは――と翔子は意見を言おうとしてやめた。
魔法少女が認知されているとはいえ、その存在を全員が理解できているかといわれるとそうではない。ただ怪人と戦える存在だからということで許されており、もしも怪人が居なければ弾圧が起きていてもおかしくないのだ。
人気子役が魔法少女なら、それはパパラッチたちにとって特ダネでしかないだろう。そうすると芸能界から干されかねない。
それぐらい、魔法少女は紙一重の戦力なのだ。一歩裏がえれば強力な爆弾となり果てる。
「だから社長は何としてでもマジカルシャインを認めたがらない。どんな証拠を突き付けても…」
「登録したところでデメリットはないと表向きは言っているのでしょう? それに魔法少女の姿と普段の姿は全く違うんだから、出現場所さえ気を遣えばそんなに問題はないと思うわ。最悪活動しなければいいのよ」
近くで活動している魔法少女に声をかけるか、マジカルシュガーが駆り出されるか。
これまでも魔法少女の戦闘拒否は何度かあった。そう珍しい事でもない。
「俺からも言わせてもらうが、そんな外聞を気にしまくっている社長のせいで『終了』させられる中堂香代がかわいそうだ。もっとそれとは別に理由があるんじゃないのか?」
洸が指を2本立てる。
菊池は洸に任せることにしたらしく黙っている。
「あります、社長の問題と本人の問題で2つ。社長の方は、これ以上登録を促してくるのなら実力行使――現在魔法少女を登録している子たちとその個人情報を流出させるぞ、と。なんなら事務局の後ろめたいところも暴露すると」
事務局の後ろめたいことというのは、七年前のことでも持ち出してくるのだろうか。
そうすると花や瑠香がまた巻き込まれてしまうなと翔子はぼんやりと思った。佐藤翔子及びマジカルシュガー・マジカルイーターに関しての情報は死に物狂いで守ると思うが。表に出たら大問題どころでは済まない。
「ボイスレコーダーで録音すれば一発じゃない。犯罪行為の示唆なのだから」
「録音していたそうなんだけどね。その職員が帰社する道中で交通事故に遭って全治3か月の重傷。携帯は妙に激しく損傷され、ボイスレコーダーはそのものが無くなっていた」
「物的証拠は消されたというわけか…。こえーな」
「だから、まあ…やりかえしというか、上層部の意図としては見せしめもあるんじゃないかな。芸能界でのノラ魔法少女、まったくいないというわけではないらしいし。事務局の管理下に入らないと死にますよっていう」
「そうなの?」
「あ、ああ、ど、どうかな」
突然話を振られて菊池はおどおどとする。
正直に言っても特に感想はないのだが。
「あと、本人の問題とはいったい何かしら」
「…マジカルシャイン、意図的に破壊や傷害を加えているんだよ」
「怪人との戦闘でそうなった、というわけじゃないのね」
「うん。一番ひどかったのが――アイドルユニット「ゆんゆん」って分かる?」
「何かの映画の主題歌を歌っていたグループね。…リーダーの子が怪我をして活動休止ってニュース見たけど、それ?」
それは翔子も知っていた。
三久に勧められて聞き、気に入って購入していたからだ。そういえばテスト一週間前だが三久はきちんと勉強できているのか心配になった。
後で連絡しようと思いつつ目の前の話に意識を戻す。
「まさにそれ。ミュージックビデオの撮影中に怪人が出現して…そこにマジカルシャインが出てきたまでは良かったんだけど、明らかに必要なくセットを破壊した挙句にリーダーの子をセットの下敷きにさせた。死亡していてもおかしくなかったと聞く」
「一番ひどい、ってことは他にもあるのね…」
「面白半分に行っているんだろうね。そのうち、ゆんゆんの件と中堂香代と並ぶ子役がやはりマジカルシャイン絡みで怪我をしている」
「ライバル格を都合よく消して回っているってことかしら…。マジカルガーネットのスナッフムービーと言い、魔法少女になると欲望が駄々洩れになるものね」
ノラ魔法少女に加え、一般市民への危害。意味のない破壊活動。そして事務局存続にかかわる脅し。
魔法少女のブランドを気にするものならば邪魔でしかないはずだ。
期間を開けずにすぐ仕事が来たのはただ単に前々から問題視されていたからだろう。マジカルイーターが生まれたことで早速タスクを消化させようとしているだけだ。
実行する人間がどんな気持ちかなんて考えもせずに。
「よって、」
洸は息を吐き、言葉を止めた。
「魔法少女管理事務局は、マジカルシャインの終了をマジカルイーターに命じた」
「ええ」
少女は平坦な声で答える。
「マジカルイーターは、マジカルシャインを終了させましょう」