case1 終了対象:家坂真依/マジカルガーネット 4
ビジネスホテルの一室。翔子はベッドの上でうつ伏せになり目を閉じている。
身に着けているのはキャミソールと下着だけで、しなやかな肢体をシーツの上に投げ出していた。
ベッドテーブルに付属されたデジタル時計は午前二時を指し示している。
翔子の耳にはイヤホンが嵌められており、スマートホンが流す曲を静かに聞いていた。
音楽の種類は様々だ。テレビでたまたま耳が拾った曲、友人から勧められたアイドル、インディーズ系の歌手、レンタルショップで適当に掴んだもの。
空腹を満たせれば何でもいいと言う者のように、彼女にとっては静寂を満たせればどのような歌でもよかった。
耳鳴りがするほどの静かな空間を翔子は嫌っているからだ。
静かで清潔で白い部屋に閉じ込められ痛みと苦痛を味わった時期を、彼女は忘れることが出来ない。
ちょうど曲がサビに差し掛かった時、着信音で中断された。
翔子ははっと目を開いて上体を起こすとディスプレイに表示された名前を確認する。洸だった。通話表示をスワイプする。
『準備を。五分後に部屋の前』
「分かった」
10秒にも満たない会話のあと、翔子は顔を洗い髪を乱暴に梳かしたあとに眼鏡をかけ、服を着る。
洗面所の鏡で一応は外に出られる格好になったのを確認してスマートホンとカードキーだけを持ってドアを開けた。
すでに廊下には洸と南村が居た。インカムを耳に付け、何か指示を受けているらしい洸が身振りで外へ出るように促す。一同は足早に無言のまま駐車場へと向かった。
助手席に滑り込んだ洸がカーナビに手早く住所を入力していく。ここから十五分ほどの場所にマッピングすると、「お願いします」と言った。南村は軽く頷いて車を発進させる。
「マジカルガーネットが怪人ひとりと交戦中。解析班いわく、怪人は短期間だ」
肉眼で探そうとでもしているのか、洸が外を見回している。
首にかけた六角柱の青い石の感覚を確かめながら翔子は同じように窓の外を眺めていた。
「つまり決着がつくのは時間の問題ってことね」
「そういうことになる。この時間だからギャラリーは少ないとはいえ、目立つことはするなとお達しだ。とくに終了させる時は細心の注意を払えと」
「言ってくれるわね。まるで相手が黙って殺されてくれると信じているみたい」
「怪人や魔法少女の立場にならないと理解できないもんなんだよ。外野の素人から見る戦闘ほど簡単そうなものはないってやつだ」
皮肉につぶやいた翔子の言葉を引き継ぐように南村は口を挟む。彼は夜中に起こされたせいかあまり機嫌はよさげではないが、誰も気を遣うほど気持ちに余裕は持ち合わせていなかった。
「はぐれた時の集合場所を決めておいた方がいいな。洸、どこか分かりやすいところは」
「と言われてもここらへん土地勘ありませんよ僕。…万が一はぐれたら、大宮駅の南改札口前で落ち合おう。出来るだけ見失わないように――」
進行方向から見て右側でオレンジ色の光が一瞬走った。洸は言葉も忘れてそちらの方向を凝視する。雷かと思うぐらいのものだったが、あいにく今夜は晴天だ。
「…teneburaeの気配がしませんか」
「する。今の光の方向に」
かつて怪人だった二人は自らの身に入り込んだエネルギーをいまだに覚えている。はっきりしたものではなく、肌で感じるという程度のものであるが。
カーナビを見ればマッピングした地区がすぐそこだ。怪人の気配といい、マジカルガーネットがすぐ近くにいるのかもしれない。
翔子はシートベルトを外した。
「全くの未知だからどうなるか分からないけど――よろしく頼むわよ、サポート役」
「え、あ、分かった。任せて」
