case1 終了対象:家坂真依/マジカルガーネット 9
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時刻は午前四時過ぎ。窓の外では鳥が鳴き始めていた。
魔法少女管理事務局東関東支部、応接室。
小前田局長と翔子は向かい合って座っている。出された茶には互いに一切手を付けていない。ひとつひとつの動作が相手に隙を見せると言わんばかりに、二人は不動のまま見つめあっていた。
「驚きました」
翔子は冷たいまなざしで小前田を見据える。
「こんな時間に局長がいるなんて。てっきり自宅の寝室でぐっすり眠っていることだと思っていました」
「辛辣だな」
小前田はひょうひょうとした態度でむき出しの悪意を避けていく。
「上には上なりの仕事があってね――。おかげでこんな時間だ。だけど報告をすぐに聞くことが出来たのは僥倖だった」
「報告なら日向洸と南村大介の両名から聞けばいいでしょう。がむしゃらに戦っていたわたしより客観的かつ冷静にみていたふたりのほうが――」
「魔法少女喰いの話を聞きたいんだ、ぼくは」
翔子は目つきを鋭くした。
「魔法少女は魔法少女を殺せる。それが結果です」
「もっとあるだろう」
「…例えば?」
無意識に爛れた掌を握りしめかけ、痛みで我に返る。
この男は嫌いだ。苦手を通り越して憎悪を感じる。
いつ何時も自分のペースに呑み込んで、気が付いたときには後戻りができない状態になっている。佐藤翔子の「自由」は、小前田によって搾取されたと言っても過言ではない。
「どうやって殺した? 無敵の再生能力を誇る魔法少女を、どう終わらせた?」
翔子はふいと小前田から目を逸らした。
昆虫採集にいそしむ少年のようにきらきらとした瞳を直視できなくなったのだ。
ひとりの少女が死んだというのに。
ひとりの少女を殺したというのに。
まるで悪い冗談のようにその話をせびられている。無邪気に、知的好奇心を満たすためにだ。
「…ご存知でしょう。7年前と同じです」
「と、言われてもね。あれは出来損ないだった」
「なん…っ!」
沸き上がった激情をとっさにコントロールできなかった。
まずい、と思ってももう止めることは出来ない。
テーブルを叩いて勢いよく立ち上がる。器が傾き、茶がこぼれた。
14歳で止まっている身体でこんなことをしても何の意味もないとは彼女が一番よく分かっていた。特に小前田は揺らがないということも。
「出来損ないだと…!」
「きみが葬ったモノは廃棄物と同等だ。それと純正の魔法少女と比べてはならないよ」
「廃棄物ではない! 彼女たちには小林律子と和田あかりという名前がある!」
「翔子。それとも№18といえば落ち着くかな?」
さっと翔子の顔が青ざめた。
ナンバー呼びをされていたころ、彼女は人間扱いをされなかった。意識があるまま身体を切り刻まれていく感触を翔子はありありと思いだす。
足から力が抜け、ソファに沈み込む。
「恐らくまだ興奮が身体に残っているんだ。無理もない」
「……」
「話を戻そう。マジカルガーネットの終了方法は?」
「…簡単な話です」
俯いて翔子は言う。
握りしめすぎて爪が突き刺さったのかじくじくと掌の痛みが増していく。
幸か不幸か小前田はこの傷に気づいていないようだ。ささやかな反抗として隠し通すことを決意した。
「luxの結晶。それを割ればいいだけの話ですよ。それで魔法少女ではなくなり、残るは少女の身体だけです。ただの人間。あとは分かるでしょう?」
「意外と簡単だね」
「そうでしょうね」
皮肉を込めて翔子は頷く。
同時に南村の言葉を思い出した。
――外野の素人から見る戦闘ほど簡単そうなものはない。
きっと、小前田も同じなのだろう。
「オリジナルのものが脆いのか、それとも力を底上げされている魔法少女だからこそ壊せるのかは不明だけど。これは要調査だ」
「…同じぐらいですよ。律子のものも、あかりのものも、同じぐらいの硬さでした」
「ふうん、では――」
一瞬翔子の首から下げられているペンダントに視線がいった。
小前田は言葉の続きを言うことはなく、立ち上がった。翔子は無意識に守るようにして自分のluxの結晶を掴んだ。
「もうじき朝だ、帰って休むといい。報酬は近日中に振り込んでおく」
「死刑のスイッチを入れる職員のような気持ちですね。そんなお金、気持ち悪くて手元に取っておきたくない」
「正しい事をした報酬なのに?」
翔子は小前田の顔を見た。
自分の行いに一切の疑問を持っていない、そんな表情だった。
今更この男に道徳だとかを期待する方が無駄だ。あの実験に関わっていた人間は、全員が狂っていた。
「…なんでもないです。それでは、これで失礼します」
こぼれたお茶が気になったが、無視した。
「ああ、最後に一つ」
応接室を出る直前、窓を見ていた小前田が振り向きもせずに聞いてきた。
聞こえなかったふりをしてドアを閉めたかったが上司でもあるので仕方なく「なんでしょうか」と応える。
「サポート役として日向くんと組ませたけれど、どうだった?」
「どうって…別に。何の問題もありませんでした」
「そうか。次回以降もサポート役は彼でいいかな?」
なにか意図がある、と翔子は薄々感じ取った。
それは翔子と洸どちらが不利益を被るのかまでは分からないとしてもだ。
「好きにすればいいと思います」
今度こそ、翔子は退室した。
通路を足早に歩く彼女の唇は歯によって一度千切れ、そして何事もなかったように修復されていく。
残ったのは霞んだ血の跡だけだ。