case2 終了対象:中堂香代/マジカルシャイン
マジカルガーネットが「終了」され、一週間経った。
魔法少女管理事務局東関東支部。
二階、エレベーター近くにパステルピンク色の扉がある。部屋の用途は――魔法少女たちのカウンセリングルームだ。
部屋の中央、対面になるように置かれたソファの間にはガラス張りのテーブルが置かれていた。真ん中がくりぬかれており、そこには砂が敷かれてミニチュアの動物たちが適当に並べられている。
佐藤翔子は感情のこもらない目でゴリラとイルカが隣り合っているのを見つめていた。
「コーヒーにミルクと砂糖はいれますか?」
インスタントコーヒーの瓶を棚から出しながら部屋の主は言う。
薄い青のワイシャツを着た、痩せた体躯の男だ。穏やかな顔貌は若いようにも年老いているようにも見えた。
「おかまいなく」
「じゃあブラックで?」
「…両方ください」
ウォーターサーバーのお湯を耐熱紙コップに注ぐとコーヒーの匂いが立ち上る。スプーンと共に翔子の前に静かに置いた。
そして彼女に対面――からすこし横にずれて男も座る。
「改めて自己紹介を。僕は岡崎美波。心理カウンセラーをしている。つい二か月ほど前までは沖縄支部にいたから面識はないかもしれませんが」
「あるでしょう。気を使わなくてもいいわよ」
翔子は無表情でミルクと砂糖を注ぎ入れた。
「七年前、その時わたしのカウンセリングを行っていた吉岡先生の助手だったと記憶しているわ」
「…覚えていたのですね」
「忘れられないだけよ」
部屋に沈黙が降りる。
翔子はスプーンで液体をかき混ぜた。中央に渦が出来るが、スプーンを抜くとそれは崩れてしまう。
スプーンの先端を舐めながら彼女は相手の出方をうかがった。
「…カウンセラーって、黙るのがお仕事なの?」
「はは…。どうしようか悩んでいるんですよ」
「でしょうね」
言いながらそばに置いてあったクッションを膝の上にのせて抱きかかえる。
「わたし、話を聞いてほしいとは思っていないもの。ただ上の指示に従ってここに来ただけ」
「ちゃんと来てくれたのはえらいと思います」
「ありがとう。でも――」
伊達メガネのレンズの奥で彼女は目を細める。
「ぶっちゃけた話をしてもいいかしら」
「どうぞ」
「こうやって話したところでわたしが人を殺したという事実は消えないし、考えていることだとか感じていることが解決するとも思っていないわ。これっぽっちもね」
「…こちらもぶっちゃけたこと言ってよろしいですか?」
「どうぞ」
「僕も殺人をしたひとのカウンセリングしたことがないから対応に困っています」
翔子は皮肉気に唇の端を釣り上げた。
「言うじゃない」
「きれいごとは嫌いだと思って」
「そうね、誠実なのはいい事だわ」
背もたれに寄りかかり、床に映るウォーターサーバーの影を見た。
岡崎の視線を頬に感じる。
翔子は事務局の人間を深く信用はしていない。特にマジカルイーターを知るものはすべて小前田の息がかかっているだろう。あの男が何を考えているかは知らないが、弱点を不用意にさらすとどこで切り札に使われるか分かったものではない。
岡崎が沖縄から呼ばれた――ということは確実に七年前に少なからず関わっていたからだろう。事情を知っていれば話もスムーズだ。翔子が壊れていることも知っているのだから。
二か月前、ということはその時すでに非報告魔法少女終了計画の案は通っていたということか。翔子に話がいったのはまだ数週間前のことで――実行する本人にはぎりぎりまで伝えられていなかったことになる。
…本当に小前田にとっては駒としてしか見られていないのだ。
思考に沈み、自然と翔子の目つきが鋭くなったことに気づいたのかどうか、岡崎は口を開く。
「佐藤さん」
「なにかしら?」
指摘することにためらったようで一瞬言葉が止まるが、結局岡崎は言う。
「不遜だって言われません?」
「しょっちゅう言われるけれど。それがどうかした?」
「いや…記憶の中の佐藤さんとずいぶん口調が変わっているなと…」
「七年もすれば人は変わるわよ」
わたしの外見年齢はちっとも変わらないけれど。そう自虐すると岡崎は何とも言えない表情をした。
あまりブラックジョークに対応ができない人間らしい。
「この成りで丁寧語使ってごらんなさい。子供の身体というだけで下に見られるのに、ますます舐められるだけよ」
「君なりの処世術というわけですか」
「反感はよく買うけれどね。まあ、距離を置いているということを分かりやすく示しているからいいのだけど」
冷めてきた液体をようやく口に含む。
苦みと甘さが同時に舌の上に広がった。
「もしかしてとは思うけれど、局長にも?」
「ええ」
「…いや、すごい豪胆ですね」
「そうでもないわよ。わたしがなにをやってもあの男は揺るがないもの」
翔子が小前田を相手にどんなに反抗しようが抵抗しようが、飼い主とペットのような関係からは逃れられない。
強い苦みを感じ、砂糖を追加した。
「ああ、でも、最初の時はちょっと困惑していたわね。今は慣れているけど」
「え? あの局長が?」
言っていいのか迷ったが七年前の関係者だ。大丈夫だろう。
「この口調、リンリン先生の真似をしたものだから」
「…ああ、あの破天荒な人」
「そう。七年前のプロジェクトの中心人物。わたしが真似しだしたから何ごとかと思ったようね」
「よりによって何故リンリン先生の真似を?」
「……なんでかしらね」
本当は理由がある。しかし、それを口にすることは――彼女にはできなかった。