「南村さん、車を止めて。幸いここら辺に人はいないみたいだから変身しても大丈夫でしょう」
南村は黙って車を止めた。翔子は降りるとあたりに人影がないか注意深く見渡し――青い石を両手で握り締めた。
「人工の叡智、人為の結晶、我は人境の守護を果たし、…魔法少女を食らうものなり。tansformatio」
淡く石が光り、キラキラとした粒子がぱっとはじけた。
そこに立っているのは、佐藤翔子ではない。
星空のように煌めく銀髪と、青空を切り取ったような碧眼。
瞳の色と似た薄い水色のイブニングドレス風の魔法少女服。胸元には大きなリボンと丸いコンパクトケースのようなものがついている。複雑な文様に囲まれるようにして青い石がはまっていた。
彼女はとんとんと建物の出っ張りを足かがりに、まるで飛ぶようにしてビルの屋上を目指す。さほど苦も無く屋上にたどり着くとあたりを見回した。
コンクリートが割れる音がして振り向くと、少し離れたビルの屋上でほんのりと輝いている人影が見えた。魔法少女だ。
躊躇いもなく彼女は魔法少女の方へ近寄っていく。
深夜とはいえ、こんなに大きい音がしたら野次馬が集まってきてしまう。早めにできるのなら早めにやるべきだ。
今日一日飽きるほど資料を眺めたからか、遠くからでも彼女がマジカルガーネットだということに気が付いた。
橙色を基調としたチュチュのような魔法少女服を身にまとい、重力を半分無視したようなオレンジ色のみつあみが二本背中に流れている。手に持っているのはマジカルステッキだ。魔法少女なら皆が一つは手にしている。…マジカルシュガーには無い。
倒れた怪人――いや、たった今ひとに戻ったのだろう。男性がひび割れたコンクリートの真ん中でピクリともせず横たわっている。
そのわき腹をマジカルガーネットは数度蹴っていた。恨みを込めてというより、好奇心からのようだ。男性がうめき声をあげるとマジカルガーネットは表情を明るくさせ、足を掴んだ。そして引きずろうとして――
「その人をどうするつもりかしら? ねえ、マジカルガーネット」
背中から彼女は声をかけた。
驚いて男性の足を離し、振り向いたマジカルガーネットへ彼女は淡々と続ける。
「この国の法律では、怪人の間は人権がないけど、怪人でなくなったら人権は復活するのよ。倒した怪人はあなたのものではないの、実を言うと」
「な…なにあんた」
「これは失礼、挨拶がまだだったわね。魔法少女管理事務局のお使いよ」
「…事務局? ああ、あのうるさい事ギャーギャーいうやつら? あんたもそいつらの仲間なの?」
「仲間? いえ、実験動物でしょうね」
表情を変えずにマジカルイーターは言う。
コツ、と彼女は一歩マジカルガーネットに近寄った。マジカルガーネットは一歩後ずさった。
「あなたが楽しそうに殺した人間も元怪人だった。今みたいに倒しては持ち帰っていたのかしら」
「だ…だからなに? あんたに関係あるわけ?」
「ないわ」
拍子抜けたようにマジカルガーネットは口を閉じた。
当たり前のことだろう。突然現れた見たことのない魔法少女が、自分の罪を暴き始めたかと思えば関係ないと言うのだから。
「わたしが関係あるのはあなただけ」
「あたしに…? 『登録』がどうのとか、そういうこと言いに来たの? 何度も言っているけど――」
「いいえ。申し訳ないけれど、事務局としてもあなたはもう庇いきれないでしょう。むしろ『登録』されたら困るんじゃないかしら」
それもそれで面白そうね、と鼻で笑う青色の魔法少女を前に橙色の魔法少女は苛立つ。
「じゃあなに? なにしに来たってわけ?」
「殺しに来たのよ」
魔法少女喰いは一歩、また一歩と進んだ。
「対象、マジカルガーネット。終了命令を開始します」