case1 終了対象:家坂真依/マジカルガーネット 5
それはマジカルガーネットへ向けて宣告したというより、マジカルイーターが――翔子が、自分に言い聞かせているようだった。
ガーネットがその言葉の意味を理解するよりも早く、イーターは駆けだす。踏み出した利き足の下でコンクリートがひび割れた。
くるりと空中で体勢を変え、イーターはかかとを高く振り上げた。
ネオンの光によってハイヒールが不気味に光る。
「――ッ! 『宝石の盾』!」
マジカルステッキをかざし、ガーネットはオレンジに光り輝く不透明のバリアを自身の前に張った。
そこへイーターのかかと下ろしが降ってくる。ぴきりと嫌な音がした。その音を聞くと、棒立ちになることはせずに後ろへ飛びイーターと距離を取る。戦闘の経験から危険を察知したのだ。
「さすがに、一撃で終わらせてはくれないわね」
軽やかに着陸してイーターは呟いた。
luxの力は身体能力の底上げや動体視力・危険察知能力の向上など、戦闘に必要な部分はすべて強化する。だからこそ戦争に使えないかと他国で研究されていることも当然の流れだ。
マジカルイーターはオリジナルの力を有すマジカルガーネットに易々と勝てるなどとは思わない。初撃が躱されることも予想の範囲内だった。小手調べみたいなものだ。
落ち着き払ったイーターとは対照的に、明らかに動揺した様子でガーネットは叫ぶ。
「殺すつもりなの!?」
「だから言ったでしょう。殺しに来たんだって」
イーターはそっけなく言い放つ。
「ごめんなさいね。わたし、あなたが理解できるレベルまで説明できていなかったみたい」
「なにを…!」
「見放されたのよ。魔法少女管理事務局に」
羨ましいと翔子は心から思う。
結果的にそれが死ぬことだとしても、魔法少女と呪いから逃げ出せるのならなんと素晴らしい事だろう。
実験もされず、検査もされず、ましてやいいように使われもしないでただ廃棄されるとは。佐藤翔子など死体まで調べ尽くされることがすでに決定されている。
「…魔法少女のすることではないことをしてきたから?」
「ええ、察しがいいわね」
「終了って言っていたけど、なにを終わらすの? マジカルガーネットをやめろっていうの?」
「いいえ。やめろ、ではないわ。終わらすのよ」
言葉を交わすこの時間は正直言って無駄だとは思っている。リスクも徐々に増えていくだろう。
それでもイーターは疑問に答えることにする。
哀れな14歳の魔法少女のためではなく、自分のために。
ここでなんの言葉も交わさず、答えず、淡々と殺してしまえばそれは――殺害マシーンに他ならない。そうなることに耐え切れないことは佐藤翔子自身が一番知っていた。
魔法少女を守るために魔法少女を殺す。
そのために人としてのこころを持って殺すことにした。
殺害マシーンであることよりも狂気的なことだと翔子は気づいていない。
上澄み液だけでも人間であろうとしながら、選択したのは人間から遠いという、もはや皮肉に近い行為であることも。
「具体的に説明しましょうか。マジカルガーネットを構成する力、身体、思考、技能、生命維持のための臓器。そのすべてを終わらすのよ」
「…意味分かんない。死ねってことじゃん」
「だから言っているでしょう。あなたを殺すって。わたしは家坂麻依そのものを終わらせる」
本名を出されてようやく自身の現状を理解できたようだ。
ガーネットの顔が青ざめた。
「あんた、あんたも魔法少女でしょ!? 魔法少女が魔法少女を殺すの!?」
「ああ、耳が痛いわね」
無表情でイーターは耳を塞ぐ素振りをする。
「魔法少女が人を殺してサイトにあげてアクセス数を稼いでいるぐらいだもの、そういうこともあるのではなくて?」
言葉を失ったガーネットは顔色を赤や青へと忙しく変えていた。
その顔を見ながらイーターは次の手の用意を始める。ひとつ方法がだめならばまた次に移っていくのみだ。いくつかぶつけていけば、最も正解に近いものがおのずと出てくるだろう。
ぶつぶつと呟いていたガーネットは、ふいに目を大きく見開いて無理やり笑った顔をイーターに向けた。
血走った眼は魔法少女というきらびやかな雰囲気には似合わない。
「魔法少女を殺害実況するの、何人ぐらいが見てくれると思う…?」
イーターはふっと鼻で笑った。
「結構見てくれるんじゃないかしら? おもに事務局の人間がね」