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prologue 後


 佐藤翔子は魔法少女だ。

 身長145センチ、体重44キロ。足のサイズは23センチ。

 翔子であるときの髪と瞳の色は黒。短髪で、度の入っていない黒ぶちのメガネをかけている。魔法少女へ変身すると長い銀髪に碧眼。そして空色のイブニングドレス。

 彼女が受けた名前は『マジカル・シュガー』。

 得意の武器は飴玉を使用した『キャンディフラッシュ』とブレスレットをヨーヨーに変化させた『ドーナツリング』、そして少しばかりの格闘技。


 公式には存在しないことになっている。

 彼女の存在は特異すぎるのだ。


 lux(ルークス)tenebrae(テネブラエ)というエネルギーはいまだ解明に至っていない。存在は証明されているものの正体はいまだ不明のままだ。一端は掴めたが、完全に解明できるのに早くて半世紀と言われている。

 だが、エネルギーの元、そしてテネブラエよりはまだ分かりやすい適合条件が分かれば、発達した科学技術での模倣は安易ではないとはいえ可能であった。

 かくして、数年前に努力は実り実験は行われた。

 結果は、惨憺さんたんたるものであった。


 集められた18人の少女のうち、死亡が9名。身体欠損が3名。重度の精神汚染が4名。内臓異変が1名。

 そして、残る1人、佐藤翔子は不変の身体・・・・・を後遺症として背負うことになった。

 実年齢は21歳。現在大学二年生だが身体年齢は14歳で止まったままだ。

 15、もしくは16歳でルークスの力は失われる。だが、七年たった今でも彼女の身体からは力は失われることはない。

 人工的な魔法少女を辞められないまま、彼女は日々を過ごしてきた。生き延びていた。何をしても変わらず、死なない身体を引きずりながら。



 魔法少女管理事務局東日本支部、最上階の一室。

 広い会議室のすみで翔子と支部長の菊池、局長の小前田は向かい合うようにして座っていた。


「待たせてしまって申し訳ない、翔子ちゃん。大学の帰りかな?」

「無駄話をするために来たわけではありません。ご用件は何でしょう」


 固い口調で菊池の謝罪を一蹴する。

 菊池はさっと顔を青ざめたが小前田は「それもそうだな」と頷いてタブレットを渡した。

 表示されているのは関東の地図だ。そして群馬、千葉、神奈川、東京に赤い丸でマークがされてあった。


「魔法少女の事故が増えてきている」


 翔子はハイライトの少ない目でタブレットを眺める。

 そして小前田の目を見た。


「事故、とは」

「変身事故が二件と暴走が三件。半年で多すぎる」


 アクシデント報告で五件ならその下、インシデントの部類はもっとあるだろう。


「原因は調査中のものもあるが――中には非報告魔法少女もいた。おそらく自身の限界の把握ができなかったり、力を抑え込めなかったのだろう」

「わたしに何をしろと?」

「し、翔子ちゃん。この人は偉い人だからあんまりそんなぞんざいな態度は…」


 菊池が口を出すと、小前田は首を振りながら笑った。


「昔からの知り合いだからいいんだ。だろう?」


 昔。細かく言えば、七年前。いや――もっと前から。

 彼女と彼らは被害者と加害者の関係であり、共犯者のような、複雑な関係を作っていた。

 もっと言えば小前田は翔子の母と知人関係にある。それもあり態度は頑ななままであった。


「続きを」

「非報告魔法少女――馴染みのある言い方にしよう――ノラ魔法少女が増えてきている、と調査結果で判明した。何人かには実際に加入を呼び掛けて申請してくれたケースもある」

「……」


 翔子は口を開きかけ、やめた。

 説得なんて優しいものがその時されていたのかどうか気になったが、自分には関係のない事だと考え直したのだ。事務局はときおり法律と倫理を平気で破っていく。


「だだ、こちらの呼びかけに応じず、その地域で危険因子ないしその予備軍となっているノラもいる」

「それで」

「ここからが本題だ。危険因子と見なされたノラ魔法少女を――『終了』させてほしい」


 終了。

 つまり、殺害しろと言っているのだ。


 翔子はタブレットから目を離し、小前田の目をじっと見た。

 彼女と同じぐらい彼の目も澱んでいる。魔法少女管理事務局の上層部の人間たちは皆このような瞳だ。希望を振りまく少女の裏側で、しりぬぐいを延々としてきた大人の顔。

 それは翔子も同じだった。魔法少女であるはずなのに、魔法少女という存在とは程遠い。


 ふっと翔子は笑う。唇の端を釣り上げて。


「わたしにそれを頼むのですか? 魔法少女わたしに、殺人をしろと?」

「被害を抑えるためにはこれしかない。我々の力ではどうにもならないことが多すぎる」

「だからといってかつての実験体モルモットに頼むことですか? ああいえ、実験体だからこそ頼みやすいんですね」


 菊池は気絶せんばかりに蒼白になっていた。あまり佐藤翔子の事情について詳しく知らないのだから当然だろう。

 特に七年前の事故以来、残った職員は両手で数えるほどしかいない。当時の技術者はいまは海外に逃亡中だ。


 だが小前田は面白いものを観察するような目でただ翔子を見ている。

 死にかけのウサギが最期にあがくのを見るように、じっと。

 その視線を睨み返すことは出来ず、翔子はタブレットに目を戻して意味もなく表示されている文字をなぞった。


「ただ、これだけは言っておきます。古いレプリカが新しいオリジナルに勝てるとは限りません。そもそもわたしはluxルークスもどきのエネルギーで活動しているんですから」

「いいや、マジカルシュガー。君はいつだって窮地を脱してきた。我々はその技術と才能を信じている」

「本当に信じているの? あなたたちは、わたしを信じているのではなくて――マジカルシュガーを使う自分たちの力を信じているんでしょう?」

「厳しいな。違うよ、翔子ちゃん。僕たちは純粋に君を信じている」

「耳障りのいい言葉ね。どんなに信じられていようがいまいが、これだけは変わらないわ」


 翔子は唇を動かさず囁くように言った。


「罪を被るのは、最後はわたしだけなんでしょう?」


 菊池は唇が真っ青だ。

 その横の小前田は涼しい笑みを崩しもせず、ただ無言で翔子を見ていた。


 気にせずに少女は立ち上がる。

 14歳の明るさも無邪気さもすり減らし、心身のズレを許容できないままに成長したソレは、笑う。


「分かりました。わたしは、魔法少女喰いマジカルイーターと相成りましょう」


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