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case1 終了対象:家坂真依/マジカルガーネット 10

 白砂大学、四階小講義室。

 17時を過ぎれば大抵の講義は入らず生徒たちにとって自習スペースとなる。とはいってもテスト期間以外では娯楽用として使う生徒もいるのだが。

 翔子と三久も例にもれずテスト勉強を行っていた。


「あー! もう無理! 無理無茶不可能!」


 教科書とプリントの山に埋もれながら三久は呻いた。

 ノートに要点を書き写す手を止めないまま翔子は言う。


「時間もある、先輩からもらったテスト対策もある、不足分のノートのコピーもある。それだけそろって何が足りないの?」

「…根気?」

「コンビニで売っているといいね」

「わーん! しょーこせんせーが冷たい!」


 ふう、と翔子はため息をついてシャープペンシルを置く。


「だいたい、ミクは勉強をしていないんだもん。教科書とノートに付箋を貼るのが勉強ではないでしょ」

「うっ」


 教科書から顔を出す原色五色の法則性などまるで無視した付箋を指ではじく。

 べろべろとした感触がなんとなく面白かったので翔子は指先で数度触った。


「最後は書いて覚えるしかないの。青ペンで書いた文字は頭に残りやすいとかそういう迷信を信じている暇があったら手を動かしなさい、手を」

「けんしょーえんになりたくないよー!」

「そういうのは腱鞘炎になるまで書き写してから言うものだと思うよ…」


 翔子は腱鞘炎になったことはないのだが。

 筋肉痛すら起こらない身体だ。そういう些細な、「成長する痛み」すらもluxルークスは奪い取ってしまうのだろう。

 ならば――と、左手に巻いた包帯を見る。結局あれから丸一日経っても傷は癒えなかった。『自然治癒』が正常に働いていた時から7年も経過しているのでこんなに治りが遅いものだったか翔子も記憶があいまいになっている。

 攻撃は瞬く間に治ったのに、結晶を握っただけでこの傷だ。なにか違いがあるのか。

 考えようとして、やめた。もう少し家坂麻依…マジカルガーネットのことを考えるのはやめておこうと思ったのだ。


 彼女の死は小さく取り上げられた。魔法少女になったばかりの少女が力をコントロールしきれず自滅。そういうことになったのだ。

 おそらく、怪人になっていたあの男性は周囲から批判を浴びることだろう。怪人になり、マジカルガーネットが彼を救おう・・・・とした・・・ばかりに。不可抗力だとしても、だ。

小規模な災害を引き起こす怪人になること――正確にはteneburaeテネブラエに魅入られることを恥と思う者も多い。

 あの時、とっさとはいえ助けたことは正解だったのか翔子には分からない。もしかすればあのまま死んでいたほうが今よりも数倍楽だったこともあるはずだ。

 翔子は首を小さく振る。

 マジカルイーターとしての仕事はマジカルガーネットの終了で終わりだ。それ以上考えても意味がない。

 今は佐藤翔子だ。友人とテスト勉強をする大学生。そう切り替えた。


「よし分かった。ここからここを明日までに覚えてきて。テストするから」

「え!? そんなにテスト受けたら死んじゃうよ!」

「大丈夫、せいぜい知恵熱が出るだけだと思うから。点数が悪かったらデコピンね」

「ウソウソウソ、しーちゃんのデコピンめっちゃ痛いじゃない!」

「されたくないなら悪い点数取らなきゃいいの。今のうちに取れる単位全部取らないと辛いんだから真剣にやってかなきゃ」

「えーん、最低限の単位で生きていきたいよー」

「それ留年する先輩も同じこと言ってた」


 どうしたものかと考えて、ふと臨時収入を思い出した。


「じゃあ、すべてB評価の点数が取れたならカラオケオール奢ってあげる」

「マジで!?」

「マジ」

「ドリンクは!」

「いいよ」

「よっしゃあ頑張る!」


 闘志が燃え始めた友人を見ながら翔子は困ったように笑った。

 そのお金がどうやって入ってきたのかを知ったらきっと三久は怯える。それか嫌悪を示すだろう。

 だったら言わなければいい。少しでも長くこの平穏を続けていくために。

 一緒にいばらの道を歩く人間は少なければ少ないほどいい。他者の苦しみまで小さな方では背負いきれない。


 ふと教室の時計を見ると19時前を示していた。大学自体は21時まで開いている。


「いけない、そろそろ時間だ。先帰るね」

「おうおうテスト10日前なのに飲みに行くんですかい? 余裕ですなぁ」

「ミクよりは余裕な方だと思うよ…! じゃあ、ちゃんとテスト勉強してね」

「言われなくても。バイバーイ」

「また明日」


 校舎を出て、西門へ向かう。

 門のそばでは洸が待っていた。少し疲れた顔をしている。

 後処理もこなしているようなので寝る間もなかったはずだ。


「おまたせ、洸くん。待ったかしら」

「やあ、翔子ちゃん。待っていないよ」

「車は? また路駐?」

「今日は飲むから置いてきた。臨時収入全部使う勢いで酒を浴びようかと思う」

「それがいいかもね」


 少女と青年、あるいは偽物の魔法少女と元怪人、もしくは魔法少女喰いマジカルイーターと共犯者。

 ふたりは夜に満たされた道をゆっくりと歩いていく。




 Case1 終了対象:家坂麻依/マジカルガーネット  了


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