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case1 終了対象:家坂真依/マジカルガーネット 8

 物言わぬ肉塊へと変わった少女を見下ろす。

 その瞳には何の感情も映し出されていない。


 ふと、痛みを覚えて手を開くと焼けただれた掌が目に入った。

 これが、他人のluxルークスの結晶に触れたからなのか、それともマジカルシュガーがレプリカゆえの反応だからなのかは不明だ。

 いつまでも残るただれとちりちりとした痛みに困ったような顔をした。ゆっくり手を握り締めると踵を返す。


 瓦礫の下に埋まっている男性を助けだすと比較的安全な場所におろした。

 いまだに意識を失ったままだ。これは存在を知られたくないマジカルイーターにとって好都合な状態だった。

 最初は仰向けだったが、少し考えてうつ伏せにした。助け出されたように見せないほうがいいと思ったのだ。このような体勢なら救助に来た人間は男性がどうにか瓦礫から逃げ出してきたと解釈してくれるだろう。


 屋上に再び戻り、裏路地に面している部分を覗き込んだ。

 南村の運転する車が止まっていた。

 足を少しずらして位置を調整すると、イーターは階段の最後の段を抜かして降りるような気軽さでビルから飛び降りる。ひゅう、と彼女の耳元で風が鳴いた。

 車のすぐ傍に猫のようなしなやかさでイーターは降り立った。反動でアスファルトがわずかに抉れる。

 あわてて洸がドアを開けた時、そこに立っていたのはマジカルイーターでもマジカルシュガーでもなく、翔子だった。


「翔子ちゃん…! 無事だったんだね!」

「洸くん。無事は無事だけれど、派手にやってしまったわ」

「まあ…どうにかなるよ。話は後で、今はこの場を早く離れるよ」


 表通りが賑やかになっていくのがここからでも分かった。ビルが突然破壊され、さらには少女が地上で潰れているとあっては、いくら深夜だからといっても騒ぎにならないはずがない。

 翔子は無言で頷いて車に乗り込む。

 ドアを閉めるとほぼ同時に南村が運転席から振り返り恨みがまし気に言う。


「なんだ今の降りかた! 寿命が十年縮まったぞおい!」


 それに対して翔子は平然と答える。


「魔法少女なら一回はするわよ。対してダメージもないから心配しなくてもいいわ」

「そういうことじゃないんだがなあ…。とりあえず車出すぞ、洸、どこへ行けばいい」


 インカムを外しタブレットを仕舞って、洸はゆるく息を吐いた。

 背もたれに体重をかけながら彼は言う。


「ホテルに荷物を取りに行ってから、事務局に行きましょう」


 あ? と南村は怪訝そうな表情をした。


「今何時だと思っている? 明け方までまだ時間があるっていう時間帯だぞ。電話なりメールなりでいったん報告書を提出して、朝に改めて報告しに行けばいいじゃねえか」

「…南村さん。この十数時間の目的はなんでしたか」

「ノラ魔法少女終了命令の遂行」


 代わりに応えたのは翔子だ。


「早い話が、殺人ね。違法行為だわ」

「…そう。後回しにはできないんです、今すぐに事務局に行って直接詳しい情報を提供しなければ――事務局の行っていることが公になってしまう」

「そうすれば魔法少女事務局の信頼はガタ落ち、上層部も大変なことになるってことか。面白そうだからいいじゃねえか――とは、言えないな」

「そうね…。連中、おそらく事が露見したら『マジカルシュガーの独断的な暴走』として片付けようとするわ」


 翔子としては、そんなことをするとは思っていないが。

 上層部は『マジカルシュガー』という実験動物モルモットの露呈を恐れるはずだ。7年前の実験で失われた信用を取り戻しつつあるというのに、そこへ連綿と裏で行っている悪事ことがバレてしまったらどうしようもない。

 そのためマジカルシュガーのことを事務局はなんとしてでも隠ぺいしようとするだろう。翔子をどこかに監禁するなどして外の目から隔離しようともするだろう。――もしそうなってしまえば日の目を見ることは叶わなくなる。他人の人権も自由も考えない連中なのだから。

 洸も南村も、7年前のことをどこまで知っているかは不明だ。翔子が特異体質にであることはどちらも長く務めているから知っているだろうが、実験の全容は知らされているのか?

 確かめたい気持ちもあったが、無駄に情報を出してトラブルに巻き込むつもりはない。だから翔子はそれ以上は何も言わない。


「…なるほどな。急ぎも急ぎ、特急でいかなきゃならないのか」

「そうです。事務局あそこは24時間誰かしら居ますし、僕らの来訪も予想しているはずです」

「首を長くして待っているだろうな。…こんなの、子供に負わせる仕事じゃねえだろ」


 南村は苦々し気な顔をしてハンドルに力を込める。

 子供、というのは翔子と洸どちらを指しているのかは――言わなかった。ふたりもまた、聞かなかった。

 ふたりとも二十代だが、南村からすればまだ子供なのだろう。


「じゃあさっさとホテルに戻るか」

「お願いします」


 車がほとんど通らない道路で街灯がぽっかりとあたりを照らしている。

 窓を潜り抜けて入ってきた街灯の光を、開いた掌の上に乗せた。

 変わらず爛れたままだ。魔法少女の加護をもってしても癒されない傷。翔子はこの意味について考えようとして、やめた。ひどく疲れていた。


「お腹が空いたわ」


 流れていく景色を見ながら翔子はぼそりと言う。

 洸が助手席から顔をのぞかせた。


「ずいぶん動いていたからね。コンビニに寄っていく?」

「いえ、大丈夫」


 目を閉じる。

 橙色の魔法少女が瞼の裏にちらつく。そして落下した少女の最期の言葉が脳裏によみがる。

 胸元のあたりを彼女は無意識ににぎりしめた。


「…人を殺すって、お腹が減るのね…」


 口の中でだけ呟かれた言葉は、誰にも聞かれることなく解けていった。

 

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