case1 終了対象:家坂真依/マジカルガーネット 6
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マジカルイーターとマジカルガーネットが対峙している様子が洸の膝に乗せられたタブレットに映し出されている。
屋上に取り付けられている防犯カメラをハッキングして映像を盗み見ているのだ。
日向洸が魔法少女管理事務局に入社して覚えた技術の一つである。さすがに国規模の機密情報を掘り起こすことは出来ないが、この程度なら北海道支部にいたときに教え込まれたため苦もなかった。
管理人が営業マンにでも騙されたのかやたらと良いものを設置していたのが僥倖だ。赤外線暗視カメラのために画面は白黒だが輪郭は潰れずにはっきりと見える。
何かを話しているようだが残念ながら集音マイクは設置されていない。
交通のほとんどない道路に入り、南村は車を停車させた。
そして先ほどから――翔子と分かれた後から黙りこくっている洸を見た。洸は視線にも気づかずに食い入るように画像を見つめていた。
「洸。佐藤の嬢ちゃんはいまどんな状況だ」
「……」
「洸」
聞こえていないらしい。南村はため息をついた。
「D‐0874‐L1」
「その呼び方はやめてください」
即答だった。心底嫌そうな声と表情を洸は南村に向ける。
翔子に対して余裕のある穏やかな話し方はどこかへ行ってしまったようだ。
「聞こえてるじゃねえか」
「僕は集中したいんですよ…。これが終わったら事務局に提出する記録を作成しないといけないのでちゃんと戦闘を見ていないと――」
「きっちり録画までしているのに? そこまで切羽詰まってみる必要があるか?」
「何が言いたいんですか」
「肩の力を抜けってことだよ。死闘を行うのはマジカルイーターなのに、それより先にお前が疲れてどうする」
洸は下唇を噛んだ。
翔子は知らないことだが、洸はこの数日ろくに眠っていない。通常の業務と並行して出来る限りの情報をかき集めて整理していたためだ。
そのため、ある意味翔子よりも身体のコンデションは良くない。
「…僕はサポート役です。彼女が勝てるように最善を尽くさないと」
「嬢ちゃんはお前が思うほど弱くはない。それを誰でもない、お前が一番知っているだろう」
「じゃあ僕は何をしていればいいんですか。ここで――安全圏で黙って見ていろと? 事務局で椅子を温めている連中のように?」
南村は興奮気味の洸の頭を叩いた。
そして再度、ため息をついた。
佐藤翔子という少女もなかなか面倒であるが、日向洸という青年もなかなか厄介である。
魔法少女管理事務局がふたりの若者のなにか大事なものを捻じ曲げてしまったことは容易に想像できる。しかしそれを知ったとして南村がどうすることもできない。
せめて崖の方へ行かないように声をかけるだけだ。それすら聞いてくれるか怪しいが。
「安全地帯になってやるんだよ。魔法少女でも魔法少女喰いでもないときの嬢ちゃんを守ってやれ。あとは知らん、自分で考えろ」
「……」
「なんだよ」
「南村さん、けっこう…その、似合わないセリフ言うんですね」
「ぶん殴られたいのか」
「いえ」
わずかに柔らかくなった表情を再び張り詰めさせて、洸はタブレットを見る。
なかなか次の行動を取らないマジカルイーターに焦れたのか、マジカルガーネットが動いた。
マジカルステッキを頭上に上げ、光り輝く図形を空中に呼び出す。幻想的な光景だ。
ガーネットはカメラ越しでも分かるほどに唇を釣り上げた。そして、イーター――ではなく、倒れている男性に向かってステッキを振る。
車内に居ても響く、発砲音のような乾いた音。
図形の中央から凝縮された魔力が打ち出されたのだ。
とっさに倒れている男性を庇ったイーターはもちろん、まわりのコンクリートにも容赦なくあたり破片がはじけ飛ぶ。
もうもうと粉塵が舞い、カメラのレンズがひび割れ、さらに曇ってしまった。
洸と南村は絶句してそれをただ眺めるしかできない。イーターの安否確認を一瞬忘れ、その威力に背筋を凍らせた。
ただステッキを軽く振っただけだ。それだけで、あまりにも簡単に、物が壊れる。登録している魔法少女たちは教育と暗示を受けているためにここまで簡単に破壊することは出来ない。
あらゆる制約を無視した魔法少女は――確かに、ひとつの兵器であった。