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case2 終了対象:中堂香代/マジカルシャイン 3

 四階の奥に情報管理課はある。そこに日向洸は所属しているのだ。

 ドアを少し開けて中を覗き込む。

 十五人ほどの男女がパソコンと向かい合いキーボードを叩いている。机に突っ伏していたり椅子の背もたれに寄りかかっている者もちらほらと見えた。

――魔法少女の数は決して多くはないが、魔法少女となった少女とその家族身辺の調査を洗いざらい行わなくてはいけないために処理は膨大なものとなる。いわゆるハッキングや実地調査フィールドワークも行う技術が必要なことと、事務局が世間から隠しておきたいグレーな部門ということもあり、人員はそう易々と増やせない。そのためぎりぎりの人数で仕事をしており、こうして力尽きる者もいるというわけだ。

 目を凝らして探してみても洸は見つからなかった。死角にいるのか、この部屋にはいないのか。

 別段用事があったわけでもない。部外者が長時間ここで覗いているというのもおかしな話だ。

 ドアをそっと閉めて踵を返そうと振り向いたところで――南村大介と目が合った。


「…南村さんは総務課だったと思うのだけど。なぜここに?」

「それはそっくりそのまま嬢ちゃんに返すぞ」


 それもそうか、と翔子は考える。

 南村はここで職員として働いているのだからどこにいようと詰問される謂れはない。むしろ表向きはどこにも属していない翔子が「どうしてここにいるのか」と聞かれても仕方がない立場であった。


「わたしは用事ついでに来ただけよ」

「洸に会いに?」

「悪い?」

「別に悪いとは言ってねえよ。いたのか、あいつは」

「いいえ。見当たらなかったから帰ろうと思ったの」

「呼んだのか?」

「なんだかそんな空気ではなかったから」


 分かるとつぶやくと南村は翔子の横を通り過ぎて情報管理課のドアを叩き、開けた。


「すいません、総務課の南村です。日向さんはいますか」


 仕事に熱中しているらしき数人を除いて、部屋の全員が彼を見た。

 動じることもなく南村は持っていたファイルを振った。


「頼まれていた書類を持ってきたのですが」

「いま日向君べつの課に行っていますよ。席に置いておきましょうか?」

「あー、いいです。失礼しました」

「そっちの子は…」


 ひとりが後ろにいた翔子に気づいた。魔法少女喰いマジカルイーターであることを知らない、接点のない職員だ。ならば関わる必要はない。

 翔子は何も言わずにそこを後にする。

 南村がドアを閉める直前、会話が漏れ聞こえた。


「行っちゃった」

「なんか用事あったのかな」

「あの子って、アレだろ?」

「アレ?」


 耳にふたはついていない。そして、翔子の耳は良い方だ。

 だから、聞こえてしまった。


局長の・・・隠し子・・・


 何気なく紡がれた好奇心たっぷりの言葉が、翔子の胸を穿うがった。


 彼女は手を握り締める。爪が食い込み、皮膚が裂けた。

その傷はすぐに修復されたが、またすぐに爪によって出血する。

 早足で通路を歩き、階段に差し掛かると無表情で見下ろす。飛んでしまおうかと思った。どうせ怪我をしても治るし、死ぬことはないのだから。

 痛みによってこの心のもやが取れるならそれでもいいだろうと。


「嬢ちゃん」


 駆け足で追ってきた南村が呼び止める。

 翔子が無言で見上げると顔をのけぞらせたが言葉をつづけた。


「今から洸に連絡するからさ、あいつが来るまで休憩室でなんか飲まないか?」

「……」

「すぐ来るとは限らないだろ? それまで話し相手になってくれよ」


 首から下げた偽luxの結晶を弄りながら翔子は小さく頷いた。




 地下一階、休憩室。ペットボトルや紙コップの飲料だけではなく、お菓子とパンの自動販売機も並んでいる。出不精か、コンビニに行く暇もない職員がここで昼ごはんや夜食を買っていくのだ。

 今の時間帯は翔子と南村以外には誰もいなかった。


「付き合わせて悪いからなんか奢ろう。なにがいい?」

「ありがたく受け取るわ。…ココアで。冷たいココア」

「ん」


 南村はコーラを選んだ。

 なんとなく席選びに悩み、二人は別々のテーブルで横並びに座る。


「……」

「……」

「久しぶりに隠し子説を聞いたわ。あの様子じゃ一課に一人は知っていそうね」

「やっぱ聞こえていたんだな」

「ええ」


 ココアの甘さが喉を焼いた。

 昔祖母が居れてくれたココアはとても薄かったことを思い出す。


「分からなくはないわ。リンリン先生と局長は同期だし、それ以前に幼馴染だったそうだから。だから当然男女の仲以上のことはしていてもおかしくないもの」


 南村が佐藤凛子のことを知っていることはすでに分かっている。

 と、いうのも初対面で顔を見て驚かれ、自己紹介をしたときに「あの佐藤が子供を育てられたのか!?」と本人に聞かせたらボコボコにされそうなことを言っていたからだ。面識はあったそうだが、詳しくは教えてもらっていない。

 南村も怪人であったことから、おそらく魔法少女だった佐藤凛子と戦っていたと予想している。魔法少女に傷をつけられたと言っていたこともあり、苦手意識があるのだろう。


「それにわたし、父親を知らないから反論ができないのが悔しいのよね。あの局長とあのリンリン先生が行きずりの一夜を過ごすような仲には見えないけど」

「…こういっちゃなんだが、戸籍を見たことは?」

「あるわ。だけど空欄だった。でもいいのよ、もう」


 紙コップの淵に歯を立てる。


「わたしには母親も父親もいないってことにしておけば気が楽だわ。アメーバみたいに無性生殖したとでも考えておくの」

「ポジティブなんだかネガティブなんだか…」

「それより洸くんはまだ来ないの?」

「もう来るんじゃねえか?」


 南村が休憩室の出入り口を見た時、ちょうど洸が入ってきた。


「お待たせしました南村さん。それに翔子ちゃんも」

「こんにちは、洸くん」

「なんか忙しそうだな。どうかしたのか?」

「…まさかとは思うけど、もう次の仕事が入ったのかしら?」


 洸は手近な椅子に座ってため息を吐いた。

 そして周りを見回して三人の他には誰もいないことを確認し、言う。


「そう、また魔法少女喰いマジカルイーターの出勤だ」


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