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case2 終了対象:中堂香代/マジカルシャイン 2

 唇を軽く噛み、黙った彼女を見て岡崎は声をかける。


「言いたくないなら言わなくて結構です。人間、ひとつふたつ秘密を持ち得るものですから」

「そうね…」


 頭痛と吐き気を感じて翔子はクッションを抱く腕に力を込めた。

 一気に精神メンタルがぐらつきはじめた。小前田局長と話をしたことも少なからず関わっているだろうが…リンリン先生のことも意識に浮かんだせいだ。

 二人の顔を思い出すと否が応でも七年前の実験とその後の拷問じみた日々を思い出してしまう。「一緒に魔法少女になろうね」と実験に臨み、肉塊となり果てたり人のカタチを留めていなかった少女たちの姿がフラッシュバックする。

痛みと、苦しさと、寂しさと、罪悪感が心臓を突き刺した。


「…佐藤さん?」

「大丈夫、大丈夫よ…。生理痛がひどいの」


 ひどいごまかしだ。月経なんて一度も来たことがないというのに。初経が来ないまま、レプリカながら魔法少女の力を手にした影響で彼女の生殖器は動いていない。ホルモンを注射してもまったく成果は出なかった。


 目を閉じてどうにか気分を落ち着かせようとする。

 岡崎は不安そうにして立ち上がりかけたが、何もしないほうが得策と考えたのか翔子が落ち着くのを静かに座って待っていた。

 それから十分ほどして、翔子はどうにか心の中の嵐を押さえつけて顔をあげる。ハイライトのない目は疲れ切っていた。


「ごめんなさい…」

「いいえ…水を飲みますか?」

「お願いするわ…」


 ウォーターサーバーから出てきた冷たい水を一気に飲み干すとどうにか切り替えができた。


「もしかして、カウンセリングって毎回こんなしんどい思いをしなくてはいけないの?」

「うーん…否といえば嘘になりますね」

「もうやりたくないのだけど…。わたし、昔のことを思い出すことそのものが地雷なのよ。毎度身体を吹っ飛ばされるならともかく、毎度心を壊すのは耐えきれないわ」

「身体を吹っ飛ばされるのもたいがいだと思いますけど」


 どうでもいいところを突っ込まれたが翔子は聞かなかったことにして続けた。


「今夜の夢もきっと悪夢だわ…」

「そもそも僕が余計なことを言ったからですね。すみませんでした」


 すまなそうな顔をして頭を下げる岡崎を見て翔子は少しまなじりを下げた。


「どうせそのうち誰かに指摘されて同じような目に遭っていたはずよ。だったらこういうところで凹んだ方がいいわ」


 耐性がつくというよりは予想がつくようになる。それなら対策も立てることが出来るはずだ。

 とくに小前田の前では――洸の前でも。弱いところは見られたくなかった。


「それに、ここでの会話は秘密にされるんでしょう?」

「ええ、もちろんです」

「でも上層部には何らかの記録は行くのよね。音声かパルプかは知らないけど」


 岡崎の動きが止まった。

 どうにも素直すぎる男だ。


 上層部が佐藤翔子――マジカルイーターをただ放流しているわけがない。

 隅から隅までを把握して調べつくそうとしているはずだ。七年前と、これまでと変わらずに。これからも。

 このカウンセリングだって善意で設けられたものではないことぐらい翔子には分かっていた。おおかた、精神状況の把握だろう。

マジカルイーターのあるかもしれない暴走の予兆を監視するために。


「冗談よ」


 翔子はクッションを横に置いて立ち上がった。

 時計を見れば一時間は立っていた。当初はすぐ帰るつもりだったのだが。


「また…次のお仕事・・・が入ったら来るわね。いえ、来させられるんでしょうけど。その時は紅茶を用意してもらえると助かるわ」

「紅茶派でしたか」

「ミルクと砂糖を入れることに変わりはないけどね。子供舌なのよ、わたし」


 ついでに熱いものも飲めない猫舌だ。

 冬場でもホットの飲み物は頼めない。冷めるまで待つ時間がもったいないような気がするからだ。家だと氷を容赦なくいれているが。


「用意しておきましょう。…また来てください、とはいいませんが」

「もう二度とここに来ないことを祈るけれど、そうはいかなそうだものね」


 立ち上がり、パステルピンクのドアまで歩み寄って開ける。

 翔子は「そういえば」と振り向いた。


「どうせ極秘でもないだろうし、ちょっとだけなら教えるわ。リンリン先生とわたしの関係」

「関係…? 研究者と、魔法少女ではなく?」

「それだけではないの。大っぴらには言っていないから、そんなに知っている人もいないだろうけど」


 首を傾げる岡崎へ、翔子は薄く笑いながら言う。


「問題です。リンリン先生のフルネームはなんでしょう?」

「うーんと…僕、『リンリン先生』というあだ名しか聞いたことないですね…」

「わざとそうしていたのよ、あの人は」


 彼女の目は、ここではないどこかを一瞬見た。

 岡崎が気付く前に昔を思い出す光は瞳から消える。


佐藤凛子・・・・。それが、リンリン先生の本当の名前」

「佐藤…え――?」

「それでは、ありがとうございました」


 翔子は返事も聞かずにカウンセリング室から出る。

 洸のいる仕事部屋に行こうと思い立ち、階段を上っていく。その途中にあった窓の外、雲が転々とする空に飛行機が飛んでいるのを見て立ち止まった。遠い外国に思いをはせる。

 リンリン先生こと佐藤凛子は翔子との関係をあまり口にしたくなさげだった、と聞いている。事実、翔子は彼女と二人で過ごした日々より祖父母と過ごした日々の方が圧倒的に多い。…魔法少女に携わっている研究員の娘が魔法少女ではないことを恥じていたのかもしれない。


「わたしも指名手配食らって海外逃亡している女の娘だってあんまり言いたくないしね…」


 ため息とともに言葉を吐きだし、翔子は再び階段を上っていった。


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